1:二番目小隊長は期待されている
ツヴァイ・シュバインヘルトは特に期待されなかった男であった。
精強さで知られる『帝国』において将校たる資格を持った騎士の次男として生まれた彼には既に家督を継いだ兄が居り、今は男爵少佐として近衛の一員。今の所、家は安泰である。
政治が苦手な父親はただ軍人として武骨に生き、怪我で戦えなくなった今は小さな領地を治めるにとどまる。
忠誠心溢れる騎士であった父親は息子たちへの教育は熱心に行い、兄もそしてツヴァイもそれを受け入れた。
士官学校に入ったのも大した理由は無い。
帝国においては騎士の位は将校軍人にのみ与えられるもので、貴族が軍人たるのは当然の義務であったからだ。
数年、将校として義務を果せば後は領地の経営となるだろう。
そう考えていたツヴァイの運命は魔導騎兵の操縦適性があった事で狂った。
その結果――気が付けば小隊長だった。
※ ※ ※ ※ ※
『帝国』東部。
地理的には大陸の北寄りに位置する針葉樹林帯は非常に寒い。
そんな寒い林の中、伏せているのは巨人が鎧を纏ったような兵器――魔導騎兵。
その周囲には魔力弩や槍を持った兵士達もいる。
「こちら221、ツヴァイ。状況報告せよ」
高い針葉樹林が立ちそびえる中、魔導騎兵の魔導通信のスイッチを弾くとツヴァイが伝声管へと呼び掛けた。
「224、チップ。第一小隊長の探知どおりでした。馬車と随伴歩兵――兵站ですね。送れ」
チップ・ザンダーズ曹長は兵隊の良き親父である。
その経験にて将校の助言をし、隊の補佐を行う。
「222、ラックウィーゼ。敵後方を確保、他に戦闘部隊の存在は確認できません。送れ」
ベルナルド・ラックウィーゼは部隊に入ったばかりの新品少尉だ。
数少ない女性仕官ではあるが騎兵少尉たる勇猛さを持っている。
「223、ケイジャン。試しに魔導通信のチャンネルを弄ってみたが反応はないぜ。送れ」
ケイジャン――ポール・デュメイ少尉は少々擦れているが生存のための努力は怠らない。『王国』から来た亡命貴族としての生き方がそうさせるのだろう。
「僕と204で前を取って掃討する。202と203は背後を取って逃げ道を塞ぐ。歩兵分隊は戦闘に参加しないように」
ツヴァイが魔導騎兵の眼にて敵の姿を確認する。
チップの言葉通り、馬車の列と護衛の歩兵――補給部隊だ。
この時代、略奪だけじゃ軍隊は食っていけない。
食料ならともかく、矢や散弾用の鉄球、そして生活と戦争をより良くさせた魔石はその辺りに転がっているわけではないのだ。
「総員抜剣」
魔導騎兵が立ち上がり、乗り手の操作で剣を抜く。
剣と魔法の時代が続き、鎧が乗り物に変わった今でも剣は武器たる――いや魔導騎兵には必須の存在だった。
唯一、チップ軍曹の機体だけが対人想定の斧槍を持っていた。
魔導炉が静かに唸り、熱を出していく。
だが、それ以上に馬車から響く蹄と車輪の音は大きく。
「――突撃!」
魔導騎兵の奇襲を成功させるに至った!
最初の犠牲者は先頭の馬車であった。
魔導騎兵が戦争の道具となったのは魔導炉が産み出すエネルギーと機体の足裏に搭載された浮遊魔石の効果。
駆け出せばトップスピードは騎兵突撃を上回り、速度を乗せた重い剣戟は馬車を容易く破壊する。
「敵襲ーッ!」
補給部隊の兵士が槍を持ち、弩を構える。
だが前を塞ぐ曹長の鎧を貫くことはできない。
魔導騎兵の鎧は古の騎士鎧より遥かに硬く厚い。魔術師や辺境に住む魔獣ならともかく、ただの兵士に勝つ方法はない。
竜殺しの英雄などは神秘と共にもう消えてしまったのだ。
曹長の斧槍に薙ぎ倒される歩兵達。その長さは突撃には向かないが足を止めての薙ぎ払いには強い。
故に魔導騎兵は戦場において中心的な役割を果たしていた。
後方からも悲鳴が上がる。
二人の少尉が逃げ道を塞いでるのだろう。
「捕虜を取れ、出来れば将校だ」
ツヴァイが命じる。
補給部隊が居るという事はその先に敵の部隊が居るということだろう。情報を得る必要があった。
三人の部下は彼の命令を直ちに遂行した。
※ ※ ※ ※ ※
東部方面、国境地帯において正体不明の集団が移動しているという情報が入ったのは本日未明。
魔導騎兵第二中隊は国境付近にて展開。
第一小隊長による探知魔術の結果、馬車らしき集団の移動を探知。第二小隊はこれに対応すべく行動していた。
その結果、午前には補給部隊と思わしき馬車を見つけ制圧したのだが――。
「魔導騎兵が先行していると?」
「はい、軽量高速型の魔導騎兵が領内に侵入。村一つを制圧済みだそうです」
魔導騎兵から降り、防護服の役目を果たすキルティングのファスナーを緩めつつ問うツヴァイにベルナルドが説明した。
巨大な鎧の中は控えめに見ても快適ではない、小休止には機外に出て換気と水分補給が必須だ。
「いかがいたします? 中隊本部に連絡すべきだと思いますが?」
下士官から水筒を受け取りつつベルナルドが具申にするのはこの場合における行動規範だ。
「でも、それじゃ間に合わないっしょ?」
キルティングを脱いで仰ぎつつケイジャンが状況を説明した。
――そう間に合わないのだ。
元々、魔導騎兵の魔導通信は近距離でしか対応できず、大きく距離が離れると連絡取れない。
「確かに中隊に帰還し改めて動けば敵に察知されるかもしれません」
勿論、ベルナルドもそれが分からないわけではない。
「僕らが何かをするなら、今すぐか」
呟きながらツヴァイは思考を整理する。
一度帰還して中隊単位で動けば、損害少なく敵を撃退することも可能だ。
だが何かの意図をもってこっちに来ている以上は用件を聞きださねばならない、だとしたら部隊を整えていたら逃走を許してしまう可能性がある。
国境付近で仕事を怠ければそのツケは大きくなって帰って来る。
自分の事も部下の事も考えれば、それは避けたいところだ。ならば――
「曹長、馬の当てはあるか?」
「ございます、中尉殿」
こういう時のチップは準備が良い。
「敵の部隊から大人しくて体力のある馬を確保しています。伝令でもなんでも」
「よろしい」
自分も水筒を受け取りつつツヴァイは笑い。
「では、歩兵分隊から一名を伝令として中隊本部へ。我々は村へ移動、敵魔導騎兵に攻撃を開始。一機乃至二機を破壊し、戦場を離脱。歩兵分隊は退路の確保を行い、伝令にて監視連絡を行う事」
小隊員に発令した。
「隊長、敵が大規模なら?」
ケイジャンが問う。
意見の具申は部隊の人間としては当然の事だ。
「命令は変わらない、適度に損害を与えて警戒させるか逃げるかの選択肢を与える」
ツヴァイの考えていることが分かったのかケイジャンは笑う。
こちらが負けなければ、ある程度の仕事を果せるのが分かったからだった。
※ ※ ※ ※ ※
どんな国にも不満分子の輩は居る。
例えばトーマス・ミュラーはかつての帝国騎士として魔導騎兵隊を率いていたが『王国』との小競り合いの際に現地調達という名の略奪を行った結果、国を追われる事となった。
彼自身は部下に温かいものを食べさせたかったのと非協力的な国民に対して騎士として仕事をしただけだが、帝国民から見たら略奪であり暴行であった。
国を追われたトーマスは忠誠を誓っていた国家を恨み、そして東へ渡った。
幸いにも軍に適応できないはみ出し者はトーマス一人ではなかった。
自然と彼らは集まり、そして生活を支援する者も現れた。
支援者は更なる報酬と武器も与えてくれた。
『大公国』の魔導騎兵までも。
英雄と名付けられた魔導騎兵は乗り心地は悪いが、速くて、どんな場所でも戦える。
大公国特有の泥濘地を抜けて帝国領に入ることも可能だ。
報酬と国に対する恨みから仕事を引き受けたトーマスは過去の経験をもとに国境を侵犯し、村を一つ制圧した。
連絡も済ませた。
後は補給を受け取り、次の命令を待つばかり……だったが。
「補給が遅いな」
振動と排熱だけは一丁前の魔導騎兵の中で呟きが漏れる。
嫌な予感がしていた。
勿論、経験だけではない。
予定日時を過ぎる場合は何らかのアクシデントが起こっているものとトーマスは教えられている。
補給部隊から連絡が来ないとすれば、猶更よろしくない状況だ。
「おい、誰かいるか!」
「はい、います!」
トーマスと共に歩哨を担当していた魔導騎兵から応答があった。
「補給が来ない、耳の良い兵士を偵察にやってくれ。馬も使っていい」
「休憩させている魔導騎兵にも用意をさせますか?」
かつては下士官として仕事をしていたのだろう。トーマスの言葉を余すことなく理解している。
「情報が足りないがそうすべきだな」
かつての騎士は時計を睨む。まだ日が高い。
「総員戦闘配置、魔導騎兵も魔力炉に火を灯しておけ」
トーマスは最大限の努力をした。
だが――。
風を切る音がそれを潰した。
「東方、14時方向より攻撃! 大型の矢が飛んできます!」
伝声管から響く声にトーマスは舌打ちを隠せなかった。
この時代において魔術は著しく発展した。
魔術師となりうる者は少ないが、代わりに物品に魔力を与える付与魔術が発達し各国もそれを奨励した。
その結果、生まれたのが巨大な鎧を動かす魔導騎兵であり、兵士が弓の代わりに使う魔力弩であった。
魔力弩の原理は簡単だ。
弦の代わりに二つの魔石を使い、矢を飛ばしていく。
かつては一つの魔石で行ったが二つの石を直線状に設置することで方向が安定すると分かれば、既存の弓を凌駕し兵士達へといきわたった。
そして魔力弩を大型化すれば、そのまま魔導騎兵の武器でもあった。
「撃てるだけ撃て!」
ツヴァイの指揮に小隊員が応え、動いてない魔導騎兵や馬車に矢を打ち込む。
随伴歩兵を置いてきて正解だった。
移動に集中すれば、魔導騎兵は馬より速い。
故に奇襲のアドバンテージが取れたのだ。
「敵魔導騎兵二機、突破してきました。軽量型です!」
チップの機体が前に出る。
彼の機体だけ長柄の斧槍なのもあり、魔力弩は持っていない。
その代わり、白兵戦の備えをしていたのだ。
「総員抜刀、224に続く」
魔導通信にてツヴァイの声が響く。
彼に続いて、ケイジャンとベルナルドの機体が剣を抜く。
チップの魔導騎兵から何かが破裂する音が響いた――対人用の近接散弾。
筒に入れた水を魔石で瞬間的に沸騰させ、その爆発で複数の鉄球を飛ばす。
勿論、魔導騎兵には効かない。
だが、突然の音と衝撃は連携を乱す。
「馬鹿者――」
敵指揮官の声が響く中、動きの遅れたゲローイが二機のシュツルムリッターによって斬り伏せられる。
そしてうろたえなかったゲローイ――トーマスの機体にはツヴァイの魔導騎兵が盾を構えてぶつかった。
重量差を活かしたシールドバッシュ。
体勢を崩せば軽量型のゲローイはシュツルムリッターには勝てない。
帝国の魔導騎兵は魔導騎兵同士で戦いを想定しているのだから。
トーマスが呪いの叫びを放つ前にチップの斧がゲローイの装甲を叩き割り、かつての帝国騎士は鉄の棺桶の中で一生を終えた。
「――残敵掃討!」
ツヴァイはすぐに次の命令を下した。
※ ※ ※ ※ ※
ツヴァイ達第二小隊の奇襲の結果、敵部隊は全滅し、村は解放された。
「派手にやったな」
中隊長は苦笑を漏らす。
軽量型相手とは言え、魔導騎兵戦で人的被害無しは滅多に無い事だ。
「日頃の行いですかね、大尉殿」
「そういうのは、もうちょっと機体を大事にしてから言え」
ツヴァイの言葉に中隊長は手袋を脱ぎ、冷たい手をすり合わせた。
魔導騎兵と言えど損害は免れない。
「整備班の奴らが言うには装甲は問題ないが骨が歪んでるそうだ」
大尉の言葉にツヴァイは肩を竦めるしかなかった。
白兵戦の負荷はそれほどまでに大きい。
「直りますかね?」
ツヴァイが問う。
「直るとも」
中隊長の答えは予想通りだった。
この大尉は自分達をこき使う事にためらいがない。
「また、何かあったら期待しているよツヴァイ・シュバインヘルト中尉」
大尉が肩を叩く。
「嫌ですなあ、配置換えまで何もないように出来ません?」
上官の顔に浮かぶ笑みにツヴァイは無茶の混ざった諧謔で返すしかなかった。
ツヴァイ・シュバインヘルトは特に期待されなかった男だった。
だが、この地においてはある程度の機体を寄せられているようだ。
皆様、初めまして。
藤原 一騎と申します。
ロボット物で剣を使う事が多いので理由付けを考えたら、あれよあれよと設定が浮かび魔導騎兵という概念が出来上がりました。
言語など統一されていない部分は有りますが、そこはご容赦願えれば幸いです。
気が向いたら、もう一つ、二つ、話が増えると思いますので、その時はよろしくお願いします。




