第37話 強いぞケートゥ
今日も平和なモーアの大森林。
大森林西部、三〇メートル級の大木が連なる中、一本の樹が横倒しになった。
はたして根本が腐っていたのか、否、足元を見よ。
光の翼を持ち、まるで鍛造された鋼のような肉体の白蛇女、ケートゥの姿を。
「名付けて【ケートゥパンチ】……うーん、強い」
ランクアップし、ケートゥへと進化した白蛇リュウイチは、早速自分の力を確認していた。
いきなり魔物と戦うのはやっぱり怖いし、と何の罪もない木々に全力をぶつける姿はやっぱり情けないぞ。
「これくらいのパワーなら、マーダーグリズリーにももう負けないな」
なんて言っていると、後ろからガサリと獣道を掻き分ける気配があった。
【熱源感知】は、白蛇の周囲の熱源をありありと映し出している。
だから慌てなかった。背後から近づいて来たのは、奇しくも赤い毛並みのマーダーグリズリーだ。
「グオオオオ!」
マーダーグリズリーはリュウイチを激しく威嚇する。
お馴染みオークの村周囲では強敵とされる大熊だが、リュウイチは冷静に振り返った。
凶暴性が突出するマーダーグリズリーは、動く獲物に襲いかかる性質があり、オークやゴブリンには驚異的だ。
だが分かってしまえば膂力に感けたパワー馬鹿だ。
「おーっし、やってやるか」
リュウイチは拳を打ち付ける。
そしてそっと瞼を閉じると、猫神に念じた。
「《猫神の爪》、こっちも慣れないとな」
ケートゥの逞しかった両手は、今や肉球のついた猫の手をうっすら光るオーラで覆い被した。
「ガオオオオ!」
マーダーグリズリーは真っ直ぐ突進、体重を掛けたぶちかましだ。
リュウイチは両手でマーダーグリズリーの肩を掴み、受け止める。
だがマーダーグリズリーは構わず押し切る、体重差でリュウイチが不利だ。
「チィ! この!」
リュウイチは一気に押し潰されるリスクを承知に左手を放し、マーダーグリズリーの顔面に《猫パンチ》!
マーダーグリズリーは視界が一瞬真っ白に染まって怯んだ。
【猫パンチ:猫の手による攻撃、ダメージは少ないが、相手をスタン状態にする】
と、あったので試してみると、ガッツリ効果がある。
流石猫神様か、便利な技能も加護に内包されているものだ。
「てりゃーっ!」
怯んで動けないマーダーグリズリーに、リュウイチは猫の爪を尖らせ、袈裟懸けで切り裂いた。
マーダーグリズリーは悲鳴をあげる、良いダメージ……だが。
「うーん、ほいっ」
とどめを刺す為にリュウイチは毒液を浴びせる。
マーダーグリズリーは血塗れに加え、麻痺毒で痺れ、最後は呼吸停止でその命を終えた。
リュウイチは猫の手を解除すると、マーダーグリズリーの前で合掌する。
「すまんなマーダーグリズリー」
大森林の掟は残酷だ。
弱肉強食、弱い者は消えるが定め。
それでもリュウイチは転生して既に三ヶ月、未だにこの世界の死生観には慣れないところがある。
「せめて皆のご飯になっておくれ」
マーダーグリズリーは骨以外は殆どの部位が食べられるので、魔物街では好評だ。
いわゆるご馳走であり、熊鍋はリュウイチも好物の一つである。
リュウイチは片手でマーダーグリズリーを持ち上げると背負った。
改めて凄い膂力だ、苦もなくリフトアップ出来るなんてちょっと前までは信じられなかった。
「うーん、パワーは素晴らしい、でもなんか物足りないなー」
そんな眷属のボヤキを聞けば、猫神も「なんやねんニンゲン、贅沢言いやがってー」と愚痴も溢すであろう。
猫の爪は強力だ、だがマーダーグリズリーを一撃で仕留められなかった。
ベヒーモスなら余裕で挽き肉になっていただろうし、単純に攻撃力不足か。
「強くなっても見えてくるのは、さらなる格上の魔物たち、かぁ」
ベヒーモスを筆頭に、大森林にはベヒーモスよりも強いという魔物があと七匹もいるという。
実際にはダンジョンを含めれば、ベヒーモスでも勝てない存在は、まだいるんじゃないだろうか。
今でもダンジョンの中ボス【ゴライアス】には、単純な膂力では勝てるビジョンが浮かばない。
そもそも、バルボにだって勝てるのか怪しいんだ。
なんだか悲しくなる、リュウイチはある言葉を思い出し呟く。
「入れ子構造の地獄、か」
小さな檻を見て、そこを破壊すると見えてくるのはより大きな檻。
無限に続く入れ子構造は、檻の中に己を見る。
「多分考えちゃ駄目なんだろうな」
強くなることに終わりなんてない。
ベヒーモスよりも強くなったって、その上にさらなる強者を見て、また羨むのか。
この世界の誰よりも強くなったとして、結局何を見るのか。
そこで結局は、平和が一番なんだよなと気付かされる。
そう、過労死で亡くなった前世があるからこそ、この蛇生こそ豊かにするのだ。
「うんっ、とりあえず街へ帰るか」
リュウイチは光の翼を広げる。
背中はマーダーグリズリーが覆っているが、光の翼は物理的に干渉しないから、そのまま飛ぶことも出来るのだ。
ケートゥの身体が地面から浮かび上がる。
すっかり飛ぶ姿も様になった、慣れというのはつくづく驚かされる。
いつものように街へ飛んで向かうつもり、だが……。
「うん、振り子が?」
リュウイチの首にネックレスにされた蒼い三日月が、ゆらゆら魔力を帯びて揺れる。
リュウイチの持つ占星術の才と作用しあい、なにかを直感した。
「二つ? 二つ出逢いがある?」
リュウイチが超感覚で直感したのは、大森林の外からくるなにかであった。
一つは北部トロス山脈を示している。
もう一つは西部小さな人族の国、か?
「……なーんか、期待半分、不安半分、だなー」
占いの才能があると言っても、はっきり未来なんて見通せない。
聖女アイは占星術には東洋式と西洋式があると言っていた。
だが残念ながらこの世界の占星術は定かにはならない。
ともかくこれを白蛇はちょっと勘が良くなっただけ、と称する。
はてさて、リュウイチの運命やいかに?




