第122話 平和とはいずこ
上空よりパイソーを目指す白蛇リュウイチとベヒーモス。
リュウイチは周囲を上空から俯瞰すると舌打ちした。
まるでパイソーを包囲するように夥しい数のアンデット軍団が進軍している。
パイソー側は勝手の違う相手にやはり苦戦を強いられていた。
東部、南部、北東部、この三方から敵は迫る。
どう対処すればいい? やはり狙いは転生者か?
(わかんねぇ、説得できねえの、かな?)
リュウイチの顔は暗い、この戦争が神々が仕込んだ遊戯だと。
世界の覇権を賭けた群雄割拠の大合戦だと。
リュウイチは神なれど、この蛮行を止める手立てがない。
唯一止める方法があるなら、プレイヤー全員を説得する事だろうが。
簡単じゃねぇよな……まして動機が分からないのだし。
やがてリュウイチの視界にもはや故郷となったパイソーの街が迫る。
リュウイチは直ぐに新市街へと着陸した。
「リュウイチ様だ!」「リュウ様のお帰りだー!」「リュウイチ様!」
リュウイチを待ち構えていたのは、多種多様な市民達。
彼らは皆歓声を上げて出迎えた。
嬉しい反応だが、複雑でもある。
「皆さん聞いてくれ! パイソーは戦場になる!」
リュウイチはあえてこれから起きる真実を集まる市民に伝えた。
当然その言葉、市民の多くは信じられなかった。
これまでもなんだかんだ言って、街は存続してきたのだ、それが危機感を麻痺させている。
それでも、これは王としてリュウイチは伝える義務がある。
「市民は全てル・ファーレへ避難をするんだ!」
動揺が走った。リュウイチといえど簡単には市民達は動けない。
今回は今までの事件とは比較にならないのだ。
せめて勝っても負けても、市民に被害を出したくない。
「待ってくださいリュウイチ様! 我々が逃げたらパイソーはどうなるのです!?」
あるオークがそう聞いた。
「なーに、絶対に死守してみせるさ!」
「馬鹿言うんじゃないよ! 街のインフラが止まって、その状態で籠城戦するつもりかい!」
あるゴブリンの女性も声を上げる。
次第にそうだそうだと、声が上がっていった。
「兵士が足りないなら、俺は戦うぞー!」
魔物の国では兵は志願制だ。
普段なら周囲を守れる程度、言ってみれば最低限の兵しかいない。
おそらくリュウイチの一言でパイソーの市民は国家総動員体制に移行できるだろう。
兵役義務は魔物の国には合わないと、志願制にしたのだが。
皮肉にも市民の士気は高い、熱狂と言えるほどに。
リュウイチは戸惑う、本当にこれでいいのか?
「アニキ、アタシ一匹でも多くアンデットを始末してくるニャ」
ベヒーモスはリュウイチに顔を寄せ、小さな声で伝えると、直ぐに最寄りの戦場へと飛翔する。
白蛇はこれからこの熱狂的な市民をいかにコントロールするかに注力する必要性があった。
シビリアンコントロールの知識など全く持たないのだから、これも王者の難苦となるか。
「……白蛇様、ここにいたの? こっち来て」
そこへゴブリンの聖女アイが人混みを掻き分けリュウイチの前までやってくる。
彼女は迷わずリュウイチの細い身体を掴むと、そのまま市庁舎へと連れて行くようだ。
「お、おいアイ、いったいなんだ?」
「……ごめんなさい白蛇様」
「え……はい?」
二人は市庁舎の大きな扉を潜ると、アイは迷わず二階の会議室へと向かった。
その間無言、気不味さはリュウイチの方が遥かに大きい。
会議室は閑散としており、誰もいない……いや、純白の翼を背中に持つ女性がいた。
「ユズ? アイにユズってことはまさか?」
ユズは神妙な顔でリュウイチに頭を垂れる。
あくまでも臣従の姿勢、アイも同様だ。
「今回の戦争、ある意味で私達に責任があります」
それがごめんなさいの理由……アイとユズの顔は悲壮でさえあった。
その上でユズは言った。
「【神前試合】、世界の覇権を賭けたゲームだそうです。私はイーリス族を護る為白蛇様を利用しました」
ユズの言葉には裏はないか?
彼女にしては珍しく正直過ぎる気がする。
なによりはっきり利用と言った、利用しあっているのはお互い様だが。
「アイもか?」
「……私は違う、白蛇様が死ねと言うなら死ぬわ」
彼女の覚悟は並じゃない。
なによりもアイはゴブリン族の命運はもはや白蛇と共になったのだ。
もはやアイがゴブリンの指揮をすることはない、ゴブリンを導き熱狂させているのはリュウイチなのだから。
「死ぬなんて言うなよ、アイが居なくなったら、皆悲しむぞ」
「白蛇様も?」
「当たり前だろ」
そう言い返すと、アイは少しだけ頬を赤らめ微笑んだ。
アイは既にパイソー市民にとっても、リュウイチにとっても特別な一人になっている。
今更お国の為に死にますなんて、絶対に聞いてやる訳にはいかない。
「アイ、ユズ、俺はお前らを恨まないし、お前らを護る」
冷徹鋭利なユズはリュウイチがいつもの蛮勇ではないか分析する。
リュウイチは伊達や酔狂で生きるほど刹那的ではない。
そんな彼が英雄的な発言をするのだろうか。
「……白蛇様、このユズ、何なりと命令に従いましょう」
結論だ。ユズはこの偉大なる王に従う決定をした。
元より弱小のイーリス族が生き延びるにはこれしかありえない。
「ならユズに一仕事してほしいんだが」
「なんなりと」
「市民の避難誘導を任せる」
ユズは目を丸くした。
後数日、間違いなくアンデット軍団はパイソーを埋め尽くす。
否が応にもリュウイチ軍は水際で押し止めるしかない。
極めて勝ち目の薄い戦いになる、それでも戦いを止める訳にはいかない。
「白蛇様、どうして私に特攻を指示しないのですか?」
「特攻……だって?」
「……イーリスは今後も白蛇様に従いましょう、ならば私の務めこそアンデット軍団を滅ぼすことですわ」
白蛇は首を横に振る。
確かにユズにはプレイヤーの義務があるだろう。
だがそのプレイヤーの責任を持つのはリュウイチだ。
ユズには誰よりも人を導く能力があると判断している。
だからこそ、市民の御旗になって欲しい。
「馬鹿にすんなユズ、アンデット軍団には勝ってみせるさ、ユズにはル・ファーレまで市民を任せたい」
「……承知、しましたわ」
納得はしていない、それでもリュウイチの意を汲みたいとは思っている。
一部始終聞いていたアイは、リュウイチを見ると。
「私は? 私の希望は前線なんだけど」
アイにはゴブリンを千年後の世界へと連れて行く義務がある。
今更ゴブリンの千年王国なんて期待もしていないけど、白蛇の下に千年王国が出来るなら、その夢を叶えたい。
「二回、命を拾った意味、私は戦えるわ」
「……ならアイは後方から支援を頼む」
「あくまで前線には出したくない?」
「魔法使いを矢面に立たせる気はねぇ!」
市民達の動揺と熱気、そして二人のプレイヤーの思惑。
ユズの夢、アイの夢、そして未だ知れぬアンデット軍団の主にもそうした夢があるのだろう。
リュウイチはただ、誰もが平和に暮らせる世界を創りたい、それだけだ。




