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公爵家のちびっ子愛され令息は、喋るクマさんと無自覚に運命を変えていく 〜ねえねえ、なにか、こまってりゅ?(なお、わるものは勝手に滅びる模様)〜  作者: 由畝 啓
第1部 小公子エルくんの大冒険

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番外編.ミス・クランベリーのおみやげ


ここは、スペロ王国の首都である。

立派なハートフォード公爵邸の居間で、カートン卿と一緒に絵本を読んでいたエルは、きょとんと目を瞬かせた。

以前好んでいたハリネズミの絵本ではなく、ウサギの紳士のお話だ。


目の前には、仏頂面のライオネルが居る。

仕事が色々とばたついていたが、ようやく落ち着いて来たようで、最近は屋敷に姿を見せることも増えた。


そのせいか、なんとなくロレッタも浮ついているようである。

頻繁にロレッタと喧嘩をするフェリクスが、最近ロレッタが大人しいと不気味がっていた。


「おみゃえ?」

「お土産だ」


お土産。その概念を、エルは知らなかった。

一人きり、家族から離れて住んでいた屋敷を訪れる人もおらず、エルが貰ったのは誕生日のプレゼントくらいだ。

初めて聞いた言葉だと、真面目腐った顔でエルは繰り返す。


「おみやげ」

「そうだ」


こちらも生真面目に、ライオネルは頷いた。

大きなライオネルと、小さなエル。

祖父にそっくりなライオネルと、母にそっくりなエル。

対照的な二人だが、とことん真剣な顔はそっくりである。


そして、ライオネルはその大きな手に、やたらと可愛らしい包みを持っていた。

繊細で美しいレース編みに包まれたクッキー。

それは、ライオネルの秘書を務めるミス・クランベリーからのプレゼントだった。


「今日、仕事が終わったから屋敷に帰ると言ったら──ミス・クランベリーが、ぜひオスニエルに渡して欲しいと」


普段は全くの仕事人間で、雑談一つにすら眉根を寄せるミス・クランベリー。

その彼女が、仕事以外の話をライオネルに振るなど、まさに青天の霹靂だった。

それも、ミス・クランベリーが差し出して来たのは、明らかに徹頭徹尾手作りと分かる菓子だったのだ。

菓子だけでなく、それを包んでいるレースも、結ばれているリボンも、どこを取っても手作りである。


ライオネルも菓子を作るから、そのクッキーがシンプルながら味に凝っており、長く保存できるものであるとすぐに気が付いた。

とはいえ、さすがにライオネルも、レース編みの経験はない。リボンを作ったこともない。

ただそれでも、随分と手が込んでいるとはすぐに分かった。


「えるに?」


ミス・クランベリー。聞いたことがある。

エルはじっくり記憶を辿った。そして、すぐに思い出す。


マダム・バンジャマン──ハリネズミのご婦人を追いかけていたら。なぜかライオネルの職場に辿り着いた。

その時、出会った女性だ。彼女はすぐに、お部屋から出て行ったけれど。


初めてミス・クランベリーと会った時、エルはどこかで見た覚えがあると思い、すぐに思い出した。


好きな絵本に出て来た、首が細長い灰色の(サギ)だ。

色合いは灰色というよりも、もっと明るい──ピンクとか黄色っぽい印象だけれど、姿かたちは似ている。

その鷺が、細い眼鏡を掛けているようだと、エルは咄嗟に思ったのだ。

表情がなくて、ちょっと厳しそうなのも、イメージ通りである。


「しゃぎしゃん?」

「しゃぎ? いや、ミス・クランベリーだ」

「みす、くらんべりー」

「そうだ」


そうだった、とエルは律儀に言い直す。

絵本に出てきた高貴な貴婦人──マダム・バンジャマンと同じだ──鷺の貴婦人に、気を取られすぎた。


「える、たべていいの?」

「ああ。お前への土産だからな」


そう言って、ライオネルはエルにクッキーが包まれたレースの布を差し出した。

エルは真面目な表情で、しかしそわそわとした嬉しい気持ちを抑えきれない様子で、手を伸ばす。そして、クッキーの包みを受け取った。


「おもいの……!」


驚いて、エルは大きな目をさらに丸くした。

広げたエルの両手と同じ大きさなのに、これまでエルが食べたどのクッキーよりも重たい。


「そうか。そのクッキーは、その……そのまま食べても美味しいし、味に飽きたらジャムを付けても良いと言っていた」

「じゃむ!」


エルは、そわそわしすぎて、ソファーの上でぴょこんと跳ねた。カートン卿も一緒に、ぴょこんと跳ねる。


『エル坊、アルマにお茶を淹れてもらおう。せっかくだから、ライオネルとセラフィーナ、ロレッタ、それからフェリクスも誘って、アフタヌーンティーをするのはどうだ?』

(それ、すてきなの!)


カートン卿の助言を聞いて、エルは目を輝かせた。

だが、五人で食べるには、クッキーの量が少なそうだ。


困ってエルはライオネルを見上げる。だが、カートン卿の声が聞こえていないライオネルは、エルが何を伝えたいのかわからない。


「──どうしたんだ?」


少し考えて、ライオネルは尋ねた。

仕事場では部下たちに厳しい上司だと思われているが、ライオネルは元から、弟妹想いである。

ハートフォード公爵家の両親は、貴族にしては子供たちとの距離が近いものの、庶民のようにずっと一緒にいるわけではない。当然のように、ライオネルは小さい頃のロレッタやフェリクスの遊び相手になっていた。


もっとも、ロレッタとフェリクスは相手に譲らないところが似たもの同士で、小さな時からよく喧嘩もしていたのだが。

そして、二人が喧嘩する度に、ライオネルが仲裁する羽目になった。それに、ロレッタとフェリクスは、相手が悪いと思うといつもライオネルに言いつけに来ていた。


そんな二人と比べると、エルは随分と聞き分けの良い幼児だった。セラフィーナも手のかからない子供だったが、エルは大人のような言葉を使うことがある。

とはいえ、セラフィーナと比べると、エルは元気いっぱいだ。武の公爵家ハートフォードの血筋らしく、大人しく家に引き篭もるより、外に出て動き回りたいと思う性格のようである。神の病を得て一人で療養していたとは、とても思えない。


「れおにいさま」


エルは、キリッと表情を引き締めて言った。


「なんだ」


言葉だけ聞けばぶっきらぼうだが、ライオネルの声音は優しい。


「あのね、みんなでね、おちゃ、するの」

「お茶? ああ、もうそんな時間か」


昼食を終えて数時間。

夕食まで、まだ少し時間がある。

まだ午後のお茶はしていない。それならば、天気も良いことだし、庭にテーブルを広げて茶菓子を楽しむのも良いだろう。


難なくエルの訴えを理解して、ライオネルは口角を上げた。

それほど表情は変わらないが、宮殿でその表情を見た令嬢たちは皆、色めき立つような男ぶりだ。

だが、幸か不幸かこの場にはエルしかいない。

ライオネルは手を伸ばして、エルのフワフワな金髪を優しく撫でた。エルはきゅっと目を瞑る。


「優しい子だな、エル。良い考えだ、デニスに言って来よう」


デニスはハートフォード公爵家の執事だが、彼に頼めば、あっという間に使用人たちを指揮して準備を整えてくれる。

既に料理人は茶会の準備を進めているかもしれないが、多少なら融通も利かせられるだろう。


ライオネルの言葉に、エルはとても嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。



☆☆☆☆☆



美しい青空に、爽やかな風。

気持ちの良い陽気の中、エルはとてもご機嫌だった。


隣にはロレッタ、セラフィーナが座っている。

セラフィーナの隣にはフェリクス、そしてフェリクスとロレッタの間がライオネルである。


ライオネルが居ないときは、必ずフェリクスとロレッタが売り言葉に買い言葉を初め、どちらかが立ち去るまで止まらない。

ここ最近は、口喧嘩が勃発しても、ロレッタが以前よりはフェリクスに強く当たらなくなった。すると、不思議なもので、フェリクスもロレッタに対して強くは出ないのだ。


そのせいか、セラフィーナも以前よりリラックスしているようだ。

もっとも、エルは姉と兄が喧嘩していても、大して気にしていないのだが。


思いがけなく穏やかな時間が流れるテーブルには、豪華なアフタヌーンティーが用意されていた。

エルのためにミス・クランベリーが用意したクッキーは、可愛く飾られてほとんどがエルの前に用意されている。


「えるの、くっきーなの。みんなにも、えっと──おすそわけ!」


得意げに、エルは胸を張った。

おすそわけ、という単語は、以前にアルマが教えてくれたものだ。

エルが一人でいた屋敷に小鳥がやって来た時、エルが餌をやりたいと言った。その時に、エルは自分に用意されていたおやつのスコーンを小さくちぎって、小鳥に()()()()()したのだった。


「まあ、ありがとう。とてもかわいいのねえ」


セラフィーナがおっとりと、両手を合わせて小首を傾げながらお礼を言う。

ミス・クランベリーがくれたお土産のクッキーは、レースの包みを開けると、とても量が多かった。

そのため、ロレッタとセラフィーナ、フェリクスの近くに、小皿で一個ずつ配膳されていた。

少し見栄えを良くしようと言うのか、料理長が可愛らしく花形のジャムを添えている。


フェリクスが、少し呆れたような視線をセラフィーナに向けた。


「かわいい? ただのクッキーが?」

「レックス!」


ロレッタが柳眉を逆立てる。

彼女にとってセラフィーナは可愛い妹で、少しでも妹が傷つきそうな発言は許せなかった。

だが、フェリクスは意に介さない。そして、セラフィーナは少し困ったように、首を反対側に傾げた。


「えっと……ちっちゃくて、かわいいと思ったの」

「ふうん。そういうもんかね」


理解できないと、フェリクスは不思議そうだ。


一方、ロレッタも少し不意を突かれたような表情で目を瞬かせた。

今のような言い方をフェリクスがした時、これまでのセラフィーナは少し怯えたような様子を見せたものだ。だが、そんなロレッタの予想はあっさりと裏切られた。

セラフィーナは小さく自信のなさそうな口調でいながら、フェリクスを恐れる様子がない。


一体どうしたのかとロレッタは問うような目をセラフィーナに向けるが、少し恥ずかしがるように俯くセラフィーナは気が付かなかった。


ライオネルが、口を開く。


「小さければ可愛いと思うもの、らしい。まあ、全てではないが」

「へえ。兄貴も可愛いって思うのか?」


フェリクスはライオネルに顔を向けた。

長兄が、こういう時に口を開くのは珍しい。

ライオネルは口を噤むどころか、淡々と言葉を続けた。


「いや──愛らしいと思う時も、無きにしも非ずだが。基本的には、その物の大小が理由で可愛いと思うことはないな。人それぞれじゃないか」

「まあ、確かにそれもそうか」


フェリクスはあっさりと納得した。

ふらふらと家を出て放浪していた時に出会った町の女性たちは、若きも老いも共通して、小さなものであればたいてい「可愛い」と言っていた。

子供や子猫、子犬なら分からないこともないが、フェリクスにはとんと理解できないものでさえ「可愛い」と騒いでいたものだ。


何気なく、フェリクスはライオネルの視線を辿る。すると、その先に居たエルと目があった。


「?」


エルがきょとんと首を傾げる。エルは、ちょうどミス・クランベリーのクッキーにたっぷりのジャムをつけて、口に頬張ったところだった。

ふっくらした頬が、一層ぷっくらと膨れている。


「あー……うん。分かる気がする。これ、あれだ。愛くるしいってやつだ」


フェリクスが、ぽろりと本音を零した。

弟の発言には結構な頻度で食いつくロレッタも、これに反論はない。


ライオネルが、これまでに聞いたこともないほど優しい口調で尋ねる。


「エル、美味しいか?」

「んっ!」


もきゅもきゅとクッキーを食べているエルは、勢いよく頷いた。

にこにこと微笑む表情は、心底クッキーを味わっている証拠だった。


「良かったな、エル」


ライオネルは、目を細める。

次、職場に行った時、ミス・クランベリーに教えよう。そうしたら、きっと無表情が標準装備の気難しい秘書も、きっと頬を緩めるに違いない。


それは、確信にも近いライオネルの予感だった。





ということで、1部完結後のちょっとした番外編でした!

2部は書き溜めてから、GW前後くらいに公開できたら良いな~という願望。

次回は「エルくん、家族と領地に帰る!」です。


ちなみにエイプリルフールなのでX(お知らせ用)を始めました。

気になる方はどうぞ。

@kei_yose

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