83 抑えられない恋心 ①
その日の放課後、イグル様に屋敷に来てもらった。申し訳ないけれど、ルカ様には席を外してもらい、詳しい話をしてみると、イグル様は苦笑する。
「ルカたちは自分たちも同じ立場なのに忘れてしまうなんて、ある意味すごいよね」
「魔法……と言ったら良いのでしょうか。私たちにはどうにもできない力だと思います」
ルカ様の記憶はすぐに書き換えられてしまうのに、イグル様の記憶は私と同じように書き換わることはなかった。
イグル様とブロッディ卿は仲良くないから、すぐに記憶が書き換わると思っていた。合う合わないは他言するかどうかとは別物らしい。
「ルカたちは辺境伯家という立場だけでなく、個人的に因縁があるから書き換えられるのかもしれないね」
「そうかもしれません」
ルカ様たちは、パルサ様たちのことは覚えている。書き換えられないということは、事情を知らない人に伝えなくても良いと判断しているからでしょう。
「リゼちゃんの考えだと悪い人は変身できないんだろう? なら、ブロッディ卿はムカつくけど悪い人ではないってことだよね」
「嫌な人ではありますけど、ガサツなだけで根は良い人なのかもしれません」
「それなら僕はわざわざ誰かに言う必要はないかなって思うタイプの人間だから、記憶が書き換えられないのかもしれない」
「どういうことですか?」
「言おうとしたら忘れちゃうんだろ? なら、言わないようにすれば覚えていられる。悪人でないというのなら尚更だよね」
悪人ではないから、秘密を他人に話す必要はないと言いたいのね。そして、イグル様もきっと私と同じように覚えておいたほうがいいと思っている。
イグル様は迷いはないみたいだけと、私はそうじゃなかった。
「私はどうすれば良いのか迷っているんです」
「何を迷ってるの?」
「ブロッディ卿のことを口にしようとして、忘れてしまったほうがいいのかなって。今の状態だとルカ様たちに嘘をついているみたいで嫌なんです」
「じゃあ口にしなければいいんじゃない?」
「はい?」
驚いて聞き返すと、イグル様は明るい口調で話し始める。
「ルカから犬を見たよなと言われた時に、犬でしたね。と答えたら、嘘をついたことになるけど、何も言わなければ嘘はついてない」
「そ、それはそうかもしれませんが、屁理屈のようにも思えますが?」
「嘘をついてないことは確かでしょ? それに僕は、人を傷つけたりしないためとか、必要な嘘もあっていいと思う」
「……そうですね」
誰かが人の悪口を言っている時、一緒になって悪口を言う必要もない。そして、悪口を言っていたかと本人に聞かれた時、そうだと答える必要もない。
それも嘘になる。でも、それは人の心を傷つけないための嘘なのだ。
色々と意見はあると思う。ただ、私の中ではイグル様の考え方でいいのだと思った。
「ありがとうございます。モヤモヤしていたんですけどスッキリしました」
「秘密を共有できる人間が増えたから、気持ちが楽になったんだろうね。他のことでも相談に乗るから、一人で思い悩むくらいなら話をしてほしいな」
「ありがとうございます。イグル様も何かあったら相談に乗りますので、いつでも声をかけてくださいね!」
「ありがとう。ところでさ、あのずんぐりむっくりした動物は何なの?」
「マーモットって言うそうですよ。とっても可愛いですよね」
「中身がブロッディ卿じゃなければ撫でたかったなあ」
談笑していると、控えめなノックの音が聞こえたので会話を中断した。
「ルカかもね。少しは待つってことができないのかな」
「まだわかりませんよ」
苦笑して答えたあと、扉に顔を向ける。
「どうぞ」
ゆっくりと扉が開き、顔を出したのはルル様だった。そんな彼女の目には大粒の涙が浮かんでいる。
「ルル様!」
しまった!
私たちに恋愛感情はない。ただ、ルル様がそれを理解してくれるかは別だ。
二人きりで話をしている私たちに、変な疑いを持ったのかもしれない。
「お……、おふたりは、その……、なんの……おはなしをされているのですか。うっうっ! わたくしはきいてはいけないおはなしなんですか」
泣き始めてしまったルル様に、どう説明したらいいのか、すぐには思い浮かばなかった。ただ、とりあえずルル様が心配するような関係ではないと伝えることにした。