72 ルカの祖母との初対面
その後は何事もなかったかのように、ジョシュ様たちと一緒に店を回り、買い物を終えたあとはノルテッド辺境伯邸に向かった。
玄関のポーチで出迎えてくれたのは、まずはたくさんの使用人だった。
使用人たちが挨拶を終えて、それぞれの持ち場に戻ると、人間の姿のラビ様とルフラン様、そして、ルフラン様に抱えられた猫くらいの大きさの動物が迎えてくれた。
濃い灰色と白い毛に口元には長いひげ、小さくて丸い耳につぶらな黒の瞳。
なんという動物なのはわからないけれど、とても可愛い。
「コツメカワウソで俺の妻のララだ」
「コツメカワウソ?」
ルフラン様に教えてもらったけれど、聞いたことのない動物名なので、敬語も忘れて聞き返してしまった。
「こんにちは」
とても可愛らしい見た目だけでなく、声も可愛らしい。
ララ様は小さな手を私に伸ばしてくれたので、その手を握らせてもらう。
手には指みたいなものがあり、感触はとてもぷにぷにしている。
うう。それにしても見た目が可愛すぎる。なんてつぶらな目なの!
……と、まずはご挨拶しなくちゃ。
「はじめまして。リゼ・フローゼルと申します」
「はじめまして。ララよ。こんな姿でごめんなさい。体力がなくて、人の姿で歩くのは一苦労なの」
「動物の姿だと簡単に抱っこしてもらえますものね」
「ええ。使用人の間ではペットとして飼われていることになっているの。名前はラーラよ」
「では、カワウソのお姿の時はラーラ様とお呼びいたしますね」
「ペット扱いなんだから、ラーラと呼んでちょうだい?」
手を離すと、ララ様はルフラン様にしがみついて言う。
「あなた。ルカやルルの顔も見たいわ」
「おばーさま、ルルはここにいますわ」
私の隣に立っていたルル様が見上げて言うと、ララ様は顔を下に向けて手を伸ばす。
「まあ、ルル。見ない間に大きくなったわね」
「イグルさまに、ふさわしいじょせいになるために、ひび、がんばっておりますもの」
「ばあちゃん、久しぶり」
ルル様に抱っこされたララ様に、今度はルカ様が話しかけた。
「まあ、ルカ! あなたは本当に久しぶりよね! たくましくなって! しかも、聞いたわよ! とうとう初恋をむぐっ!」
ララ様の話の途中だったけれど、ルカ様が口を押さえたので、何を言おうとしていたのかわからなくなった。
「何するのよ!」
「そういう話は大きな声で言わなくていいですよ」
「もう、リゼに気持ちは知られているんだから、恥ずかしがらなくてもいいだろう」
ルフラン様が呆れた顔をして言うと、ルカ様は反論する。
「本人の前なんだから恥ずかしくなっても良いだろ」
「まあまあ! ちゃんとしたお嫁さんが来てくれることになって良かったわね。リゼさんなら辺境伯夫人になっても上手くやってくれるでしょう」
「ええ。ルカを支えてくれると思うわ」
ララ様の言葉にライラック様が大きく頷く。
「辺境伯夫人?」
「そうよ。だってルカは辺境伯家の長男だからね」
ライラック様が笑顔で頷いた。
ルカ様の婚約者ということは、ルカ様といつかは結婚するということなのだということは、当たり前だけれどわかっている。
ルカ様を支えたいという気持ちも強い。
両親の死の真相を明るみにして、伯父様やデフェルに天罰を下したい。
そんな気持ちばかりで、辺境伯夫人になる覚悟をしていなかったことに気がついた。
私ったら、今頃、気づくなんて本当に馬鹿だわ。
いや、大馬鹿以上だわ!
「……リゼ?」
ルカ様が心配そうな顔をして、私の顔を覗きこんできた。
「はい! 何でしょうか?」
「中に入ろうって話になってるんだけど」
「あ、はい! お邪魔いたします!」
ルカ様は様子がおかしい私に気が付いてはいたようだが、深くは聞いてこず、私の手を取って屋敷の中に招き入れてくれた。




