52 パルサからの手紙
「一体どういうことなのでしょうか?」
私が聞き返すと、ラビ様が教えてくれた内容はこんな感じだった。
先ほど、ライラック様宛に警察がやって来たらしく、デフェルを釈放することになったと言われたとのことだった。
警察署まで伯父様がデフェルを迎えに来たらしく、保釈金を払うから息子を返せと言ったそうだ。
警察の上層部の判断が保釈金を払ってもらえるなら良いということで、デフェルは大したお咎めもなしに釈放されてしまった。
せっかく捕まって大人しくなるかと思ったのに残念だわ。
それにしてもお金を渡せば、犯罪者が簡単に釈放されてしまう世の中なのかしら。
「どうやら、レンジロ公爵が手を回したみたいだよ。ここ最近のフローゼル家はお金もなくて没落寸前だから、保釈金なんて払えないからね」
「……今頃は釈放されて自由になっている頃でしょうか」
「……そうですね」
パルサ様に尋ねられたラビ様が難しい顔をして頷くと、パルサ様は自分の胸に手を当てる。
「僕に任せていただいても良いでしょうか」
「どうされるおつもりですか?」
パルサ様は私に笑顔で答えてくれる。
「懐柔して父と仲違いさせようと思います。どうやら彼は賢くなさそうですし、僕が相手だとしても、おだてれば罠にかかるでしょう」
どういう意味かわからなくて聞き返そうとしたけれど無理だった。
パルサ様は勢いよく立ち上がり、イコル様に声をかける。
「イコル、今日のところはお暇しよう」
「え? せっかく、リゼ様とお話をしようと思いましたのにっ! ああ、でも、仕方がありませんわねっ!」
イコル様は頬を膨らませながらも立ち上がり、私たちに頭を下げる。
「本日は突然、お邪魔してしまい申し訳ございませんでした。また、お会いできますと光栄ですわ」
「こちらこそ。大したお構いもできずに申し訳ございません」
「よろしければ改めてお話する時間をいただけると嬉しいです」
ルカ様の言葉のあとに私が続けると、イコル様は嬉しそうに微笑んで首を縦に振った。
「ではまた、ご連絡させていただきます!」
「お気をつけてお帰りください!」
慌ただしく出て行ったパルサ様たちをエントランスホールでお見送りしてから、私とルカ様は無意識に顔を見合わせる。
「イコル様はイメージがかなり違いましたね」
「そうだな。インコで現れたときはかなり生意気そうな感じだったのに」
「……あの時は悪役になろうとしてくれていたってことですかね」
「そうかもしれない」
それにしても、どうしてアルパカやインコの記憶は他の人の頭から消えないのかしら。
もしかして、パルサ様たちが変身しているという記憶じゃなく、飼っているペットとして記憶がすり変えられているとか?
「そういえば……」
ルカ様が呟いたので気になって聞いてみる。
「どうかされましたか?」
「いや、結局、リゼの動物が何かは教えてもらえなかったなと……」
「そう言われてみればそうですね」
デフェルの件で話す暇がなかったのか、それともわざと口にせずに帰ったのかは、聞いてみないとわからない。
「それに俺の正体のことも何も言わなかった」
「パルサ様は優しそうな方ですし、気にはなっているけれど、こちらから話題にしなかったので知らないふりをしてくださったのかもしれませんね」
「……」
ルカ様が何か言いたげに私を見てくるので聞いてみる。
「あの、何かありましたか?」
「いや、今日のリゼはパルサ様のことを良く褒めてるなと思って」
「そ、そうでしたか!? では、ルカ様のことも褒めますね!」
「いや、そういう意味じゃないって。それに人を素直に褒められるのは良いことだと思うぞ」
「ありがとうございます! でも、ルカ様のことも褒めるようにしますね!」
笑顔で言うと、ルカ様は少しだけ照れくさそうな顔で「ありがとう」とお礼を言ってきた。
*****
それから数日後、パルサ様からノルテッド家宛に、イコル様からは私宛に手紙が届いた。
パルサ様からの手紙に書かれていたのは、デフェルは保釈されたあと、伯父様に連れられて、レンジロ公爵家にやって来たということだった。
デフェルは居候の身だというのに偉そうにしているらしく、使用人から嫌われており、女性の使用人にはちょっかいをかけたりしているせいで、特に迷惑がられているみたいだった。
それだけでなく、レンジロ公爵の奥様にまで手を出そうとしたものだから、奥様と公爵は激怒したらしい。
伯父様が平謝りしたようだけれど、レンジロ公爵はデフェルを許したわけではなかった。
デフェルに罰を与えることは決まっているけれど、罰の内容は手紙には書きにくいとも書かれていた。
手紙に書くことが無理なら、会って話してもらうことはできるだろうかと考えた。イコル様への返事と一緒にパルサ様に手紙を書いて、詳しい話を聞きたいと連絡してみようか。
でも、ルカ様はパルサ様と私が会うことを良く思っていないみたいだし、今回もルカ様からパルサ様に話を聞いてもらったほうが良いのかもしれない。
そう考えた私は、早速、そのことをお願いするためにルカ様の部屋に向かった。
今日は学園が休みの日で昼前だから、ルカ様は出かけていない限りは自室にいると思われる。
ルカ様の部屋に着くと、扉を遠慮がちにノックして私だと告げると、すぐにルカ様が部屋の扉を開けてくれた。
「どうかしたのか?」
「突然お伺いして申し訳ございません。あの……、ルカ様にご相談がありまして」
「俺に相談?」
「はい。あの、パルサ様のことで……」
「……」
ルカ様の表情が一気に暗くなった気がして、慌てて首を横に振る。
「嫌いな人の話をされても迷惑ですよね! ごめんなさい! 帰ります!」
踵を返そうとした私の手を掴んで、ルカ様は言う。
「いや、迷惑じゃないから。それに誤解してるみたいだけど、別にパルサ様のことを嫌ってるわけじゃないぞ」
「……では、お話をさせてもらっても良いですか?」
「……いいけど、恋愛相談とかじゃないよな」
そう聞いてきたルカ様の表情がどこか不安げに見えた。
別に今は尻尾や耳が出ているわけじゃないのに、耳や尻尾が垂れているように見えてしまう。
「そういうことではないです! 先日のパルサ様からの手紙の件でお話したいんです」
ルカ様は不思議そうな顔をしたけれど、私を部屋の中に招き入れてくれた。




