31 ミカナの失態③
「あ、あの、すみません! ウサギが道をあけてくれないんです!」
メイドが私に助けを求めてきたので、ミカナから視線を外して、笑顔で彼女を手招く。
すると、恐る恐るといった感じで近づいてきた。
「あなたはフローゼル家をクビになってしまったのよね?」
「……はい」
「じゃあ、ノルテッド家で働いてくれない?」
普通なら、こんなことは私が決められるものではないけれど、ラビ様が許可を出しているのだから良いと思われる。
その証拠に、ラビ様はこくこくと顔を縦に振ってくれた。
「ノルテッド家……?」
赤い髪を後ろで一つにまとめた幼いメイドは不思議そうに首を傾げた。
自分の領地以外の貴族のことは詳しくないみたいなので説明する。
「ノルテッド家は辺境伯家よ。フローゼル家は伯爵家だから、それよりも上になるわ」
「ほ、本当ですか!?」
メイドは嬉しそうな声を上げて、私を見た。
「もちろん。それから早速、働いてもらっても良いかしら?」
「も、もちろんです!」
「ミカナの分のお茶を淹れてもらいたいんだけど、出来るかしら?」
「お母さんと練習したんで淹れられます! あの、お湯をもらいに行ってきます!」
メイドは何度も頷くと、厨房に向かって走っていく。
「ミカナ、まだ、あの子は子供でしょう?」
「子供だって働けるわ。もうすぐ9歳だって言ってたし。学校に行ってないから馬鹿だけど」
「え? 9歳?」
「そうよ。雇ってもすぐにメイドが辞めていっちゃうんだもの。平民を雇うしかないじゃない!」
「だけど、働かせても良い年じゃないじゃないの!」
「親が認めてるんだからいいじゃない。金に困ってるらしいわよ」
ミカナは鼻で笑ったあと続ける。
「わたしはあんな平民が淹れたお茶なんて飲まないからね!」
「ノルテッド家で雇うと言っているのよ? そんな言い方は許されないわ」
「あんたが言ってるだけで許可はとっていないじゃないの! あんたはノルテッド家の人間じゃないでしょ!? 勝手にそんなことを決めて、怒られればいいんだわ!」
まさか、ミカナがまともな答えを返してくるだなんて思っていなかったから驚いてしまう。
「な、何よ、何を驚いた顔をしてるのよ!」
「あなたから、そんなことを言われるだなんて思ってなかったから……」
「うるさいわね! あんたなんか、とっととルカ様に捨てられればいいのよ!」
「そんなことをするような子には育てていないわ」
後ろからライラック様が現れ、私の隣に立って続ける。
「あなたがルカを裏切らなければ、あなたとルカは婚約破棄になんてなっていないの。大体、婚約破棄だなんて、普通はありえないことなのよ」
「そ、それはそうかもしれませんけど……! というか聞いてください! さっきのメイドを私がクビにしたら、リゼは勝手にノルテッド家で雇うと話をしてしまいましたよ!」
ミカナの顔に勝ち誇ったような笑みが浮かんだ。
形勢逆転だと思ったのだと思う。
けれど、実際は違った。
私とミカナが話をしている間に、ラビ様がライラック様に話をしてくれていたようで、ライラック様はけろりとした顔で頷く。
「それでいいんじゃないかしら。だって、リゼさんはもうノルテッド家の一員のようなものだもの」
そう言って、私を見つめるライラック様の目が「逃さないわよ」と言っているような気がして、なぜだか少し怖く感じてしまった。
良い意味で必要とされているのだと思うし、有り難いと思わなくちゃいけないわよね?
「ありがとうございます」
お礼を言うと、ライラック様は私に微笑んでから、ミカナに顔を向ける。
「だから、別に問題はないから良いんじゃないかしら。それから、結局、お茶会はもう終わったの?」
「あ、いま、ミカナ用のお茶を淹れてもらうために、さっきのメイドがお湯をもらいに行ってくれていて……。そ、そういえば、ライラック様、大丈夫でしたか?」
「女性も大丈夫だったわ。フローゼル卿は廊下で気絶してるけど、そっとしておいてあげたほうが良いでしょう?」
「え、あ、そうですね」
とりあえず頷いた時、サービングカートを押して、メイドが戻ってきた。
「あの、お湯と茶葉とさっきのシュガーポットも持ってきました!」
メイドは明るい笑顔で私に言う。
すると、しゃがみ込んだままだったミカナが立ち上がって叫ぶ。
「シュガーポットなら部屋の中にあるわ! そっちを使えばいいじゃないの!」
「駄目よ。あのシュガーポットの中に入った砂糖が気になるんだもの。どうしてミカナさんは、シーニャにシュガーポットを替えるように言ったのか気になってもおかしくないでしょう?」
ライラック様がいつの間にかメイドの名前を知っているようだったから、不思議に思って、ライラック様を見つめる。
でも、ライラック様は私に笑顔を向けただけで何も言わない。
私達と合流する前に、メイドと話をしたのかもしれない。
なら、シュガーポットの中身は私が思っているものじゃない。
でも、ミカナはそれを知らない。
「私も気になるわ。ミカナ、やっぱりあなた、このシュガーポットの中身に何か良くないものを入れたのね?」
「入れてないわ!」
「じゃあ、飲めるわよね。砂糖が入ってるからって飲めないわけじゃないでしょうから」
私が言うと、追い打ちをかけるように、ライラック様がミカナを促す。
「さあ、とりあえず、シーニャにお茶の用意をしてもらうから中に入りましょうか」
「……はい」
ミカナは唇を噛んだあと、渋々といった感じで頷いた。




