【シズシラ視点13歳冬】神様だって知らない★★★
あとがきにお知らせがございます。
ちらちらと薄暗い空から舞い降りてくるのは、まるで羽毛にも花弁にも似た軽やかな粉雪だ。
まるでお砂糖を世界にまぶしているみたいだと、シズシラは生まれてから十三度目の冬を迎えた今年も、毎年と同じ感想を抱いた。
この季節はいつだって自然と足が浮き立ってしまうけれど、こんなにも寒いとなるとさすがにそうも言っていられない。
凍え凍り付くように冷たい空を、赤々と暖炉が燃える暖かな室内から窓越しに見上げていると、まるで空に落ちていくような錯覚すら覚える。
窓辺に椅子を寄せて、シズシラはむう、と頬をふくらませた。
「せっかく今日は銀朱のお師匠様から、貴重な白銀を分けていただけるはずだったのに……」
ふくらませた頬をぷしゅうと潰して吐き出した溜息は、そのまま窓ガラスを白く曇らせた。
それはそのままシズシラの心の曇り模様を映しているようで、ますます憂鬱になる。
リュー一族の隠れ里における第三区画の統治者にして、長老衆第三位に坐す、シズシラの師の一人である魔女。
その通り名を『銀朱の長』と呼ばれる彼女は、鉱物を使った魔道具錬成を得手とするお方だ。
彼女が扱うとびきり上等な触媒の一つである白銀を、つい先日頼み込んだ末にようやく分けてもらえることになったのが本日だったはずである。
だがしかし、今年初めての雪模様の本日は、これまた今年一番の冷え込みを見事観測した。
――――さむい、さむい、さむうううううううい!
――――やだやだやだやだ、やぁよ、アタシ、ぜったいにベッドから出ないんだから!
――――シズシラ、かわいいかわいいアタシの弟子なら解ってくれるわよね!?
実年齢は定かでないが見かけだけならば今年十三歳を数えたシズシラと同じくらい……もしかしたらもっと幼く見える三番目のお師匠様は、ベッドの上に布団とクッションで大きなかまくらを作ってそう言い放ってくれた。
つまるところ、「白銀はまた今度!」ということである。
「もうすぐ七面鳥が災難に見舞われちゃうのに……」
「そうそう、だからシズシラ、今年の贈り物は何がいい?」
「ひゃああっ!?」
ひたり、と後ろからシズシラの両頬を包み込むようにあてがわれた彼の両手は、それはそれはつめたく冷えていた。
完全に油断していたシズシラがそのあまりのつめたさに飛び上がって悲鳴を上げて立ち上がると、ぱ、と彼の両手は離れていく。
自らの身体を自らの両腕で抱き締めながら、驚きのあまり涙をにじませてシズシラはバッと勢いよく振り返り、懸命にまなじりをつり上げた。
「もう、ヨル! また勝手に入ってきたのね!?」
「だってシズシラの側が一番あたたかいんだもの。ごきげんよう、シズシラ。今年の初雪をきみと見られて僕はとても嬉しいよ」
「う、うん、それは私も……って、ごまかされないんだから!」
「それは残念」
「~~~~っ!」
どれだけ涙目でにらみ付けても、シズシラの幼馴染である彼にとってはどこ吹く風であるらしい。
いつものことだとはいえ、それでもやっぱり悔しいものは悔しい。ものすごく悔しい。
だからこそますますシズシラは眉をつり上げて、シズシラが母と暮らす屋敷における不法侵入者、きらめく銀をまとううるわしの幼馴染たる少年――――もとい、ヨルと呼ばれる彼のことをにらみ付ける。
「ヨルなんて、ヨルなんて、こんなことばっかりしてたら、七面鳥みたいに災難に見舞われちゃうんだから!」
「ええ? それは怖いなぁ。そうならないように、シズシラがお守りをくれるんでしょう? 僕ももちろんシズシラのために今年も用意するからね。今年は何がいい?」
ことりと首を傾げるヨルの微笑みはいつだって綺麗で美しくて余裕たっぷりで、ついでにとっても腹立たしい。
それでも彼のその言葉はシズシラにとっては腹立たしいばかりではなくて、本当に本当にほんっとうに悔しいことにやっぱり嬉しいと思ってしまうものでもある。
シズシラが口にした『七面鳥の災難』とは、リュー一族における冬の恒例行事の総称だ。
とある教会のとある主神のとある御子のお生まれになった日、とも言われるらしいが、リュー一族にとっては七面鳥を食べてお祭り騒ぎを繰り広げる冬の祝い事でしかない。
理由なんて誰も知ったことではないのだけれど、その日、リュー一族は七面鳥の丸焼きをディナーのメインディッシュに据えて、そんな七面鳥のような災難に見舞われないように“お守り”と称した贈り物を親しい身内と交換し合うのだ。
当然シズシラが贈り合う相手は、母であるライラシラと、幼馴染であるヨルである。
そんな彼から今年も例年通りにリクエストを問われて、嬉しくない、なんて、口が裂けても言えやしない。
銀朱の長から分けてもらうはずの白銀だって、それこそ今年の彼のための“お守り”を作るためだったのだから。
そうだとも、結局だめなのだ。
今日も今日とて勝てないシズシラ・リューがここにいる。
うううう、と今日も今日とて白旗を振るばかりのシズシラは、がっくりと肩を落として、全身を預けるように再び椅子に腰を下ろす。
その正面の椅子に自身もまた座るヨルをじっとりと見つめたら、返ってくるのは期待に満ちたまなざしだ。
うん、やっぱりやっぱり勝てやしない。
だからこそもう諦めるしかなくて、シズシラは、「ええと」と今までヨルから贈られた“お守り”を一つ一つ指を折って数え始める。
「髪を飾るリボンは、八歳のときにもらったし」
「うん。シズシラはヒイラギのしおりをくれたね」
「九歳のときは、綺麗なガラスペンだったわ」
「そうだね。まだ使ってくれていて嬉しいよ」
「ヨルだって私があのときあげた時計、もともと古くてもう止まっちゃったのに、まだ飾っていてくれるじゃない」
「シズシラがくれたものを僕が飾らない理由はないでしょ。シズシラこそ十歳のときに僕があげたケ・セランパサランの吊り飾り、毎年この時期に飾ってくれるくせに」
「それはヨルが、そのときに私が結局失敗して片方しか用意できなかった室内履きを、またこれも時計のとなりに飾ってくれてるからで……」
「だって嬉しかったからさ。片方しかない室内履きは、ちょうど十一歳のときにくれたペーパーナイフの保存場所にちょうどよくなったし」
「私としては失敗作をずっと飾られてて若干胸が痛いんだけど……次の年にちゃんとした室内履きをやっと用意できたのに、結局そのままじゃない。あれ、どうにかしてくれないかしら」
「そればっかりはシズシラのお願いでも聞けないなぁ。シズシラが僕がそのときにあげた練り香水を使い切ってくれたら考えるよ」
「あの量を使い切るにはあと十年はかかると思うの。だったらせめて、去年あげたランプを片付けて……」
「年がら年中二十四時間消えない常夜燈として立派に役目を果たしてくれているランプを片付けるなんてそんな無体な真似はできないな。それよりそろそろ、僕が去年あげた耳飾り、普段使いしてくれてもいいんじゃない?」
「だめ! もったいないの! あれは特別なとっておきの日にだけ着けるって決めてるんだから!」
「嬉しいけれど複雑だなぁ」
「だって片方だって落としちゃったら、私、本当に立ち直れないもの……あれ? なんの話だったかしら」
「今年の“お守り”のリクエストを教えてほしいって話」
「あっ」
そうだった。
ぽんっと両手を打ち鳴らすシズシラに、いよいよヨルが苦笑する。
その「しかたないなぁ」とでもいかにも言いたげな、やわらかい表情がこそばゆい。
なんだかじっと見つめていられなくなって、シズシラは今度こそ『今年のリクエスト』に想いを馳せる。
災難から身を護るためのお守り。
お守りかぁ、と一息つくと、自然とがっくりと頭が下へと垂れてしまった。
「…………………………魔法の才能……」
小さなつぶやきは、吐息の中に隠れてしまいかねないほどにかぼそいものであったけれど、耳敏い幼馴染はしっかり聞き取ってくれたらしい。
彼が困ったように眉尻を下げたのが気配で解ってしまって、シズシラはますます頭をうつむかせた。
シズシラがいちばん欲しいものなんて、もう何年も前からたった一つだ。
――――誰もが認めてくれるような、望まれ求められた、魔法の才能。
若くして長の座についた母のように、強く美しく誇り高い魔女になりたくて、でも決してそうはなれないのだと気付いたのは、いつだったか。
悲しくて、悔しくて、そして何より申し訳なかった。
周囲の期待に応えられない自分が恥ずかしい。
それでもなおいまだ長老として名を馳せる師達はシズシラのことを見放さないでいてくれるけれど、それもいつまで続くことやら。
同世代の少年少女達の間では、いつどの長が最初にシズシラの師の座を辞めるのか、賭けまで始まっているのだというのだから、もう情けなさすぎて涙も出てこない。
「……ごめんね、ヨル。わがまま言っちゃった。大丈夫よ。魔法の才能なんて、誰かに臨んで得られるものじゃないわ。私が私自身の努力で手に入れなくちゃ意味がないもの。いつかちゃんと、お母様が自慢に思ってくれるような魔女になるんだから!」
ふんすと拳を握り締めて宣言してみる。
我ながらびっくりするほど解りやすい強がりだ。
けれどヨルは優しくてシズシラに甘いから、気付かないふりをしてくれて、きゅっとシズシラの拳を、両手で包み込んでくれる。
「シズシラのそういうところ、好きだよ。まあどんなシズシラも大好きだけれど」
「ふふ、ありがとう、ヨル。ええとね、じゃあ、改めてリクエストしてもいい?」
「なんなりと」
こじゃれてもったいぶった仕草で、そっと自ら包み込んだシズシラの拳をほどいてくれたヨルは、そのままシズシラのその指先に唇を寄せてくれる。
やわらかくてあたたかい感触がくすぐったい。
昔から続くたわむれの延長線は、このままいつまで続くのか。
今更すぎて照れることではないけれど、つい先日、それこそ本日面会謝絶となった銀朱の長などを筆頭とした師達には「危機感とまではいかないが警戒心を持て」と諭された。
どういう意味なのかはいまいちピンと来なかったけれど、ヨルには「人前ではしないよ」と言われたので、たぶん大丈夫なのだろう……と、また話がずれた。
そうそう、そうだ。
リクエスト。
「あのね、ヨル。今年も、来年も、それから次の年も、その次も、最後の年も。七面鳥が災難に遭いそうなときは、一緒にいてくれる?」
「……え?」
「これから先、ぜんぶの前払い……って言えばいいのかしら。だってそうでしょう? ヨル以上にとっておき“お守り”なんていないんだもの」
十八の春、ヨルが本来あるべき場所に帰る日まで、一緒にいられるのならば、それはとても嬉しくて喜ばしくてすばらしいことだとシズシラは思うのだ。
だめかしら? とおずおずとシズシラが驚きに固まっている様子のヨルの顔を見つめていると、彼はシズシラの手を解放してくれたかと思うと、そのままその両手で顔を覆って、すっかりうつむいてしまった。
――あれ?
――やっぱりだめ?
ヨルならきっと「もちろんだとも」と頷いてくれると思ったのに、それはシズシラの甘えだったか。
だとしたら嫌な思いをさせてしまって申し訳ない。
そうシズシラが反省していると、やがてヨルは、ゆっくりと顔を上げた。
「じゃあ、シズシラも、僕と一緒にいてくれる?」
大きく張り上げられたわけでもないのに、不思議と朗々と響く声で、ヨルは問いかけてきた。
そのうるわしのかんばせに浮かぶ表情は、なんだかとっても悔しそうで、苦しそうで、そしてそれでいてとっても嬉しそうという、実に複雑極まりないものだったから、逆にシズシラは思わず笑った。
「当たり前じゃない!」
シズシラはヨルの“お守り”となるにはてんで落ちこぼれだろうけれど、それでもなお彼自身が望んでくれるのだとしたら、喜んで“お守り”になろうと思っている。
お互いがお互いにとっての“お守り”。
うん、やっぱりとってもすばらしいことだ。
だからこそ「任せて、がんばるわ」とシズシラが気合いたっぷりに胸を張って頷くと、ヨルは何故だか大層安堵したように肩から力を抜いて、それから「あーあ」と溜息を吐いた。
「今年以降はヤドリギの何かにしようと思っていたのに。困ったな、予約で埋まっちゃったや」
「ヤドリギ?」
「うん」
こっくりと深く頷くヨルに、シズシラは首を傾げて「ううん?」とうなる。
ヤドリギはミスルトウとも呼ばれ、確かに時に魔術の触媒ともなり得るが、わざわざヨルが今後の“お守り”をそれひとつに限定する意味が解らない。
そんなに好きな植物だったかしら、とますます首を傾げるシズシラに、ヨルは「解らない?」といたずらげに微笑んだ。
「七面鳥が災難に遭う日には、ヤドリギの下でのキスを、うら若き乙女は拒んではいけないんだよ」
「……それがどうして“お守り”になるの?」
「うーん、そうだね。いつかちゃんと教えてあげるから、待っていて」
「う、うん?」
ふふ、と笑みを深めるシズシラに、ヨルはそれ以上何も言わなかった。
シズシラが彼の言葉の意味を知ることになる日はいつになるのか、このときはまだ誰にも解らなかったのである。
シズシラ・リュー、十三歳。
初雪を観測した、冬のとある日のことであった。




