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桃&楓花編

 (もも)は目を覚ました時、冷たいコンクリートの上に倒れていた。

 目を開けているはずだ。それなのに、視界には何も映らない。彼女がいる場所は、照明一つない暗闇の一室だった。


 自宅に掛けてあった、半袖のシャツに膝上程度の丈のスカートという夏のラフな格好ゆえ、桃は腕を押さえて震えてしまう。


「ここ、どこ? さ、寒い……」


 動くことは出来るので、ゆっくりと立ち上がる。頭はぶつからないことから、天井はそれなりに高いらしい。


 まずは視界を確保するため、照明の電源がないか探す。

 暗順応が働くにはまだ時間がかかるので本当に手探りだ。


「灯り、灯りは……っとおおぉ!?」


 慎重に前進していたものの、桃は何かに(つまづ)いた。

 同時にカチッと音が一つ鳴り、そのまま硬い床に鼻をぶつける。


「いったぁー」


 偶然にも天上の蛍光灯を点けることに成功した。

 鼻先を押さえた片手の指先には僅かな出血。ポケットからティッシュを一枚取り出して、血の流れる鼻の穴を塞ぐ。


「もう、最悪だよ」


 超常的な力に体が侵され、知らぬ場所で目覚めた後に、物理的にも出鼻を挫かれた桃。嘆きながらすぐ後ろを振り返る。自分は一体何に躓いたのか、光が灯ったのだから確認しないわけにはいかない。


 そして絶句する。あまりに現実離れした光景に、目を瞑ってしまう。


「きゃっ……!」


 再度恐る恐る目を開ける。やはりモノはそこにあり、決して見間違いではなかった。


 仰向けに倒れた十代後半、おそらくは男子高校生か大学生の死体。勇盛(ゆうせい)でも理旺(りお)でもなかったので、本当に誰かは分からない。刃物で刺されたわけでも殴打されたわけでもないように見えたが、普通でなかったのはその痩せこけ方だ。


 青ざめ白目を剝いた顔面。体内の水分と血液が半量以上抜けきっており、言わばミイラの状態に近かった。


「何……これ……」


 桃は死体の状況を鑑みて思い出す。彼は最近のニュースで取り上げられていた変死体にそっくりであると。勿論、死体の映像は流れない。キャスターの言葉を思い出したのだ。


 次に理旺(りお)の説明を思い出す。タマシイ様と、それが創り出す世界について。

 見知らぬ場所に、記憶に新しい変死体。そして(いざな)われる直前に聞こえた「もういいかい?」の一声。


 桃の中で、自分が今いる場所はタマシイ様の世界なのだと強く思い始める。

 そして、どれだけ捜しても見つからなかったオカルト同好会の皆が心配になる。


 桃は足の震えを必死に抑え、立ち上がる。防音部屋のような一面コンクリートの部屋を後にする前に、近くの白い布を取る。


 そこに包まれていたのは大きな音響機材。やはりこの部屋の用途は音楽に関係する事なのか、桃は何となく予想する。


 だが、布は埃だらけ。長期間使用されていなかった機材も気になるが、今はその誇りを払い落とし、布を変死体に優しく(かぶ)せて一瞬黙とうする。


「……さて、それじゃあ行こうか」


 短い石段を上り、扉のノブに手をかける。鍵がかかっているようだが、幸いにもこちらは内側。苦労なく鍵を外し、部屋を出た。


 そこから続く螺旋階段をいつまでかと言うほど上り大屋敷の廊下に出ると、ほんのりと暖気が桃に安堵を与える。


 しかし先ほどまでいた地下室とは異なり、灯りは左右の壁に掛かる蝋燭(ろうそく)のみ。静寂と共に燃え続けるその姿は、まさにこの屋敷に似つかわしく、不気味でもある。あの地下室が異質だっただけで、本来の姿はこちらが(まこと)なのだろう。


「うわぁ……。まるでお金持ちのお屋敷みたい。でも、ちょっと怖い」


 視界が不明瞭なため背後に何かいるのでは、と少し気になってしまう桃は、高級な赤いカーペットを安価な運動靴で踏みならして進む。


 すぐに目に入るのは、左右の扉。それも一つや二つではなく、少し進めばまた現れる。

 屋敷の全貌は不明だが、(あつら)えた物もあるに違いない一級の調度品で飾られた内装を見るに、部屋が幾つあってもおかしくはない。

 桃は挙動不審にその場を右往左往してしまう。


 そんな彼女のすぐそばで、扉が一つ静かに開く。


「……!」


 小さな軋みに鳥肌が立ち、恐怖から足の動かない桃は、脳裏を(よぎ)るその原因を否定しながらも音の方へ目を向けてしまう。

 そして彼女は、その目に映した正体に腰を抜かした。


「桃!」


「……楓花(ふうか)! よかった……」


 楓花はレトロなカンテラをぶら提げ、桃に寄り添う。

 知人、それも幼馴染が一緒にいる状況は、今においてこの上なく安心できる。桃は全身の力が抜け、その場に座り込んでしまった。


「大丈夫?」


「うん……楓花こそ、大丈夫だった?」


「何とかね。桃が噴水で目を伏せた後、私たち隠れたんだけどね、そしたら急に知らない声が聞こえてきて……『もういいかい?』って言うから、答えたらここに来てた」


「金縛りに遭わなかった?」


「金縛り? うーん、なかったと思うけど……」


 楓花は躊躇することなくあの声に返事をしたのだろう。そのため身動きが取れない状況に置かれていることに気付かなかったに違いない。

 幼少の頃から行動派の楓花の活発さには、桃も手を焼かれた時があったが、今はそんな彼女が心強い。


「そっか、流石は楓花だね」


「褒めてるの? (けな)してるのー?」


 お互いにクスクスと笑い合いうが、その時間も一瞬。二人は自分たちの置かれた状況に、現実に引き戻される。


「そう言えば、楓花はどうして灯りを持って部屋から出てきたの?」


「とりあえず、ここに何があるのか調べなきゃって思って、目覚めた部屋に置いてあったこのカンテラを使って探ってたの。ほら、このお屋敷、薄暗いじゃん」


「ここら辺の部屋を全部?」


「うん、そうだよ」


「本当に肝が据わってるね」


 桃は楓花の度胸に感心する。きっと自分では扉を開けるのにさえ怯えてしまうのが、容易に想像できる。


「ははっ……そうでなきゃオカルト好きなんてやってられないよー」


「それで、何か収穫はあった?」


「いや全然。高そうな壺とか絵画はあっても、状況が変わりそうな物は何も。それでね、もっと違う雰囲気の場所になら、何かあるんじゃないかって思って、あそこの部屋に入ろうとしたんだけど……」


 楓花は桃の背後を指す。その先にあるのはただ一つ。


「あれっ? 鍵がかかってたはずなのに……」


「私が目覚めた部屋だからね。内側から開けてここまで来たんだよ」


「そうだったんだ。鍵探す手間が省けたー。それで、中はどんな様子だったの?」


 桃は楓花の出てきた部屋を少し覗いて、つい先刻の記憶と比較する。


「見てくれはこんなに立派じゃなかったよ。いや、お金はかかってるんだろうけど。全体が防音コンクリートで……」


 自分の見た物をそのまま伝え始める。

 楓花は桃のペースを乱すことなく、適度な相槌を打ちながら聞く。

 そして最後に伝えるべきことを話す時。


「あのね……死体が……あったんだよ」


「死体!? 何で、誰?」


「誰かは分からない。でも、死体の状況はニュースでやってた変死体にそっくりだった。だからここは、タマシイ様の世界なんじゃないかって思うの」


 思い出しても決して気持ち良くはない被害者を、今語るこの時だけ思い出す桃は、ゆっくりゆっくり意見を述べる。


「タマシイ様の世界!? 本当にあったんだ」


 重そうなカンテラが半開きの扉に当たり、鈍い音を立てる。

 隠せていない喜びはオカルト好きの(さが)なのだろうか、楓花の表情にも現れている。しかし彼女はその感情を抑え込む。


「……でも、人が死んでるんだよね」


「うん。そのままは可哀そうだったから、布は被せて来たけど」


「桃のそういうとこ、優しくて好きだよ」


「な、何!? 急に恥ずかしいよ」


 赤く染まる桃を悪戯(いたずら)に笑う楓花。幼少期から続くこのやり取りはいつものことだが、桃は未だに慣れないのだ。



 そんな時、カンテラの灯火が不自然に揺らめく。

 ガラス管内に強風が入り込む余地はないのに、次第に荒ぶる。しかし消える気配もない。


「ねえ楓花、その灯り、おかしくない?」


「うわぁ、すっごい揺れてるね。今までこんなことなかったけどなあ」


 二人は今いる場所を不気味に感じてしまう。

 ふと顔を上げれば、壁の蝋燭の炎も同じように揺れている。


 だからこそ、風が吹いているという考えは真っ先に捨てることが出来た。

 原因も分からぬ中、二人の感じている不気味さは不吉へと遷り変わっていく。


 廊下の奥、その暗闇から得体の知れない何かが近づく気配をいち早く察知した桃は声を上げる。


「楓花、あれ……何?」


 その何か(・・)に背を向けていた楓花は振り返る。彼女もまた、桃と同じでその像すら正確に掴めない。二人がその姿を拝むには、その子がもう少し近づかなくてはならなかった。


「何か……近づいて来てるよね?」


 同好会の誰かという僅かな希望もあったが、それは断たれることになる。

 楓花が対象を視認すると、急いて桃に指示を出す。


「反対の部屋に入って!」


「う、うん!」


 駆ける二人は幅のある廊下を横断し、桃がノブを捻り扉を押し開けると、続けて楓花が入る。

 楓花は桃に顎で隠れているようにと指示を出す。


 長年の付き合いで、すぐに意図を把握した桃はただ頷いて行動する。

 その間に、楓花は扉を施錠して覗き穴を(うかが)い続ける。


 その時間が一体どれくらい続いたか。意識はあったが、お互いに恐怖と緊張で感覚がおかしくなりそうだった。

 正常に復帰できたのは、床に置かれたカンテラの灯りが元に戻った時だ。


「もう大丈夫みたい」


「怖かったー。ところで、何が近づいて来てたの?」


「……分かんない」


「え? だって楓花が見たから、逃げるように言ってくれたんじゃないの?」


「見えたは見えたんだけど……女の子だった、小学生くらいの」


「小学生の女の子?」


 年上の女子としては、耳を疑いたくなった。自分たちより幼い子を恐れて隠れていたなんて、本当に恥ずかしい。


「だったら、逃げなくても良かったんじゃ? ここがタマシイ様の世界なら、その子も迷い込んだのかもしれないし……助けた方が良かったんじゃない?」


「あれが……タマシイ様だよ、きっと」


「え……?」


 桃は戸惑っていた。女の子の姿そのものを見たわけではなかったから、肯定も否定も出来なかった。


「理旺の話、覚えてる? 小学生のかくれんぼで見つからなかった一人の子の事」


「うん」


「男の子か女の子かは聞いてなかったけど、間違いないよ。タマシイ様は女の子だよ」


「でもそれだけじゃ……」


 納得いかない桃を前に、楓花はさらに考察する。


「足音、聞こえなかったでしょ? あれは、もう死んでるからだと思う」


「体重が軽かったからじゃない? 床だって、カーペットだったし……」


 負けずと反論する桃だが、楓花の勢いは止まらない。


「火の揺れ方も普通じゃなかった。桃も見てたでしょ?」


「うん。そう言われると、そうかも」


 渋々受け答えする桃の目線は、そのカンテラに向いていた。細目でいるその様子に、楓花はあることを悟る。

 そんな彼女は心なしかにやついている。


「もしかして桃、怖い?」


「そ、そ、そんなことないよ!」


 見え透いた嘘はあっさりと楓花に看破される。その証拠に、楓花は桃の返答を逆手に取る。


「じゃあ先頭は桃に任せた! 私は後ろをついていくよ」


「えぇー。困るよ、楓花」


「ごめんごめん」


 困り果てる桃を見て楽しんだ後で、適当に謝る。


 その後の話し合いで、あの少女はタマシイ様であるという認識に落ち着いた。ならば、自分たちがどうするべきなのかも自ずと見えて来る。


 タマシイ様に捕まってはいけないのだ。仮にそうなったら最後、喰われてしまう、桃が最初に見た男性と同じ末路を辿ることになるのは、容易に想像がつく。


 タマシイ様に見つからないよう、この全貌も分からない屋敷に身を潜め続けなくてはいけないのだ。


「タマシイ様とかくれんぼ……。でも、見つかったらどうするの?」


「そりゃ逃げる一択でしょ」


「走るのかぁ……。なんかそれだと鬼ごっこだね」


「複合競技って感じで意外と新鮮だったりして」


 生死が掛かった状況で、大それたことを言ってしまえるのは、楓花の性格だ。それ以上に、好きな怪奇現象に遭遇してテンションが上がっているのもあるかもしれない。


「とにかく、今は逃げ隠れに集中だね。他のメンバーとも会えるかもしれないし」


 そう言ってしまっている扉の覗き穴に向かう桃。

 そこに目を向けるのは少々気が(はばか)られたが、幼馴染に頼りっぱなしというのも自尊心が泣く。ここは腹を(くく)った。


 まだ探していない部屋に来る可能性は十分に考えられる。タマシイ様の目を盗んで部屋を移動するのはリスクある行動だが、このまま今の部屋に籠るのも時間が経てばさもありなんという状況。勇気ある行動が己を救うのだ。

 そう言い聞かせる桃であった。


 穴を覗いた結果、映ったのは、薄暗い以外にはマイナス印象の無い、少しだけ高級感あるホテルの廊下のような光景。


 かと思われたが、桃の視界の全範囲を占めるほどの赤い瞳が不意に迫る。

 一瞬のことだったが、桃は短い悲鳴を上げて尻もちをつきかける。その前に楓花が支えてくれたのだ。


「大丈夫?」


「うん、何か急に赤い一つ目が……」


「桃は下がってて。私が様子見るよ」


「ありがとう。……!?」


 桃を後ろに退かせ、前に出る楓花だが、桃は背中に感じる異変に声が出ない。

 がっちりと肩を掴まれ、全身が(すく)む。


「みぃつけた……」


 一室に響いたその一言に、楓花は振り返る。

 その先にいたのは、おさげの髪型の赤目の少女。桃と同程度の身長に見えるのは、言わずもがな地に足が付いていないからだろう。


 先ほど確認した人物と特徴が一致したゆえ、楓花は


「逃げて!」


と叫ぶも、桃にはそれが叶わない。自然公園で襲った金縛り、背後の恐怖、それらが重なって全くもって抵抗できないのだ。


 状況は楓花も一緒だ。

 打つ手なしの二人は、不気味な囁き笑いを前に、タマシイ様の恐怖に呑まれていった。

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