22話:もふのたまわく
珍しく屋敷の玄関の音がしたので、私は気になって書斎から階段へと向かった。
するとちょうど上って来てるフェルギスが見える。
担いだ荷物が重いのか顔が辛そうだ。
フェルギスお帰り。
その大荷物は何?
「お師匠、実は…………いや、見たほうが早いな。来てくれ」
そう言ってフェルギスは急いで書斎へと戻った。
開けている暖炉前に丁寧に担いでいた荷物を降ろす。
縦に長い荷物は大きな布でぐるぐる巻きだった。
フェルギスがちょっと雑に一部を捲る。
布の間から現われたのは、苦しそうに顔を歪める女の子だった。
え、お嫁さん!?
「違う!」
なんだぁ。
わざわざ連れて帰って来たから…………うん、睨まないで。
ごめん。
それでどうしたの、この子?
苦しそうだけど何かの病気?
「あんた俺の告白をなんだと…………いや、今はそれどころじゃない」
フェルギスが急いで布を全部広げていく。
すると服とも呼べない布きれを纏ったような痩せぎすの女の子の全身が見えた。
体は硬直したように力を込めたまま動かず呼吸も浅く、酷い苦痛に耐えているのが見てわかる。
けど一番目を引いたのは髪の色だった。
赤く、葡萄酒のような色は珍しいどころじゃない異常を物語る。
「町で用事済ませたら、人買いと揉めてる奴らがいたんだ。どうも年頃の娘を売ろうとしてるらしいが病気持ちで神殿行けと言われてた」
そうだね。
この町には月の小神殿があるんだし、病気治してもらうべきだよ。
「だが良く聞くとどうも呪われてて神殿からも突き返されたんだとか。これ以上は面倒見きれないと売ろうとしたが、人買いもそんなのお断りだという押し問答になったそうだ」
苦しんで動けない女の子の押し付け合いなんて、想像しても楽しいものじゃない。
最終的にはこの子はどちらからも手を放されて地面に落とされたそうだ。
ひどいことするね!
「あぁ。だからつい口を挟んで、俺が呪いの研究用に持って帰るって、その場で人買い通して売買契約をしてきた。落ちる前に魔法で支えたから、たぶん怪我はないと思うけど」
いいことをしたとは思うんだけど。
買っちゃったの?
「嫌なのはわかる。けど、そうしないとこの子が助かった時、本人の意思を無視してあの地面に落とした親の元に戻らなきゃいけなくなる。血縁も何もない俺だと、所有者って言う権利がないと後々庇えないんだ」
うーん、それはそれでだめだね。
うん、いいや。
フェルギスの考えはわかったし、今はこの子を助けよう!
「そう言ってくれると思った。それで、お師匠の見解はどうだ? なんの呪いかわかるか?」
正直わかんないけど、なんかおかしいよ、この子。
力の流れが歪んでる? 引き伸ばされてる?
たぶんそのせいで苦しんでるんだと思う。
「…………聞いたところ、生まれながらこの髪の色で、三歳らしい」
三歳!?
え、どう見ても十代半ばすぎてるよね!?
もっと肉付き良かったら二十歳でも通じそうなのに!?
体の大きさだけならそろそろ大人の仲間入りなお年頃。
けど言われて見れば、痩せすぎた体は急激な成長について行けてないアンバランスさがあった。
これは異常成長だ。
そして時の神の領分に当たる呪いだ。
「この子に流れる時がおかしくなってるんだと思う」
うん、そうだね。
生まれた時から髪の色がこれなら、生まれた場所が悪かったのかな?
時の神の影響受けたけど、それは信仰という形を経ないせいで恩恵にはならなかったんだと思う。
だからこの子も受け入れ切れずに苦しめる結果になってるんだよ。
「この子に起きてる時間経過を逆にする必要があるんじゃないか?」
それは危険。
時は進めるのと逆にするのは全く違う力が必要で、ただ戻すなんてことはできない。
だからまずは止めないと。
このままだと何をしても負荷ばかり強くなるよ。
ただでさえ急成長で激痛だろうし。
それを止めもせずに逆成長させるとさらに苦しむことにしかならない。
下手したら人間の態さえなさなくなる。
「そうか、そうだな。まずは止めるために時間停止の魔法陣を敷いて、そこに安置しよう」
それがいいと思う。
このままだと激痛で死んじゃうかもしれないし。
根本的な対処は今の苦しみを止めてからだね。
「あぁ、そうか。お師匠に教えられたな。時間に影響する魔法は段階を踏まないといけないって。…………すぐ魔法陣の用意をするから見ててくれるか、お師匠」
もちろん。
あ、フェルギスは時間の流れを遅くする魔法かけてたんだね。
「あぁ、落とされたのを抱き上げた時点で骨がギシギシいってたから。魔法陣設置するために一時的に魔法を切るぞ」
わかった。
じゃ、その後は私が引き受けるよ。
けどいきなり時を止めるのも体に悪いかな?
苦しいかもしれないけど今は私も時間の流れを遅くするほうで行こう。
フェルギスが女の子の側から離れる。
私はすぐに女の子の肩に前足を乗せて魔法をかけた。
胸の上から魔法が発動して全身に広がる。
体が強張ったままなのは可哀想だけどもう少し我慢してね。
というか、この子全く声上げない?
あれ? 目も開けてないし歯も食いしばったままだ。
全く動かないし、え、生きてるよね?
生きてる?
うん、すごく浅くて速いけど呼吸はしてる。
これはやっぱり痛みで息さえままならないのかな?
大丈夫だよぉ、どうにかするからねぇ。
もう少しの我慢で痛いことなくなるから頑張って。
「あ、くそ。もうこれだけか」
フェルギスどうしたの?
何か魔法陣に不具合?
「いや、その…………魔法陣起動するための触媒の残りが少なくて」
え、足りないの!?
「いや、その子助けるための一回には足りる」
うん、なら早くやろう。
他にも問題あるなら手伝うから言って。
「けど、これ、お師匠戻すためにも必要な奴で。使いきるとお師匠が」
だったら余計にこの子だよ!
私この姿で死ぬような状態じゃないんだよ?
目の前で死にそうなほど苦しんでる子助けなきゃ!
「そうだよな、お師匠だったらそうだ。うん、わかった」
フェルギスは床に大きな布を広げて魔法陣を描き出す。
その横顔に迷いなし。
うーん、私の弟子本当にイケメンに育ったよね。
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