第十話 其の三 激突、蟹獰落!
まるで小山を思わせる巨体に、岩の塊の様な大バサミ。忙しなくキョロキョロと動く目は新しい獲物を求めているかのようだ。
蟹獰落と呼ばれる近海の主は、たった今仕止めたばかりの蛙マンボウを咀嚼しながら、周りにいる小さな連中も残らず食らうべく、その動きを監視する。
「お、おしまいだ……奴からは逃げられねぇ……」
へたりこんだ上に腰も抜けた様で、船長はガタガタ震えながら呟く。しかし、この船長の反応も無理はない。
蟹獰落は普段から海竜を襲い、餌にするほどの強さと狂暴さを備えており、いかなる武器もいかなる術式も奴の甲殻を貫く事は出来ない。
突然の大嵐にも匹敵する、生きた自然災害とも言える存在であり、万が一出会えば死あるのみ。
唯一、生き残れるかどうかは蟹獰落の腹具合によるが、どうやらかなりの空腹らしい。
奴がいま貪り食っている蛙マンボウが無くなれば、次は自分達の番だ。船長始め、船のクルー達は絶望に押し潰され、皆あきらめたようにへたりこんだ。
そんな一団の脇をすり抜け、蟹獰落の前に歩を進める者達がいた。
「船長、こいつを倒せばテストは合格だよな?」
振り返り、ロッシュが船長に問いかける。
「え、あ、ああ……?」
ロッシュの言葉の意味が頭に届かず、反射的に頷く。
今こいつは何て言った?倒す?蟹獰落を?
そこで、ようやくロッシュの言った事が理解できた。無謀どころの話ではない。
さっさと逃げるように促そうとしたが、ちょうどその時!
蛙マンボウを食べ終わった蟹獰落と目が合った。ような気がした!
ゆっくりと巨体を船長の方に向き直し、ハサミをガキンガキンと打ち鳴らす。
威嚇……ではなく、これからお前を喰らうという宣言である。その無言の圧力に、船長は警告の声を発することすら出来なくなる。
その様子に満足したのか、蟹獰落は船長に向かってハサミを伸ばす。立ち向かって来ようとする数人の餌は一先ず無視だ。うろちょろと逃げる餌より、動けない餌の方が手っ取り早い。
「おいおい、僕らを無視するなよっ……と」
ヒュンという風を斬る音が響いた。いつのまにかロッシュの手に握られていた剣を振るった音だ。
どこから剣が……と疑問を口にする前に、信じられない光景が船長の目に飛び込んできた。
彼に向けて伸ばしてきていた蟹獰落のハサミに亀裂が入る!そして次の瞬間、岩のごときハサミは切り刻まれた破片となって、弾け飛ぶように飛び散った!
目の前の出来事に、船長はおろか蟹獰落自身ですら驚愕したように、失われたハサミを見つめて動きを止める。
そして、その一瞬の隙は、ロッシュ達の前では命取りだった。
わずかに動きを止めた蟹獰落に、シィランの射出した糸の塊が飛来して地面に胴体を固定する。慌てて蟹獰落は暴れるが、さらにその動きを止めるべく、リシュリンの召喚した魔界の植物が巻き付き、縛り上げた!
悲鳴の様なギチギチといった金切り音を上げながら、なんとか戒めから逃れようとしていた蟹獰落の背に現れる人影……。岩山の様なその背に立つのはギョウブ。
彼女は野生の荒馬のように、馬の半身で高く前足を振り上げると、鉄槌の一撃ごとき踏みつけで蟹獰落の甲羅を打ち砕いた!
連鎖的に蟹獰落の全身に亀裂が走り、あちこちから体液が噴き出す。泡を吹き、痙攣する巨蟹にトドメを刺そうと、アセリアが炎の術式を発動させる。
即座にアセリアの眼前に現れる拳大の炎の塊。それをギョウブが踏み抜いた甲殻の穴へと撃ち込む!
そして次の瞬間、爆発するような業火が蟹獰落を内部から焼き付くし、香ばしい匂いと共に崩れ落ちた蟹獰落はその活動を停止させた……。
船長以下、船員達はその光景を茫然と見つめていた。遭遇すれば死あるのみだった災害クラスの魔獣が、たった数人の手でろくな抵抗も出来ずに仕止められたという衝撃の事実に声もでない。
「これ、食えるんだろうか……」
「臭いは……美味しそう」
煙を上げる蟹獰落を囲みながら食べれるかどうかを思案するロッシュ達。
そしてロッシュは、ふと思い出したように船長に振り返り、
「あ、テストは合格だよね?」
ロッシュの問いに、船長は壊れんばかりに首を縦に振った。




