58 道中
「師匠はロランに着いたらどうするの? 宿を取るの? それとも拠点とかに行くの?」
身体強化で馬車と併走しながら尋ねたレオナールに、同じく併走するダニエルが答える。
「お前とアランはクロードの家で暮らしてるんだろ? なら俺も応援が来るまで滞在させて貰おう。アランがいるならゴミ屋敷にはなってないだろうし」
「わからないわよ? あの人、出したら出しっぱなし、脱いだ物は脱いだ場所に置きっぱなしゴミも捨てずに置きっぱなしで、それが机の上でも床にあっても全く気にせず過ごすから平気で踏んだり蹴ったり落としたりするから、毎日アランが掃除してもあっという間に汚せるのよ。
きっと今回もアランの悲鳴と説教が聞けるわね。あれはもう特技といって良いんじゃないかしら」
「……悪ぃ、俺、宿屋に泊まるわ。久しぶりにアランの作った飯が食べたかったけど、また今度な。代わりと言っちゃなんだが、飯を奢るから勘弁な。
応援が来たらすぐ王都へ行かなきゃいけないからあまり時間は取れないが、今日明日くらいはお前の日課に付き合ってやるよ」
「良いの?」
「ああ、ここ最近慣れない仕事で身体が鈍っているから、気分転換に動かしたい。王都じゃ仕事以外で真剣を人間相手に振ると叱られるからな」
「面倒くさいわね。殺さず壊さないなら問題なさそうなのに」
「全く怪我させずにってなると貴族のご令嬢相手のエスコートくらいには気を遣うから、かえってだりぃよな。回復魔法を使えば治る程度の怪我で、説教されたり嫌味言われたり医療費請求されるんだよ。
手足を何本か切り落とすとかならともかく、普通の冒険者なら治癒師にツバでもつけとけって言われる程度なのに」
「王宮で回復魔法で治療して貰うとお金がかかるの?」
「なんか良くわからないが月一でまとめて請求書が来るんだよな。無視して払わなかったら経理部が直接押し掛けて来たから、うぜぇけどギルド経由で払ったよ。
手持ちなんて金貨数枚しか持ってないし、普段から支払いはギルド経由で払ってるからそれ以外のやり方なんて知らねぇもん。
昔は周囲にいる誰かがやってくれて、中には無断でちょろまかすやつや金を持ち出して逃走するやつもいたけど手間賃みたいなもんだし、全部持っていくアホはいなかったからだいたい放置してたな。
目に余るやつは誰かが処分してくれたし、俺にとって無害ならどうでも良い。金に困ったことはないからな。
うまいメシを食えて十分に休める寝場所があれば、どうでも良くねぇ?」
「私は師匠のずさんさのおかげで寝る場所に屋根がないとどうなるのか、食事をしたくてもパン一つ買えないとどうなるのか、冒険者証がないと町の出入りに入場料が必要になることを知ったから、同意はできないわね。
人もエルフもそれ以外も、町や村で暮らすには金が必要よ。なくて困ることはたくさんあるけど、たくさんあって困ることはないから、それが許されるならいくらでも稼ぎたいし、金をムダに捨てるような真似はできないわ。
お金って欲しい時に空から降って来ないし地面に落ちてたりもしないのよ? 自発的に稼がないと手に入らないし、一生懸命働いたからって必ずしも報われるわけじゃない。
一人でも無能や外敵がいると、いろいろ減るのよ。無限に沸いて出てくるわけじゃないの」
「……えっと、ごめんな?」
「悪いと思ってない人からの誠意のない謝罪ってゴミよね。私、町へ来てから初めて知ったんだけど、一番簡単な誠意の見せ方って手持ちの金からいくら出せるかってことなんですって。
文無しは殺されたくなければ、卑怯な手段を使ってでも勝って相手をぶちのめして心を折って従わせるしかないらしいわ。心を折った相手には逆らえないから、都合が良いんですって。
お金ってとても便利でいろんなことを楽にする便利な道具だけど、暴力ってお金の次に便利よね」
「おい、レオ!? どこで誰にそんなこと教わった!? それ絶対参考にしちゃいけないやつの意見だぞ!?」
荷馬車の外からそんな師弟の会話が聞こえてくるのを、アランは目を瞑ってやり過ごそうとしたが、荷台にいるほぼ全員に見つめられて観念した。
「俺にレオを止められるわけがないだろう」
開き直りである。時に一緒になって報復することもあるためアランもたいがいなのだが、ここにいる者でそれを知る者はいない。
「ロランにはそんなとんでもないことを新人冒険者に吹き込むやからがいるのか。世のため人のため、わしの心の安寧のため、成敗した方が良いだろうか」
オーロンが顎を撫でさすりながらそう呟くと、アランは憂鬱そうに溜息をついた。
「死ななきゃ直らないバカな上にゴミにたかる虫のように際限のない連中だから、可能な限り関わらない方が良い」
「ということは、そやつらは未だロランに住み着いておるのか?」
「《草原の疾風》のゲルトとアッカとダズだ。ドラゴンの入れ墨のハゲ、赤髪、茶髪のチンピラ冒険者だ。たぶん遠くから見てもすぐわかる。
俺とレオは既に目を付けられててあいつらの方から近付いてきて絡んでくるから手遅れだが、わざわざ好きこのんで関わり合いになる必要はない」
「……その、ダニエル殿が後見人なのに絡んでくるのか?」
「ダニエルのおっさんやギルドマスター、サブギルドマスターが近くにいる時は近寄って来ないんだ。どういう基準なのかは理解できないが、自分たちが勝てると思ったやつ相手にしか絡まないんじゃないかな。
だけど見るからに強そうで実際強いダオルがいても絡んできたことがあるから、どういう判断なのかはさっぱりだ」
《見た目や体格じゃないなら、魔力量じゃないかな? レオナールや幼竜も多いけど普段漏れてる魔力量は微弱だから、《魔力感知》ができないとわからないのかも。
ダニエルさんは古竜には負けるけど百歳くらいの若いドラゴンくらいの魔力量だし、大半を身体強化と探知に使っているけど、その辺の魔獣なら逃げるくらいの量を垂れ流しているからねぇ》
メテの指摘にアランはなるほどと頷いた。
「あいつらのことは良くわからないが、たぶんそんなところだろうな。ということは、常に威圧するか一定以上の魔力を周囲に垂れ流せば近寄って来ないのか」
《あまりオススメしないよ? エルフやドラゴンなら周囲の魔力や魔素を触れたり呼吸したりして吸収して自身の魔力に変換できるけど、人間は魔力が含まれたものを飲食して消化するか、睡眠や休憩したりしないと魔力を増やしたり回復したりできないから、魔力が枯渇して永眠しかねないもん。
それに人間は魔力や魔素に耐性があったりなかったり多種多様だから、耐性皆無の人が大量の魔力を浴びるとショック死したり病気になるよ。
専門じゃないから病名や治療法は忘れたけど、度重なるドラゴンの襲撃でそれが原因で死んだ人間もいたはずだよ。
最初は原因不明で王宮中の治癒師や医療系研究者が召集かけられたから、知り合いがぼやいてた。ボクは農業担当で成果が出ても出なくても待遇も配置も変わらない末端王族で良かったよ》
「最悪人が死んだり被害が出るなら駄目だな」
アランは肩をすくめた。
「すまない、魔力や魔素に耐性が皆無だと最悪ショック死したり病になるというのは初耳だ。僕の同僚にその病と思しき症状を研究する者がいるのだが、治療法はあるのだろうか」
ヴィクトールがメテに尋ねた。
《対症療法ならあるけど、完治は無理だね。生まれ持った体質と環境が原因だから、できるだけ魔力や魔素の薄いところへ引っ越して、体内の魔力や魔素を排出するしかない。
それをどうやって実現するかは色々あるだろうけど、どういう手段にせよ金と手間がかかるし死ぬまでそれを続けないと苦しんで死ぬことだけは間違いないよ。
それ以外だとアンデッドにならない死者の復活レベルの奇跡だね》
「……有り難う。とても参考になった」
淡々と告げたメテの言葉にヴィクトールは礼を述べ、瞑目した。
大変更新遅くなりました。天気が悪いと頭痛や眩暈などに悩まされるため、ただでさえぼんやりうっかりなのに更に悪化しがちです(特に視力と思考力に影響が
誤字脱字衍字などありましたら、後日修正します。




