57 挨拶
初めて青い空や森や草原や石畳の街道を見たメテがその都度興奮して感嘆の声を上げじっくり観察しようとすること以外に特に問題なかった。
アランが面倒なことはなるべく避けたいと距離を置いたため、説明役はヴィクトール、なだめて移動を促す役はオーロンとなった。
馬車の左右を併走しながら索敵するレオナールと幼竜、黙々と御者役に徹するダオル、荷台で弓の手入れをしているダット、無言・無表情でで時間停止状態のイライアスを見つめているレイシア。
「来た、君の師匠が来た!」
幼竜の報告にレオナールが彼の尻尾の方角を見ると、確かにダニエルの魔力が近付いてきている。魔力視の範囲外だがダニエルの魔力量はそこらのエルフ並みなので、注意して捜せばだいたいの方角がわかる。
常人が昼間に星を見つけられるかどうかくらいの難易度である。
「転移陣で来るのかと思ったら鷲獅子で来てくれたみたいね」
馬での移動より速く走れるダニエルだが、さすがに森も川も無視して最短距離で移動できる鷲獅子よりは遅い。連絡用の魔道具は馬より速いがダニエルの全力疾走よりも遅いため、連絡が来てすぐに出たのだろう。
転移陣で王都からラーヌへ移動して走って来た場合とどちらが速いかは、門を出るのにどれくらい掛かるかで変わるだろう。
「転移陣を町や村に設置するには本来は国の許可が必要で、それを使用する際にも許可が必要になる。戦や犯罪に使われると厄介だからな」
「アランも師匠も気軽に使っているように見えるけど良いの?」
「本当は良くないが、便利だろう? だから黙っててくれる人以外には絶対に言うなよ。ギルドマスターにもだ。一応『実験や研究のため』なら常識の範疇で私的な設置や使用が認められている」
「それ、いったい何が違うの?」
「国の許可が必要っていうのが国法で、研究のためならって方が通称『魔術師保護法』ってやつだ。正式名称はもっと長い。
魔術は魔術を発動できないとまともに研究できないから、何百年も前からそうなっている。たぶんシュレディール王国以外の国でもだいたいそうだと思う。
国としては個人に好き勝手に魔術を使われると困るが、より使いやすく便利に、なおかつ消費魔力量が軽減できれば利点があるから、転移陣に限らず魔術研究はして欲しいからだ」
馬車を停止させ、ダニエルの到着を待つこととした。誰にとってもイライアスは厄介者で邪魔な荷物であったため、できるだけ速やかに引き取って欲しいと思っている。
メテにとってはいてもいなくてもどうでもいい存在なので例外だが、鷲獅子を見たことがない彼にとっては間近で見られるまたとない機会であるため、待つことに対して拒否することはなかった。
《鷲獅子ってどんな生き物? 見た目はもちろんだけど生態は? 飼育できる?》
アランは眉間にしわが寄らないように気をつけつつ答える。
「飼育するには確か国の許可が必要で、広い敷地と厩舎、大量の餌が必要だったはずだ。生き餌を好むが、王宮の厩舎にいるやつは普段は生肉を食べさせているらしい。
見た目はもうしばらくしたら見えるだろうが、頭と翼と前爪が鷲で身体と後脚が獅子で体長3メトル弱、体高2メトル弱だ」
《ドラゴンよりは小さいけど大きいんだ、すごいね!》
ドラゴンと比較すればどんな生き物も小さくなる。周囲をクルクル宙返りするように飛び回るメテにアランは小さく溜息をついた。
アランは探索していないため地下王国のことは伝聞でしか知らないが、報告にはエルフと人以外のアンデッドの話はなかったし、メテの話題にもなかったのでいなかったのだろう。
ガイアリザードは体高3メトルくらいで体長6メトル弱なため更に大きいのだが、幼竜より少し大きい蜥蜴には興味を抱かなかったようだ。
《鷲も獅子も絵画や文献でしか見たことがないから楽しみだなぁ》
出会った時から気付いていたことだが、メテにとっての常識とそれ以外の者達のそれにはかなりの違いがありそうである。
おそらくここにいる全員が常識だと思っていることに多少の差異があるのは間違いないが、メテの場合は擦り合わせが困難なくらい異なるのだろうなとアランは遠い目になった。
(長命種の時間感覚や価値観は当てにしてはいけないということは重々承知だが、こいつと会話する時はより気を付けた方が良いだろうな。
後でオーロンにでも忠告しておくか)
ドワーフはエルフほどではないが人と比べて長命の種族であり、他の種族と比較すれば多種族と接することが多い種族である。
また、依頼人ヴィクトールに信用されているため、若輩者で会ったばかりのアランから告げるより良い結果になるだろう。
オーロンは善良過ぎて楽観的なことと人の悪意に疎いことが短所だが、それなりの経験はあるだろうから自分がやらずに済むことはなるべく任せたい、というのがアランの本音である。
そうしてたわいのない雑談を交わしていると、王都方面から鷲獅子に乗ったダニエルが現れ、着地した。
「イライアスの捕縛、お疲れさん。後日ギルド経由で報奨金を支払うのでよろしく頼む。生きたまま五体満足で確保するなんて大金星だ。爵位や勲章は諸事情あって難しいが、それ以外ならだいたいのことは便宜を図るつもりだ」
ダニエルの言葉に喜んで何か言おうとしたレオナールの口を慌ててふさいだアランが、慌てて叫ぶ。
「おい、おっさん! できないことは絶対無理なんだから、不用意なことを言うな!! レオが本気にするだろう!!」
「……あー、希望する報奨の内容については個別相談で頼む。常識の範疇でなるべく考慮するけど、俺の権限でどうこうできる程度にしてくれ。頼む。
それでイライアスの拘束手段についてイマイチ良くわからなかったんだが、それは限界や負担、後遺症があるのか?」
ダニエルが顎の下を撫でさすりつつ、そう言った。
「特にない。私の視界内にいなくても問題ないけど、時間停止およびその解除する時は視界内にいないと難しい」
それを聞いて視界内にいなくても不可能ではないのか、とアランは背中に冷や汗がしたたるのを感じた。
「了解した。拘束用の魔道具は後日届くはずだが、その前に時間停止とやらを解くのはやめた方が良さそうだな。では、ロランまで俺も同行する。もし襲撃に遭ってもどうにかするので安心してくれ。
ところで皆を紹介して貰って良いだろうか。俺はダニエル・アルツ。《疾風迅雷》の二つ名で呼ばれる元Sランク冒険者で今は『冒険者後進補助・育成支援対策協議室』室長だ。
冒険者のトラブル解決やら支援やらを王国の承認と協力を得ていろいろやる団体だ。王国や冒険者ギルドと協力関係にある外部組織だと思ってくれ」
「失礼した。僕は知識神リヴェルフェレスに仕える一神官、ヴィクトール。家の名は神殿に入る際に捨てたので、ただのヴィクトールだ。三千年前に滅びたとされる古代王国『エレクレンヌ神聖王国』について研究している。
今回、自身の研究のため遺跡の探索依頼を出したが、不測の事態により中断しここにいる」
知識神の神官としての挨拶をしたヴィクトール。
「はじめまして、ヴィクトール殿。知識神に仕える神官殿とお会いするのはこれが初めてなので失礼があればご容赦願いたい。無骨なそこつ者ゆえ、可能な限り率直に何か要望・ご不満などあれば言っていただければありがたい」
ダニエルはアランとレオナールがこれまで見たことがないほど優雅に王国貴族向けの挨拶をした。
「わしはオーロン、戦士で冒険者だ。ご高名はしばしばお聞きしている。よろしく頼む、ダニエル殿」
オーロンは人の良さげな笑顔と快活な声で言う。
「こちらこそよろしく」
「私はレイシア」
レイシアはそれだけ言って後は無言である。
「よろしく、レイシア」
「ダット。小人族の盗賊だ」
「よろしく、ダット」
《どもどもー、こんにちは、はじめまして。ボクの名前は風の精霊ラルバと地精霊グレオシスの祝福を受けし小道の小石、メテで良いよ。
一応エルフの王族だけど王の庶子で地位も権限もなければ国が滅びて亡霊になっちゃったからたいしたことはできなくて、見物とお喋りと魔術くらいしかできないけどよろしく》
明るく言うメテに、ダニエルは困惑した表情になった。
「……意思疎通ができる亡霊にもエルフの王族にも初めて会うので、何かあれば言ってくれ」
今までダニエルはアンデッドを全て討伐または殲滅してきたんだろうなとアランは思った。
誤字修正しました。
魔力が電力になってたのを見つけた時は吹きました。なんで気付かないんだ、と。
読み上げソフト使っても違和感覚えなかったら意味ないよね。
旦那が新車買ったので使い方をレクチャーおよびダメ出しされました。
便利だけどマニュアル読ませてくれってなりました。
身体で覚えるよりマニュアル丸暗記した方が覚えられるのですが、旦那は思考回路が昭和な体育会系なので、この世の大半のことは気合いと筋肉があれば解決できると思ってそう(偏見)です。




