第二十二話−意外な事実−
そいつは、僕を殺したリトル・ビニーだった。
目が慣れると、外は思ったよりも薄暗かったことに気づいた。 天井が高く、石灰のような壁が張り巡らされている。 僕の身長よりも1mほど高いところでランプに灯された火が輝いていた。 そして、となりには、もうひとつの棺桶……。 これは、何に使うんだろう?
それにしても、何がなんだかさっぱりわからない。 それよりも一体、ここはどこ?
「喜べ。 お前は魔術師として再生したのだぞ。 新しい世界の住人として、目覚めたではないか」
「え、ちょっとまってよ。 僕は殺された……。 そうでしょう?」
すると、リトルは眉間に指先を当て、深い溜息をついた。
「殺されていたら、今更、私なんかと会ってないだろうが」
冗談じみた様子でリトルがそういった後、真剣な面持ちになった。
「……あのだな、これは一般人が魔術師になるために行う儀式、"参入儀礼"だ。」
「イニシエーション?」
リトルはふうむと、静かにうなづいた。
「この儀式には、本物の感情が必要でな。 新しい世界に入るものは、皆、それに対する恐れと不安を乗り越え、古い世界での死を体験し、新しい世界で目覚め、祝福を受ける。
成人や看護士とて同じ事。 様は形だけでは魔術師になれないってことだ。 本当の魔術師には心の準備も必要なのだよ」
「へえ、それで僕を拘束・連行・殺害ってワケか」
僕は彼のことを罵ったつもりだったが、彼はあくまで真っ当な答えを返してきた。
「そうだ。 怖い思いをさせたことには頭を下げる。 しかし、最後の祝福が抜けているな」
「冗談もいい加減にしてよ! 僕はいつだって、あんたを警察に突き出せるんだからね?!」
ここまで極限状態に陥れられてそんなタネ明かしをされたら、誰だって頭にくる。 魔術師になった証拠なんてどこにも無いし、むしろ魔術師がどんなものなのかさえ、わからない。
僕は彼をにらみつけた。
しかし、またもやリトルは深く溜息をつくばかりだった。
「まったく。 それにしても、お前は本当に何もわかっていないようだな。 それでもオカルト好きか? と言いたいところだが……まあ、初心者なら仕方がない。 大目に見るとしよう」
「そんなことよりも、アンタは一体誰なんだよ? この、となりにある棺桶は? まさか、ここはお墓じゃあるまい」
どうして僕がオカルト好きだってことを知られているんだ?
僕は我慢しきれず、疑問に思っていたことを彼に吹っかけた。
「そうだな。 まるでお墓のようだが、お墓ではない。 たぶん、そこにある棺桶は、二人同時でも、イニシエーションができるように、誰かが用意して、そのまま放ったらかしたものだろう。」
なるほど、そういうことだったのか。
「そして、私についてだが……それが一番気になっているようだな。 フフ、では、そろそろ私の正体を明かすとしよう」
僕は心のそこから込みあがってくるもどかしさを抑えながら、彼の言葉を待った。 僕が単に期待しすぎているのか、彼の子供を喜ばせる才能が皆無なのかわからないが、彼はあくまで冷静な様子だった。
興味津々に彼の顔を見ていると、時々目が合う。
しかし、彼は僕とは目をあわせようとせず、何か別のことに思いふけっているようだった。
そして、しばらくリトルが考えにふけった後、僕の顔を見ながら深刻そうな面持ちで口を開いた。
「レンディ、落ち着いてよく聞いてくれ。 私は、30年後の未来から来た、最後の魔術師だ」
「え?」
僕は彼の言ったことが信じられなかった。
彼の言葉を信じようったってどこをどう信じれば良い?
「……待ってよ。 そんなのSFでしかありえないって! そもそも魔術師って一体何のことだよ」
「お前が信じられないのも無理は無いが……まったく、これだからこの時代のガキは」
そう言って、彼は、仮面の上からあごをさすった。
「光学技術や物理学が進歩すれば、タイムマシンなんてなんのその。 いや、今現在の段階でだって、作れるかもしれない。 なぜなら、お前等が生まれる前からそれはあったのだからな。 なんなら、お前の成績を全て言い当ててやることだってできるんだぞ?」
マスクの下から覗く目がやたらと輝いて見える。 なんのことを言っているのか、さっぱりだ。 そのとき、目の錯覚なのか、彼の左目が青い色をしているように見えた。 右は、茶色である。
「わかったよ、うん、わかった。 でも、僕の成績をいう事だけはやめてよ」
彼が理解不能なことを言っているが、ここでも全部の成績を言い当てられたりでもすれば、これを読んでいる皆さんに僕の頭の悪さ加減がわかってしまうので伏せておこう。
これはあくまで個人情報だ。
そんなことされて、恥ずかしいにも程があるじゃないか。
「ところでレンディ。 タオルは必要かね?」
不意に彼が言った一言が、僕には理解できなかった。
しかし、今まで起こったことを思い出してみれば、その理由がわかった。
「うん、いる」
僕は、あの時、首を切られてなんていなかったんだ。
その代わりに、ナイフを引き抜かれたとき、体温と同じくらいの温度の水をかけられた。
僕はそれを、首を切られて血が流れ出たのだと思い込み、脳が勘違いして貧血を起こして気を失った。
その証拠に、ひんやりとまとわりつく濡れたシャツが気持ち悪い。 棺桶を開けた瞬間に寒気がしたのは、そのせいだ。 でも、よかった。 本当に生きている!
「それと……ひとつ言っておくが、私のことは一切秘密にしておいてくれ」
「何でまた?」
リトルは少し、落ち着かない様子である。
「外部に私の正体がバレたら、大変なことになる。 レンディ。 信じがたい話しだが、私を守れるのはお前しかいない」
よく意味がわからなかった。
僕が、もしもバラしたら? ということを聞くと、彼は「まだ私の素性を話していないから、現段階ではなんともいえないが、万が一のときに、私と二度とあえなくなるからやめておけ」と言っていた。 別に、彼とはあえなくなったって、僕はどうってことない。
けど、彼は本気のようだったから、僕は仕方なく、それに従うことにした。
僕達は暗い石灰の壁で覆われた神殿のような場所を出ると、しばらく暗くて狭い道を歩いた。 途中でパイプのようなものに僕は足を引っかけてころんだ。
「おっと、気をつけろよ?」
「わかってる。 暗くて足元がよくわからなかったんだ」
そう。時々、段差があったり、草が生えていたりして、誰もとおらないような場所だということを仄めかしている通り道だった。
そんな場所をしばらく歩いた後、人がひとり、やっと通れるくらいの小さな鉄製の扉に出くわした。
「ちょっとまて、今あけてやろう」
そういうと、リトルはしばらくその扉を手探りした後、魔法の使って扉を開けるのかと思いきや、なんと力ずくでその扉に体当たりをした。
僕はその光景を唖然と見ている中、リトルは時々「これだから古いものは困る」などとぼやきながら扉に手を当て、開くかどうかを確かめていた。
「ねえ、リトル……魔法は使わないの? 魔術師なんでしょ?」
「馬鹿だな。 魔術師が魔法を使って扉を開けるわけないだろ。 そんな無駄なことはしないぞ」
僕の知っている魔術師はなんだってできるヒーローだ。
例えば、魔法使いのキリマン・ジェーロは、僕の同い年くらいの少年だが、超人的な力を持っていて、空を飛ぶことができるし、手を触れずにモノを移動させられる。 格好いいサンダークラッシュを繰り出すときなんて最高っ!
でも、このリトルはそんな魔法使いとはかけ離れている。 魔術師と魔法使いは違うのだろうか?
いや、彼を魔術師なんて表現するより、ただの詐欺師と表現したほうが妥当なんじゃ……
「ようし、あくぞ。 レンディ、ついて来い」
リトルは力みながら鉄の扉を押して、あけた。
外は明るいものなのかと思ったら、そうではなかった。 今まで通ってきた暗闇と対して変わらない明るさだ。 扉の中に入ると、細長い棒に当たったり、ゴムの匂いがした。
扉を開けて、50センチほど進んだところにまた扉ある。
その扉は、リトルが簡単に手で開けていた。
そして、僕はリトルに連れられて外に出たとき、初めてわかった。
ここが、僕の通っている学校だったということに……