終・スリフトの依頼③
その笑みは肯定を意味していることは直ぐにわかった。
やはり目の前にいるこいつは間違いなく魔王であり、俺達の旅の目的であって倒すべき標的なのである、が――。
「……何が目的だ」
対峙する相手が目的であって標的だとしても今はそれを達成すべきポイントではない。俺は言葉を理解する魔王に舌戦を仕掛けてみることにした。
単純な膂力だけでは敵わないまでも口でならなんとかなるかもしれない、そんな甘い考えが過ったのだ。
「目的……ダト?」
俺は静に頷く。
「フン、貴様ハ日々己ガ為スコトニワザワザ目的ヲ求メルカ?」
「何だって……?」
「ワカランカ? 貴様等虫ケラを殺スノニ理由ナンゾイランノダ」
つまり――俺が道を歩いてて蟻をふんずけたが、そこで特段何とも思わないことと同じレベルだということなのか?
まさかこんな台詞を面と向かって言われる日が来るとは思ってもいなかった。いなかったし何となく腹が立ってきた。
いや、何となくどころじゃない。無性に腹が立ってきた。何でこんな奴にそんなことを言われなきゃならんのだ、と。
「随分な言い種じゃねぇか。あぁ? 俺達が虫けらだってのかゴラッ!」
久しぶりのガン飛ばし。最後に飛ばしたのは高校時代だったか――いやいや、今はそんなことを話している場合でなく、こうなると相手が魔王だということはもう俺の頭の中には無かった。
「せ、先生?」
視界の端に怯えるアベルの顔が映った。初めて見る顔に驚いているのかもしれない。
「ん?」
「いや、あの……」
「アベル」
「は、はい!」
「男の子は負けるかもしれない時でも戦わなきゃならないって時が有るんだよ」
「え?」
「……三人で逃げるんだ」
「――え?」
「フィリアとエルリックを連れて逃げるんだ」
俺は視線を魔王に向けたまま言った。しかし、返ってきた言葉は予想に反するものだった。
「え、あ、い……いやです!」
「何?」
思わずアベルを見てしまった。
「ぼ、僕も一緒に戦う!」
剣を握り締めながらアベルは強い口調で言った。何時に無く力強い眼差し――俺は言葉が詰まってしまった。しかもアベルを援護する様にフィリアとエルリックがアベルに寄り添った。
「――ダメだ」
「いやです!」
「なぁアベル」
「人の命を助けることは先生の言う事を守るより凄いこと!」
「あ……」
一瞬ミルメースへ向かう道中がフラッシュバックした。アベルが俺を守ろうとモンスターに立ち向かったあの光景が。
もしかしたらアベルはまたあの様なことが起こることを懸念しているのかもしれない。しかしだとしたら俺には何も言えない。人の命を助けることの尊さを教えたのは他でもない俺自身なのだから。
「先生!」
「……わかった。その代わり無理はするなよ?」
「はい!」
アベルは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「茶番ハ終ワッタカ?」
俺達の会話を聞いていた魔王がめんどくさそうに話を割って入ってきた。
「ああ。待たせて悪かったな」
「フン、遅カレ早カレ貴様等ハ我二殺サレル運命ニアルノダ。大差無イ」
「随分と優しいんだな。魔王のくせに」
「無駄口ハソレグライニシテモラオウカ。貴様等ヲ早ク殺シタクテウズウズシテイルンダ」
「そう簡単には殺されねーよ!!」
俺は、そして子供達は各々の武器を手に臨戦体勢に入る。
「フフフフ――我ガ名ハ『ベルガザール』。人ヲ狩リ、食ラウ者……脆弱ナル虫ケラ共、セイゼイ楽シマセテクレヨッ!」
ベルガザールは両翼を羽ばたかせ、赤い瞳を怪しく煌めかせた。