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続・スリフトの依頼⑧

 

 俺は再び体を反転させ馬車に歩み寄った。

 横転した馬車の入り口は天を仰いでおり、俺は車輪を使って馬車によじ登った。そして馬車の上に立ち視線を落とす。

 入り口のドアのガラスは割れ、中の様子が丸見えだ。中には俺と同じ、所謂人間族の初老の紳士とその妻とおぼしき女性が横たわっており、割れたガラスから雨が侵入しているせいで二人共ずぶ濡れだった。

 しかし二人は外の甲冑を纏った人達――おそらくこの二人の護衛だったのかもしれない――とは違って全身ほぼ無傷だった。ただ横転した時に出来た傷だろうか、女性は頭から大量の血を流しており、一目で手遅れであることがわかる。

 俺は特に目立った外傷の無い紳士に向けて声を掛けてみた。

「大丈夫ですか!」

「…………………ぅ」

「ッ!!」

 生きてる!

 俺は昂る興奮を抑え一気に馬車のドアを開いた。そして二人の間に飛び降り再び紳士に声を掛ける。

「大丈夫ですか! 聞こえますか!」

「……ぅ…………うぅ」

「しっかりして下さい! 今助けます!」

 俺はとりあえず回復魔法を紳士に使った。しかし全くと言っていいほど状態は改善されない。何故だ――目立った外傷は無いのに。

 だが、だからと言って折角生きている人がいるのに何もしない訳にはいかない。俺は二度三度と回復魔法を使った。

 すると僅かではあるが紳士の意識が戻ったようだった。

「――う、うぅ。ここ……は……?」

「気がつきましたか!?」

「き、君は……」

「私は通りすがりの者です。それより何があったんですか?」

「何と、は――ッ!」

 紳士は俺の質問に何かを思い出したのか、ハッと目を見開くと口を戦慄かせ力一杯俺の腕を握り締めてきた。

「ど、どうされました?」

「逃げ……、奴が、く……早く」

「逃げるって――それより奴って誰ですか!」

「来、る。黒……い――」

 言って紳士は俺の腕を握り締めたまま苦悶に満ちた顔を耳元に寄せてきた。そして最後に一言、振り絞る様に呟いて事切れたのだった。

 ずるりと俺の両腕から紳士の体が落ちる。が、俺はそれを引き止めることが出来なかった。

 今は動かなくなってしまった紳士を前にアレだが、これは助けきれなかったから――などという聖人の様なショックを受けてのことではない。

 全ては彼の最後の一言――聞き間違えでなければそれは間違い無く俺の知っている言葉、だった。

 否、それは知っているとかいう次元のモノでなく全ての根本――俺がこの世界に来ることになった理由であり、あの子達と出会う理由となったモノ。

 そう、紳士が最後に残した言葉……それは――。


『魔王』


 だった。

 来る、黒い魔王。最後のセリフを繋げるとこうなる。つまりはこの凄惨な光景を生んだのも黒い魔王の仕業なのだろうということは想像するに難くなかった。

 しかし何故こんなことになってしまったのか。どうも話が突然過ぎて頭が付いてこれていないらしい。俺はしばらく馬車の中、雨に打たれながら魔王という言葉とこの現状を整理することにした。

 どれだけの時間が過ぎただろう。五分か十分か――時間の流れが判然としないが、気付けば先程まで聞こえてきていた金属音も今は無く、降り頻る雨音だけが辺りを支配していた。

 結局あの音が何だったのかはわからず仕舞い。しかも考えども考えども魔王と現状の整理も終わらず仕舞い。何とも中途半端になってしまった。が、こうなっては此処に居る理由はもうない。俺は一つ深い溜め息をつくとゆっくり腰を上げた。

 と、その時――。

 突然ドシャッという何かが落ちる音が馬車の外から聞こえてきた。

 何だ? 体が一瞬のうちに硬直する。

 するとやや間があった後にジャリッジャリッと誰かが外で歩いている音が聞こえてきた。馬車の壁越しに――より正確に言えば床越しにだが、全神経を集中させる。

 こんな場所に誰が――これで一般人だったら相当胆の座っている豪傑に違いないが、今に限ってはその可能性は低いだろう。

 音は一人分。右へ左へと移動しながら時折何かを蹴る様な音をさせつつ、徐々に此方へ向かってきていた。

 その足音の主として今一番しっくりくるのはやはり奴――脳裏に『魔王』という言葉が浮かぶ。

 足音が近付くにつれ心臓の鼓動が早くなるのを感じる。額に汗が噴き出しているのがわかった。呼吸は震え、視界がグラつく。

 ヤバい。どうしよう……。

 そしてとうとうその音は馬車の目の前で止まった。魔王かもしれない何者かが僅か数枚の板を挟んで直ぐ目の前にいるかもしれない。あの光景を生んだ張本人が直ぐそこに……。

 というかこの禍々しいオーラというか殺気というか、一般人には到底醸し出せない様な雰囲気が辺り一帯を支配している。もうほぼ魔王で確定だろう。

 だとするならどう考えてもこんな雰囲気を醸し出せる相手に今勝ち目は無い。当初は魔王なんて言ってもモンスターに毛が生えた程度で、あの子達のためにも俺が倒してやる――ぐらいの気概を持っていたのだが、そんな感情たった今根こそぎ持っていかれて尚且ポッキリ折られてしまった。

 情けないが今はただ助かることを第一に、息を潜めて嵐が過ぎ去るのをじっと待つことにした。

 立ったまま微動だにしない。下手に音を出してはいけないのだ。今ここにいるのは全て死体であり、生きている者など一人もいないのだから。

 だから今日はもう帰りましょう。魔王さん。今ここに貴方の相手をする奴はいませんから、ね?

 と、必死に訴えかける。インマイハート。

 しかしそんな言葉にならない訴えなど届くはずもなく――。

「グォォォォォオオオオッ!!」

 と、人ならぬ者の咆哮が聞こえてくると地面が少しずつ離れて行く。つまりは馬車がゆっくりと上昇し始めたのだ。

 え、上昇? 何でまた――ってまさか……馬車を持ち上げてるのか!?

 仮にそうだとするとこの後起こり得る事態としては二パターン。持ち上げられた後思いっきり地面に叩きつけられるか、何処か遠くへ飛ばされるか、のどちらかだ。

 俺として両方御免被るが、強いて言えば――。

「グォォォォォオオオオッ!!」

 二度目の咆哮で俺の乗る馬車は勢い良く飛ばされた。

 馬車は回転しながら宙を舞い、勿論中の俺と紳士夫婦は揉みくちゃになりつつ宙を舞っていたわけだが、最後――山道の脇にある林に突っ込むと何本もの木々を薙ぎ倒した後馬車はバラバラになって着地した。

「イテテテテ……」

 全身を酷く強打したようだ。しかし地面に叩きつけられるよりはマシだ。

 俺は回復魔法を使いゆっくりと立ち上がった。そして周囲に注意を巡らす。うん、どうやら魔王はいないようだ。

 しかしまぁすげぇ奴がいたもんだ。馬車の投げられて来たルートがはっきりとできている。あの魔王――とんだ馬鹿力を持っていやがる。

 って感心している場合じゃない。運良く魔王から離れることが出来たわけだし、いつまたここに魔王が来るかわからない。早くこの場を離れるのが得策だろう。

 俺は大きく迂回して子供達のもとへ帰ることにした。

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