続・スリフトの依頼⑥
下山は登山に比べてやはり楽だ。もちろん途中モンスターと遭遇することはあっても、である。
早朝に出発し滝壺に到着したのが昼だったが、帰りはその半分の時間であの舗装された道に出ることができた。
「到着ぅ~」
下山と同時に深い溜め息をつく。何事も無く下山出来たことの安堵からだろうか。そしてふと後ろに付いてきていた子供達に振り返った。
「へへへ~」
三人が三人共イヤらしい笑みを浮かべて笑っている。それを見て俺は思わず「げっ」と言ってしまった。子供達のその笑みの理由がわかったからだ。いや、わかったと言うより直感したと言った方が適切かもしれない。
そう、一言で言うと子供達は全身泥だらけだったのだが、一応俺にも子供時代が有ったわけだし、そういう非日常的な事が無駄に楽しい事は重々承知である。
にしても、だ。何故そんなことに――何をどうしたらそこまで泥だらけになれるのだろうか……確かに道はぬかるんでいたけれども。
「ハァ…何で、ちょ、お前らなぁ~」
「先生だっこして~」
「しません。ったくもうそこまで汚したら洗濯しても落ちないんだぞー」
両手を広げるフィリアを制しつつ三人を一瞥する。ホント、全身見事に真っ黒だ。ハァ――ともう一つ溜め息をついた。子を持つ親の気持ちが爪の垢ぐらいはわかった気がする。
とは言え未だ独身貴族の俺としては少々荷が重いことは否めない。するとそんな俺を天は見捨てていなかったようで、空を覆っていたあの厚く暗い雲から、溜めに溜めた雨が最初の一滴を皮切りに一斉に降りだしたのだ。
これぞ天恵。俺はここぞとばかりに三人を雨の中へ連れ出し、降り頻る雨をシャワー代わりに全身を洗い流す。十分と掛からず汚れを落とすと息つく間も無く近くの木陰で雨宿りさせてもらった。
俺達は濡れ鼠よろしく肩を寄せあい暖を取った――のだが暑くなったのですぐやめた。今は冬ではないのだ。
それからはジットリと肌にまとわり付く服に不快感を剥き出しにしつつ雨が止むのを待った。しかし雨は収まる気配を見せず、寧ろ酷くなる一方だった。
「雨、止まないね~」
退屈そうにフィリアが呟く。そして彼女を挟むようにして座る小さな紳士達が頷いた。
「もぉしばらくしたら止むさ。それまでは休んでよう」
三人は「はーい」と答えクラッススの滝を思わせる雨を静かに眺めていた。
フゥ……どうやら朝から動きっぱなしでさすがに疲れたようだ。体がダルいし頭も心なしボーッとしてしまう。しかも服の不快感にも慣れてしまったせいか、何だか急に眠気が――っていかんいかん、寝てはダメだ。雰囲気的に。俺は三人の先生であって引率者なのだ。
だから寝てはいけ――。
「グー……」
恐るべし睡魔。俺はいつの間にか夢の世界へと旅立っていた。
「……い、先……!」
ダメですって、さすがにこんなとこじゃ……。
「……生!」
さ、才崎さん、そ、そんな――。
「先生ッ!」
「ぅぉあッ」
「目ぇ覚まして先生!」
あれ……目を覚ますにつれて何だか無性にもったいない感じがするのは何故だろう。そう言えば夢に才崎さんが出てきた気がするけど――まぁ何にせよ今晩続きが見られることを祈ろう。
「くぁ……ごめん、ちょっと眠っちゃったみたいだね。ってかまだ雨止んでないのか」
「そんなことより先生!」
フィリアが俺の顔にグイッと自らの顔を近付ける。
「ん? どした?」
「エルがまた何か聞こえたって!」
エルリックが?
「本当かい? 今度は何が聞こえたんだ?」
するとエルリックは首を捻りながら俺の問いに答えた。
「助けてぇ~って」
「――何だって?」