スリフトの依頼③
スリフト家を出た後は宿へ向かった。そして帰りの道すがら今回の依頼について考えた。
とりあえず往復で最低でも一日。雪幻草の採集まで考慮したら全工程で二日――いや、下手すれば三日はかかるかもしれない。しかもモンスターも強いらしいし。一応テントと簡易結界の一つや二つは買っておいたほうが良いかもしれない――と、そうこうしている内に宿に到着してしまっていた。
「ただいま~」
「ん? お帰り。早かったね」
「うん。三人は?」
「部屋で本読んでるよ」
俺は軽く頷くと子供部屋を覗いた。三人はそれぞれ自分のベッドに潜り込んだまま本を読んでいた。
「ただいま~」
「あ、先生!」
フィリアがベッドから飛び跳ねるように俺の胸にダイブしてきた。俺はそれを受け止めアベルとエルリックにリビングへ来るよう言った。
リビングに戻ると一先ずテーブルに着く。子供達は俺の真向かいに座り此方を見ていた。俺の言葉を待っているようだ。俺は一つ咳払いをすると口を開いた。
「えー明日の朝、ご飯を食べた後久しぶりに旅に出ます」
「旅!?」
一番大きな声で驚いたのはアベルだった。そう言えばまた旅に出たいと言っていた気がする。しかしエルリックもフィリアも嫌がっているわけではないようで、アベルの隣でやんややんや言っている。
「随分と急な話ね」
キッチンからルカが紅茶を持ってきた。さっき飲んだばかりとは言えるはずがない。
「うん。実は――」
俺は依頼の経緯をルカに説明した。
「なるほどね~スリフトさんか。でも大丈夫なの?」
「まぁその辺は行ってみないと何とも言えんね。でも大丈夫でしょ。だってあの地獄のトレーニングを乗り越えたんだもの」
俺は才崎さんと過ごしたあの薔薇色の一週間を思い出しながら言った。何故だか吐き気と寒気が甦ってきた。
「ああ~、確かに」
どうやら彼女も納得したようだった。その目は遠くを見つめている。
「ま、無茶だけはしないようにするさ」
言ってルカの紅茶を一口啜った。飲み慣れた味――これはこれで落ち着くものだ。
翌日、早朝――。
「本当に私行かなくていいの?」
玄関で俺と子供達を見送るルカが心配そうにしていた。今回はルカに留守番を頼んだのだ。特に理由は無いが、強いて言えばたまにはちゃんと自炊をしてみよう――ぐらいである。
「大丈夫だって。長くて三日ぐらいだし」
しかしルカはなかなか納得しない。ここに来て母性に目覚めてしまったようだ。子供達が心配で仕方がないと顔に書いてある。子供達はそんなことを知らずに新たな冒険に気持ちを昂らせていた。
しばしの熟考の後、ルカはようやく首を立てに振った。
「ハァ……わかったわ。けど、本当に無茶だけはしないようにね。それと、ご飯には毎食ちゃんと野菜を入れてあげて。じゃないとみんな――」
「わーってる! 大丈夫! 心配すんな。な?」
「う、うん……」
そう言いながらも心配そうな瞳は三人の能天気な子供達に向けられている。それを見て「過保護かッ!」とツッコミたくなった。が、そこは一応堪えておく。
「んじゃ行ってくるから」
「…………」
「ほら、アベル達も行ってきますって」
「ルカお姉ちゃん行ってきます!」
三人は元気一杯口を揃えて言う。こうなるとルカは何も言えなかった。ハァと一つ溜め息をつくと本当にしぶしぶながら――。
「行ってらっしゃい」
と一言添えた。
斯くして俺達はルカに見送られつつ二度目の旅に出たのだった。