続・みんなでお仕事⑩
今度は流石にダメだった。先程とは違って打ち所が悪かったらしい。腕に力が入らず、回復魔法が使えなかった。
「先生!」
近くでアベルの声が聞こえる。俺は視線だけを動かし姿を探した。すると案外近かったことに気付いた。こんな近くにいたのにわからなかったとは……いよいよ終わりなのだろうか。
「先生! 先生!」
アベルの悲痛な叫びが耳に届く。見れば顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。慰められないのが何とももどかしい。でも、できることなら逃げてもらいたかった。モンスターは止めを刺そうと息巻いているに違いない。しかし声も出ない現状ではどうしようもない。
「……げ……ろ」
精一杯声を振り絞ってこれだけとは情けない。だが俺の意思は伝わってくれたようだった。アベルは服の袖で涙を拭い俺を見た。
それでいい――心の中で頷く。が、アベルの取った行動は意外だった。俺を見つめながら立ち上がることをせず、自らの懐に手を突っ込んだのだ。
何をしているのだ、と声にならない問いを投げ掛ける。するとアベルは懐から小さな小瓶を取り出したのだった。その見覚えのある形――。
「…………ッ!」
傷薬だった。ラビリアのよろず屋で買ったあれだ。子供達に持たせたきりその存在をすっかり忘れていた。
アベルは蓋を開けると俺の口に薬を流し込む。俺はなけなしの力でそれを飲んだ。この世界でいう一般的な傷薬は以前ルカが俺にくれたものと同じで魔力が込められており、飲物として直接体内に取り込むことで傷を癒すことができるのだ。
ゴクリと最後の一滴を飲み干した。力が戻ってくるのがわかる。全快とまではいかないまでも十分だ。
「ふぅ……助かったよ。アベル」
そう言うとアベルは嬉しそうにはにかんだ。俺はアベルの頭を撫でるとモンスターに目を移す。モンスターは此方をじっと見つめながら地を掻いていた。
「アベル、一緒に戦ってくれるか?」
「……は、はいッ!」
「うん、いい返事だ。じゃあいいか――」
俺はアベルに耳打ちをする。アベルも理解してくれたようで頷いてくれた。
今回の作戦は一人では難しい。本来ならアベルでなくルカに任せたいところだが仕方ない。俺とアベルが生きるためにも、魔法を跳ね返す毛皮を持った敵を倒すためにも、これしかない――俺は確信する。
俺達の作戦会議が終わるのを待ってくれていたのだろうか。モンスターは俺とアベルが話終えるのと同時に突進してきた。
「飛べッ!」
言って俺とアベルはモンスターを中心に左右に飛んだ。結果、挟み込むような形になる。モンスターはというとアベルに見向きもせず俺を見ていた。
これではいけない。しかしこの状況を打破するためにアベルが必要だった。
「アベル!」
「はい!」
アベルは返事と共に、自分の頭ほどはあろうかという大きな石を持ち上げた。そしてそれをモンスターに向かって投げる。もちろんダメージなんかは期待しない。ただ俺から気が逸れればそれでいい。その時が決着の時、なはず。
大きな石はゆっくりながらも弧を描いてモンスターの後ろ足にぶつかった。
「……ブォッ」
モンスターはまるで「邪魔するな」と言わんばかりに鼻息を強め、視線をアベルに向けた。
来た――絶好の機会だ。俺は掌に魔方陣を描きつつ走り出した。
「我虚空の主に願わん。汝の閃く一撃をして邪なる者を討ち滅ぼせ――」
詠唱を終えると同時にモンスターの右手――つまり俺から見て左側に回り込んだ。あと少し――そう思うと鼓動がうるさくなった。
モンスターは視線を正面に戻していたが、その時には既に俺の姿が視界の端に映るくらいだったろう。明らかに反応が遅れていた。
俺は魔方陣を描いた掌を伸ばす。そして――アベルが突き立てた剣を握った。
「――雷撃ッ!!」
魔方陣がパチンと音を立てる。刹那――眩い光が魔方陣から放たれ、それと共に雷鳴が轟いた。魔方陣から生じた雷はアベルの剣を伝いモンスターの体内に直接流れ込む。
「ブギャーーーーーッ!」
モンスターの叫びが辺りに響き渡った。
しばらくすると叫び声も止み、モンスターは巨体を揺らしながらその場に倒れた。そして体はゆっくりと砂と化していく。
「……ハァ」
勝った。安堵の溜め息と共に疲れが込み上げてくるのを感じた。