いざ現実逃避へ②
「少しは落ち着いた~? ってか才崎さん強いでしょ。あの外見からは反則的な強さだよね」
塾長は何事も無かったかの様にニコニコしながらベラベラ喋っている。俺はというと相変わらずというか才崎さんの鎖鎌がグルグルと巻き付いて身動きが取れないでいる。
「まぁキミもさ、頭っから拒否るんじゃなくて話ぐらい聞いてみてよ。それがダメなら選んだバイトが悪かったって諦めてもらうしかないけど」
確かに。しかしいきなり魔王だなんて言われて「はい、そうですか」なんて言えるわけがない。が、身動きが取れないこの状況で冷静になってみれば、魔法やら魔王なんてゲームをしたことがある人間であれば間違いなく出会うであろう要素であり、さして珍しい話ではない。
「お話を聞かせて下さい」
何事にも臨機応変に対応出来るのも俺の数少ない特技の一つである。
「そうこなくては」
塾長は嬉しそうに笑うと才崎さんにお茶を淹れるよう頼んだ。その際俺を解放してくれるよう頼んでくれた。
「さて、少し長くなるが大丈夫かな」
「はい」
「よろしい。まずうちの塾の目的を今一度言おう。それは魔王の倒し方を教えることだ」
聞くのは二度目だがやはりおかしな目的である。
「そしてそれを教える相手はそこらへんにいる小中学生ではない!」
そこは何故だか納得出来る。
「俺達が授業するのは別世界の子供達なんだ! まぁだから小中学生対象ってのもその子達がこっちだとそんくらいの歳だからってことなんだよね」
おっと……今さらっと変な事を言わなかっただろうか?
「で、最終的にはその子達と一緒に魔王を倒しちゃいます! ちなみに言っておくけど魔王って言ってもゲームみたいに一人しかいないとかないから。向こうじゃ名乗ったら魔王みたいな空気になってるから」
ふむ、非現実的な話であるがざっくりまとめてみよう。
「つまり、その~、別世界の子供達に剣術やら魔法やらを教えて最終的には一緒に魔王倒して帰ってくる、と」
「そうそうそうそう! 完璧に理解してるじゃん!」
「ま、そう言う事でしたら……頑張って下さい」
「いや、ちょっと待った。わかってくれたんじゃないの?」
「わかりましたよ。だからこそ僕みたいな凡人には無縁の世界だと言ってるんです」
「はぁ……最初に言ったけどキミには素質がある。しかも非凡なレベルのね」
少し嬉しくなったがあくまで姿勢は崩さない。
「そんな言葉信じられませんし、正直興味がありません」
「成る程興味か……キミ、魔法使えるようになりたくない?」
まさかの一言だった。長年ゲームをやり続けてきた俺にとって魔法を使うというのはこの歳になっても少々心を擽られる一言だ。
「俺の見たところキミは賢者レベルの魔法の使い手となる資質があると思うんだが……」
これに関しては若干の皮肉も受け取れるが、やはり賢者と言われると心は大きくぐらつく。
「な、何でそんなことが言えるんですか?」
「論より証拠、これを見て」
言って塾長は引き出しから新たな紙を一枚取り出し俺の目の前においた。そこにはゲームに出てきそうな魔方陣と何やら呪文の様なものが書いてある。
「読んでみ」
「読んでみって無理で……」
「いいから」
珍しく強めに来る塾長。俺は視線を紙に落とし、魔方陣に目をやった。
「……あれ?」
読める。さっきはミミズが這った様にしか見えなかった部分が日本語を読むレベルで読める。正直この感覚は気持ち悪かった。まるで自分以外の誰かが身体の中に入っているようなそんな気分だ。
「どう? 読めた?」
俺は黙って頷き返す。
「やっぱりねぇ。ってかこれ上級魔法の陣なんだけど初めてで読めるなんてやはりただ者ではないのかもね」
「は、はぁ」
「でね、いきなりなんだけどキミ採用ってことでこれから早速訓練に向かってもらいます。本当はそんな時間も無いんだけどド素人を送るわけにもいかないからね」
「え? え? え?」
「んじゃ行ってらっしゃ~い」
次の瞬間俺の視界が一気に暗くなった。それが落ちたからだと気付くのに数瞬の時間を使った。そして気付いてから上を見上げると遥か上に小さく塾長の笑顔が見えたのだった。