高校という生活任意空間
「真郷大好き。今日も好きすぎて死にそぅ」
そう話す姿はまっすぐ前を向き、無表情である。歩く足は、学校へと向かっていた。
心の中は言うまでもなく、肩から外側にハネた髪の先が、ふわふわと揺らぎ、その思いを現していた。そして、こちらも。
「愛りん。おれもお前にメロメロメロン〜」
と、その言葉に全く動じる様子のない彼女に向かって、朝から人目も気にせず、頬にキスした。
無表情の中にも、耳が赤くなる程度に照れている愛梨に、更に真郷の心はどきん!と奪われていた。
2人はそんな感じで、じゃれまくっていた。
その姿を後ろで眺めなら、福太郎とマキも、学校へと向かって歩いていた。
「お前たち、恥ずかしくねぇの?」
福太郎は毎度毎度と呆れていたので、2人にそう尋ねてしまったが、
「「恥ずかしくない!!」」
と間髪入れずに返事を返された。
自分のリズムを極力乱さない愛梨は、口は開けど、行動は変わらず真っ直ぐ前を向き、無表情でスタスタと歩いている。
「福太郎くん。君、僕達がラブラブで羨ましいからって、妬まないでいただきたいねぇ。」
真郷は横から、福太郎の首に腕をまわし覆い被さった。
「ウザイ。暑いよー。」
そんなやりとりをしていたからか、隣にいたマキがいないことに、福太郎は遅いが気がついた。
福太郎は辺りを見回したが、いない。
気にしなくとも大丈夫。と、普通なら思うところだが、福太郎は嫌な予感がして、気が気じゃなかった。
かえってキョロキョロして、変な動きをしていた。
そんな福太郎をみて、
「ダァー丈夫だって。」
と真郷が声をかけた。
「あっ…あのぉ。神末君、柏木さんなら、あそこに…」
同級生らしき女子2人が、恥ずかしそうに福太郎に声をかけてきてくれた。
指さす方向を見れば、微かに姿が見える。
福太郎の目は確実にロックオンした!
「ありがとう!!」
お礼を言うと、彼女たちは更に恥ずかしそうな、そぶりをしながらも喜んでいた。そんな彼女達を背に、福太郎はまるでワープでもするかのように、瞬時にマキの元に向かっていた。
恥ずかしそうにマキの前に立つ男子。
それを見て、あきらかに告白だろうとおもった福太郎は、空気を読むこともなく、自らの思いのまま、マキの名を呼んだ。
「マキ!!」
するとどうだろう。
「あっ!!福太郎くんっっっ」
福太郎をみるなり、恥ずかしそうに顔を背ける男子。
福太郎と呼ぶその声に、後ろを振り向くマキ。
「な、なんか…違う気が…する」
そう、福太郎は何かに気付き、言葉を発した。
なんとなく気づいた。
空気に戸惑いが隠せなかった。
「マ、マキ。お前、突然いなくなるなよ」
そういう福太郎をじーっとみているマキ。
何か気づいたのか、思ったのか。
福太郎の胸の奥は、高い動悸をおこしていた。
マキは確かに、何かを感じていた。だから、じーっとみていたが、それがなんなのか、本当のところ特に何もわかってなかった。
「ごめんごめん。この子?人?に呼び止められたの。この子、名前も可愛いんだよ。名前言っていいよね?三浦 琥珀ちゃんって言うんだよ。ね、可愛いよね」
ちょこっと頷きながらも、恥ずかしそうに顔を赤らめる琥珀に、どう返事したらいいのか困る福太郎だった。
「とにかく、遅刻するからいくぞ!お前も、同じだろ。いくぞ」
そう言うと、マキの手をとり、歩き始めた。
「いこう!」
そしてマキは、琥珀の手をとった。
連なる変な3人組。
そうして、そんなこんなで無事学校に到着した。
「三浦っていったよな?お前学年は?」
少し驚きながら、恥ずかしそうに小さな声で
「あっ、あっぼっ僕は。じっ実は3年生です」
と恥ずかしそうに応えた。
「えっ、年上だったんですか?まじすみません」
「えっあっ、いいのいいの!気にしないで。(嬉しかったし)またね」と可愛く、頭を横に傾けた。
「…はっ…はい、また」
その福太郎の返しにキュンとした彼は、最後までまで手を振りながら、階段を登って行った。
マキはともかく、福太郎はなんとも心がすっきりしなかったが、軽く頭を下げて、2人は反対側の通路に向かっていった。
2年の教室が並ぶ廊下まで来た。
マキは手前2年5組であり、福太郎は奥の教室2年3組と別々な為、これもまた手を振りそれぞれの教室に分かれた。
マキの席は窓際前から3番目にある。
教室では後方となる手前の入り口から、席に向かう。
同級生といえど、その背筋は真っ直ぐに、落ち着いて歩く姿に、口には出さぬが、目を奪われるものも少なくない。
椅子を引き、席に着くと、もうすぐ必要になる紙を1枚鞄から出し、机に置いた。
鞄はそのまま机に掛けた。
天気が良い。
開いている窓から、街のいろいろな音が気持ちよく、風と共に飛び込んでくる。
机に肘をつき、顔を支えるようにしながら、目をゆっくり瞑って、その始まりまでの時間を、マキは堪能していた。
自分の周りで起きている事に、気付いてなかったなんて事は、わりと良くある。無関心と言われれば、そうなのかもしれないが、目にしたり、耳にすることがなければ、それは知らなかったになってしまう。知らなかったもの。知りたくなかったもの。
そういうものは、ある時突然知る事になることが多い。
「わっ、わりぃ。えっ、あっ、まじか」
ある男子にぶつかった同じクラスの男子が、ぶつかってしまった相手を見て、そう呟いた。
そうかと思えば、すぐさま友達のところへ向かい、
「やべえよ、あいつにあたっちゃったよ。あいつ暗いし汚いし、まじで気持ち悪りぃ」と話した。
気持ちの悪い程にマキの耳に、その会話はすんなり入ってきた。
ぶつかられた彼は、マキの席から二つ後ろの右隣に座っている。
きっと聞こえている。
確かに暗い雰囲気を、彼は持っている。
髪は天パーでボサボサ気味だが、決して汚いわけではない。
それは彼の纏う空気であり、個性だった。
そして、彼は弱々しい感じではないく、芯のある人だと言う事も、マキは知っていた。
周りに我関せず、3年間を貫こうとしている堂々とたる意志も見えていた。
同級生と笑う彼の事も見たことがある。
普通に教室にいるクラスメイトの1人だった。
だから、本当にショッキングだった。
平和なクラスだと思っていた。
普通に平和だと思っていた思いが、マキの中で崩れた。
自分が気にしてどうこうなるものでもないけれど、今、マキは自分がどんな顔をしているのか気になって、後ろを振り向けなかった。
モヤモヤする嫌な感情が消えぬまま、学校での1日が始まった。
1限目は熱い男、武蔵先生の現国。
前回の授業は途中で脱線して、そこから近代文学の話で終わった。
その時は不完全燃焼だったこともあるだろう、先生は今回、文豪を似せた着物で登場した。
皆それを見て「続きだ」「続きだ」そう心で理解して、教科書を閉じた。
「みんなおはよう。ところでこのクラスは、文化祭の準備は順調か?まだ、出し物が決まっていない様なら、先生、ぜひ提案したい事がある。このクラスならできる!先生、そう信じている。どうだ!聞いてみないか」
熱く訴えるその姿勢に、生徒は引いていた。
そして、前回の続きではないことを察した生徒たちは、再び教科書を開いた。
クラス委員の袴田が立ち上がり、
「先生もうすでにクラスの出し物は決定していまして、その準備もすすめています。今更無理です。授業を始めてください」
勇気ある行動だった。
先生は気力を失い、戦闘力が爆下がりし、声は小さなくなり、現国の教科書を開いた。
その一時限目の始まりは難ありだったが、普通に終わった。
先生は学年主任だったため、諸々の件で校長の指導を受けていたことを、マキたちは後で知った。
個人的にはコスプレの先生なんて、勉強共に記憶に残りそうで常に大歓迎だけど…とマキは思っていた。
すこし心が楽になっていた。
外を見れば晴々しく澄んでいる。
教室を向きを変えれば、表情の奥に澱む心が隠れている者達が群がる空間。
心の中は見えない。
肩肘をついて、教室を見渡す光景は、ここだけのものではないのだろうなと、これから向かう大人になった時の風景と重ねていた。
「人間って…なんか、気持ち悪い」
そう、ぼそぼそっといった。
3時限目まで普通に乗り越え、休み時間になった時、教室の前の廊下を歩く男性教諭がいた。
「あっ!桜川先生!」
マキはその教諭の元まで走って行った。
「先生。今日はどうされたんですか??お休みされていたと聞きました」
「おおう、柏木か。先生今日から復帰だ。また、よろしくな」
「はいっ!よろしくお願いします」
マキは無邪気に喜んだ。
桜川 雪彦58歳。定年を間近に迎えた社会科の教諭だ。1ヶ月前から体調不良で、学校を休んでいた。
マキはこの教諭のことが大好き。
抱いてはいけないラブ…に近い、いや、ラブかも、とにかく大好きなのだ。嬉しい心を抱きながら、飛び跳ねるおもいで、教室に戻り席に着いた。
でもそこはまた、現実を思い出させた。
心は二分されていた。
だかマキは、深呼吸し考えた。
今のところは、ラブな思いの方を優先することにした。
高揚した思いを跳ね除けることができないまま、勉強は少しも頭に入る事なく、4時限目は終了した。
お昼の時間になると、奥のクラスから福太郎がやってきた。
「マキ!外で飯食おう。行こうぜ」
福太郎のそう呼ぶ声に、弁当の入る袋を持って教室を出た。




