幼馴染
「戦った!私は戦いました!死を受け入れ精一杯戦った。あなた達は一体何を見ていてんだ!仲間が何千何万と死んだんだ!それをどう思う!どう考える!ただぼーぜんと他人事の様に傍観していただけだったのか!」
戦いの場として造られた建物は、その戦いの激しさを物語るように原型はなく、無惨なものになっていた。
地平線が広がる更地に近い情景のなかで、唯一の建物がそれだった。
何千何万と死んだ者の魂が浮遊するその世界で、戦いの主導権を握り、人々へ死の操りをしていた者達と、戦いの生き残り達の問答がそのボロボロの建物の中ではじまっていた。
「無様な生き残りの小娘よ。我々を愚弄する前に、お前の罪を恥じよ。我々は綿密に戦略を立て、軍を導いて来た。お前の様な戦士がいたから、我々の戦略が達成できなかったのだ。」
見るも無惨な風景の中で、着ているものの差は天と地ほどに違がう。
悲しいことに、それを判断する民衆は誰1人としていない。
戦士として目の前の敵と戦っているのは、荒地のコロシアムに立つ彼女ただ1人だった。
うす黒いスーツに身をつつんだ、老年配男性150人を相手に。
「ねぇぇ〜。どうおもう?」
マキは6畳の部屋の隅にある机に座っていた。
部屋の入り口付近には、縫い物を手に作業している福太郎がそこにいた。
「女戦士1人におっさん達150人って。それどーなんの?」
細かい作業にも関わらず、手慣れたスピードで器用に指を動かしている。
「ふくろぉ!実は私にもわかんない。行き詰まった。」
"ふくろ"とはマキ独自の福太郎の呼び名。
「小説早くも詰んだね。」
マキは立ててあるパットを目の前に、机に伏した。
「あっ、それは大丈夫。しばらく経つと続きが私の中に降りてくるから。その時を待ってる」
福太郎は、地道にチクチクと縫い物をすすめている。
「ふーん。そーゆーもん」
「そーゆーもんだ」
指先の針は、軽快にすすんでいく。
生地をずらしながら縫い進める福太郎を、左腕の脇を少し上げたその間から、覗いた。
「ねぇ、今度は何縫ってるの?それ何?」
「ん?マキの服」
「そんなのわかってるよー。今度はどんなのってことだよーぉ」
「説明めんどーだから、出来てからにして」
「えーーーだるーー」
マキは更に机に伏した。
福太郎は幼い時から器用で、性格も几帳面な為、おもちゃでも、細かい作業を得意としていた。そんな福太郎が、小学3年の時の被服の授業時に、何か心に煌めきを覚えた。
「服作るの楽しっ」
福太郎の服作りはここからはじまった。
だが服は作りたいが、ただ作るのもつまらない。
そう思った福太郎は、何か目的が欲しかった。
そんな時、そこにいたのがマキだった。
この2人、幼馴染でとても仲良し。
マキはとにかく見ていて面白く、そして自分に嘘がない素直な女性。
一緒にいて気兼ねがないので、福太郎はとても居心地がよかった。
そしてこのマキという娘。
今までの流れで、破天荒にも思われる、大雑把な人間性から思い描かれる、男性的な姿を想像するだろう。
驚く勿れ。
彼女は、人が羨むほどの美貌とスタイルの持ち主なのだ。
だが、本人は先ほども言ったが、基本ズボラなので、家ではスウェットにボサボサ頭で過ごしている。
そんな気心知れた状態で、いつも福太郎とは一緒にいる。
福太郎の心が被服に向いた瞬間から、マキは福太郎との切っても切れない、より分厚い紐で繋がっている。
それは、美しい恋に現れる赤い糸なんてものではなく、暗黙の了解といえる、2人をつなぐ糸でもあった。
要は簡単な話、福太郎ブランドの専属のモデルである。
マキも実際服を買わなくて済むので、そこはラッキーくらいに思っていた。
「ねぇ、ふくろぉ。大作になる!かも知れない話の続きが降りてくる、かも、しれないからちょっと寝るね」
「ん」
マキは机に伏したまま寝た。
「自由なやつ」
福太郎らそういうと、縫い物に集中した。
同じ姿勢な為、座る位置を度々変えながら、縫い物をひたすら続けていた。
そんな福太郎の耳に、マキのいびきが聞こえて来た。
「しっかり寝てやがる。こいつのこんな姿みたら、あいつらどーなるんだろうなぁ。」
福太郎は、そんなことを考えながら、人目を気にしない自由なマキの姿に、こっそり微笑んでいた。
そこに、自分しか知らないと言う優越感をもって。
今更なマキのいびきを音楽に、こっそり幸せを感じながら、指先の針を先にすすめた。
それからしばらく時間が経って、日も落ちた頃。
「マキーぃごぉはぁーん」
の太い声が、寝ているマキの耳に入って来た。
マキの部屋の扉が開く。
「あれっ、ふくたろちゃん、マキ寝ちゃってるの?」
扉を開けたのは、ガッチリとした体型で、筋肉ムキムキな胸元が今にも弾けそうなエプロンをかけたマキの父だった。
「はい」
福太郎が返事をした直後、
「ねでたぁ。いまぉきだ」
よだれを拭いながら、伏していた机から顔を離し、半身を起き上がらせた。
「福たろちゃんもご飯よ。マキもね。全く可愛いのにもったいない子!よだれ!顔くらい洗ってらっしゃいよ!」
ムキムキパパはそういうと、扉を閉めて階段を降りていった。
寝起きのマキの顔をみた福太郎は
「キタネ」
と言った。
「お前の服で拭いてやるぅぅぅぅ」
マキは椅子から立ち上がり、両手を上げて襲う様に向かっていった。
そこに楽しさと幸せを感じた福太郎だったが、その思いをマキに察されることを防ぐように、縫い途中の布を持ちながら、マキに背中を向けた。
背中に覆い被さってきたそのままで、部屋から押し出した。
「ぬぁ、、、、やったなぁこらぁ」
とマキは部屋の中に戻ってくる事もなく、叫び声だけで、そのままのノリで、下の階に「おぉぉぉ」と叫びながら降りていった。
福太郎はとりあえず、途中の縫い物を大きな箱に詰めて部屋を出た。
一階の部屋は吹き抜けになっていて、2階の部屋の入り口が、下の階から見える様になっている。
「すっげぇいい匂い」そう言いながら、福太郎は階段を降りていた。
ここの家のキッチンは、テレビで見る様な、おしゃれなキッチンスタジオの様に空間が広く、そして明るい。キッチンにぶら下がっている彩る飾りも、ものすごくおしゃれだ。
「今日も、めっちゃうまそうっすね。」
テーブルに置かれた料理をみて、福太郎は言った。
マキ父はその言葉に振り返りながら、「ありがと。」といい、両手に持つ皿には、綺麗に盛られたサラダがのっている。
身体が大きいマキ父がその手に持つ皿は、持っている時とテーブルに置いた時の皿の大きさに、錯覚を感じるところが、いつ見ても不思議で面白い。
「お父さん、もーたべていい?」
マキの弟、美季がすでに席について、今にも食べたそうにしていた。
「こんなうまそうだと待つのつらいよな。」
福太郎が席につきながら声を掛けた。
ほぼ毎日マキの家で食事をしている為、普通に福太郎の席がある。
「そういえば今日、美季の昭和友を見たよ。駄菓子屋の前で10円のガチャやりまくってた。あのガチャなにがでるんだ?」
お腹が空いて落ち着かない美季に、福太郎は話しかけた。
「えっ、もしかしてそれ、たかし達のこと?」
変わった問いかけに応えられるのは、よくそう言われている友達だからだ。
美季はお腹の空き具合が絶頂にきていたので、テーブルに伏しながら、顔をすこしあげて福太郎をみながら、力なく声薄く、ゆっくり応えた。
福太郎のいう昭和の友達とは、美季の保育園からの友達でしかも3つ子。
上から、たかし、ひろし、ただし、だ。
福太郎は、名前が昭和っぽいという理由で、3人兄弟をそう呼んでいた。
「今はあいつらより、ハラヘッタぁ〜。お父さ〜んもう無理!おねえちゃんたち来たから、もーいいでしょ?!」
美季がすでに息絶えそうな状態だった。
そこに追い打ちをかけたのが、姉のマキだ。
洗面所に行っていたマキは、美季の状態など知る由もなく、全くもって気にもしてない状態で、徐に美季の後ろを通りながら、
「おー美季!どーした!!」と伏している美季の両肩を掴み前後にゆすりはじめた。
「あっ…あっ…もう、ぼく、しっしにそぅ」
「マキっ!」福太郎の声に何かを察したマキは、美季の肩から手を離した。
そして、美季はまたテーブルに伏した。
「ほらほら、ご飯にするわよ。福たろちゃん、はいご飯。ほら美季も…。行き渡ったら召し上がれ」
ようやくありつけた夕飯に、美季は勢いよくくらいついた。
そしてみるみるうちに宿る精気に、先程の福太郎の質問に、いきなり返答し始めた。
「あっ兄ちゃん。たかしたちは、変な顔の動物ガチャ集めてん。でね、レアのビックゴリラとビッグエレファン、あっ、それ象ね。を誰が先に出すか3人で競争してんだよ」と、早口で話した。
美季は唐揚げという、次の獲物を獲得する為に、目はすでにそちらに向いていた。
「何それ?なんの話?」
マキがその話に食いついてきたが、なんでもないことだと、福太郎は諭し、納得いかない表情を浮かべたマキを横に、その場を流した。
「そうだ、マキに福ちゃん。文化祭はいつだったっけ?今朝、美月さんから電話があってね。必ず行きたいから日にち教えてって」
美月はこの家の母で、現在アメリカで単身赴任中なのだ。
「えっ母さん?!あれ?文化祭いつだったっけなぁ」
「来月3週目の土日だよ」福太郎が間髪入れずこたえた。
「そっかそっか。3週目だって」調子よく、マキがそれにのっかった。
すると父は
「ありがとう。そう、つたえておく。マキ!予定くらいちゃんと覚えておきなさいよ。いつも福たろちゃんに助けられてダメじゃない」と叱った。
行儀悪く、箸を持ったその右手を、はい、と言わんばかりに高くあげ、父の叱りにこたえはしたが、食事以外は、腹にも頭にも入らないマキだった。
食事もそれぞれ早さの差はあれど、全員が食べ終わり、片付けに入っていた。
マキはいつも、食べ終わった食器を洗っている。
この家で食べているときは、福太郎も片づけ要因の1人だ。
マキが洗った皿を、福太郎が専用の布巾で拭きあげ、棚に戻す。
しばらくして洗い物は終わり、マキは水のついた手を、腰前の引き出しにかけられたタオルで拭いた。
そうして、棚から布巾を取り出し、残りの皿を福太郎と一緒に拭きあげた。
手際よく、マキは皿を棚にしまってくる。
その横で、丁寧に仕事をしている福太郎が
「マキ。」と声をかけた。
「ん?どした?」
「文化祭、俺の作った服着て。ショーやりたい。てかもう、申し込んだ」
それを聞いたマキの手が止まった。
皿の拭き具合を指摘させるかと思った一瞬だったが、そーではなかった。なので、その思いは入ってきたモデルの話に押し出され、一瞬にして右から左に流れた。
「えっ!そーなの?…でも…人前かぁ、恥ずかしいけどいいよ。…でもぉ服、お披露目しちゃって良いの?」
「いい。俺だって恥ずかしいけど、良い機会だから。俺のつくる服への皆んなの反応がみたい」
「そうか。なら、フクロゥが作る服の為に、頑張らないとね」
「おう、俺のために頑張ってくれ」
福太郎はよっしゃ!とガッツポーズをひそかに決め、喜んだ。
服を作っているのは、皆が知るべきところだが、公となるとまた気持ちも違うところだった。
皿を拭きあげた2人はやるべき事も終わり、リラックスタイムに入った。
なので、それぞれが行きたい部屋に向かった。
マキはソファーに横たわり、動画を見ている美季のところに。
福太郎は残っている作業をする為に、マキの部屋に。
そして父は、母との電話に。
それぞれの夜の始まりだった。




