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見守る日々の中で

子どもは、気づかないうちに少しずつ変わっていく。


昨日まで出来なかったことが出来るようになって、

昨日まで気にしていなかったことに、立ち止まるようになる。


その変化のすべてを、そばで見ていられるわけではない。


それでも——


大切なところだけは、見落とさないように。


今日も、少し離れた場所から見ている。

朝の空気は、まだ少し冷たかった。


広場には、すでに子どもたちの声が響いている。


走り回る足音。笑い声。


その中に、セナの姿もあった。


まだ少し小さな背中が、他の子どもたちに混じっている。


ナナは洗濯物の入った籠を抱えながら、

その様子を少し離れた場所から見ていた。


「最近、よく遊ぶようになったねえ」


隣で声がする。


振り向くと、ハンナが立っていた。


「ええ」


ナナは短く答える。


視線は広場のまま。


「前は、ずっとくっついていたのに」


「そうね」


少しだけ間を置いてから、


「でも、あれでいいと思うわ」


ハンナは、ふっと笑う。


「そうさ、今の時期に遊ばせないのはもったいないからねえ」


ナナは微笑んで、もう一度セナの背中を見た。



広場の端では、老夫婦が畑をいじっている。


その周りには、何人かの子どもが集まっていた。


「それ、どうやって植えるの?」


「根をこうしてな——」


ゆっくりとした声。


子どもたちは真剣に見ている。


興味を持った子だけが、自然と集まる。


無理に教えない。


でも、聞かれれば答える。


そんな距離感だった。



「ちょっとトト、どこ行くの!」


少し離れたところで、サラの声が響く。


トトが、広場の外へ出ようとしていた。


サラと同い年の、ミリアの息子だ。


最近は一人で動き回ることも増えて、よくこうして広場の外へ行こうとする。


「もう、勝手に行かないでって言ってるでしょ!」


サラは後を追いながら言う。


「朝のお手伝い、まだ終わってないでしょ!」


「だって、あっちのほうが面白そうだし!」


「面白そうでもダメなの!」


サラは腕を引いて引き戻す。


「やることやってから!」


ナナはその様子を見て、少しだけ目を細めた。


さすがハンナの子だ。


同い年なのに、まるで小さなお母さんみたいだ。



日々は、静かに積み重なっていく。


ナナは薬を作り、納品し、また材料を集める。


ギルドでは、いつものように受付が行われていた。


「今日も安定していますね」


穏やかな声。


リオルドだった。


糸目のまま、書類に目を落としている。


「ええ」


ナナは短く答える。


「品質も、納品量も問題ありません」


「ありがとうございます」


「仕事ですから」


リオルドはわずかに口元を緩めた。


「その通りです」


それ以上は踏み込まない。


必要なことだけを、正確に。



ある日。


仕事の帰りだった。


広場に差しかかったところで、少し強い声が響いた。


「やめろって言ってるだろ!」


セナだった。


向かい合っているのは、見慣れない少年。


「ありゃ、カイルだね」


いつのまにか横に来ていたハンナが言った。


「別の広場の子だよ」


「止めるかい?」


ナナはしばらく考えた。


けれど——


そっと、首を振る。


ハンナはそれ以上何も言わない。


ただ、同じように見守った。


「なんだよ」


「ほんとのことだろ」


「母親しかいないんだって?」


空気が変わる。


セナの顔が、強張る。


「……言うなって言った」


「なんで?」


「恥ずかしいからか?」


拳が震える。


そして——



帰ってきたセナの頬は、少し赤くなっていた。


服にも、土がついている。


ナナはそれを見て——

すぐには何も言わなかった。


「……手と顔、洗っておいで」


いつも通りの声だった。


セナは小さく頷いて、奥へ行く。


水の音がする。


その間、ナナは何も聞かない。



戻ってきたセナは、少しだけ俯いていた。


ナナは椅子を引く。


「座りましょうか」


向かい合う。


ナナはそっと手を伸ばし、セナの頬に触れる。


濡らした布を、優しくあてる。


少しだけ腫れている。


薬を薄く塗る。


その手つきは、いつもと変わらない。


静かな時間。


ナナが口を開く。


「……どうしたの?」


責める声ではない。


ただ、聞いているだけの声。


セナは少しだけ迷ってから口を開く。


「……言われたの」


「お母さんのこと」


ナナは何も言わない。


続きを待つ。


「……へんだって」


「父親もいないって」


小さく息を吸う。


「……言うなって言ったのに」



沈黙。


ナナは、ゆっくりと頷いた。


「そう」


それだけだった。



少ししてから、ナナは言う。


「……それで?セナはどう思ったの?」


セナは言葉に詰まる。


「……いやだった」


ナナは頷く。


「そうね」


「……はらがたった」


「……ゆるせないって思った」


ナナは、否定しない。


「……それで、どうしたの?」


「……たたいた」


「そしたら、たたかれた……」


ナナは少しだけ目を伏せる。


でも、怒らない。


「……どうしたらよかったと思う?」


セナは答えない。


長い沈黙。


セナは、自分の手を見る。


「……わかんない」


「手……いたい……」


少し間を置いて


「……でも」


「心のほうが、いたい……」


ナナは、少しだけ微笑んだ。


「そう」


それから、静かに続ける。


「すぐに答えが出なくてもいいわ」


「でもね」


セナは顔を上げる。


ナナは、まっすぐ見る。


「あなたが、どうしたいのか」


「どうしたらよかったのか」


「それを、ちゃんと考えられるようになってほしいの」


「今は……しっかり悩んだらいいわ」


ナナは微笑んでセナに言った。


セナは、小さく頷いた。


「……うん」


ナナはそれ以上、何も言わなかった。


「ご飯にしましょうか」


いつも通りの声。


その日も、変わらない食卓だった。



翌日


広場には、いつも通り子どもたちの声が響いていた。


走り回る足音。笑い声。


その中で、セナは一人、少し離れた場所に座っていた。


膝を抱えて、地面を見ている。


「どうした」


少ししわ枯れた低い声が、頭の上から落ちてきた。


顔を上げると、ガルドが立っていた。


いつものように、ゆっくりとした動きで、隣に腰を下ろす。


「……なんでもない」


セナは小さく言う。


ガルドはそれ以上、すぐには聞かない。


しばらく、子どもたちの様子を一緒に眺める。


風が、少しだけ草を揺らした。


「……昨日、けんかした」


ぽつりと、セナが言った。


ガルドは視線を前に向けたまま、頷く。


「そうか」


「お母さんに、聞かれた」


「どう思ったのか、って」


「どうしたらよかったのか、って」


セナは少しだけ唇を噛む。


「……自分で考えなきゃいけないって思って」


ガルドは、少しだけ目を細める。


「そうだな」


少し間が空く。


「でもな」


ガルドは、ゆっくりと続ける。


「一人で考えることだけが、答えじゃない」


セナが顔を上げる。


「大人を頼るのは、弱さじゃない」


「ズルでもない」


風が吹く。


遠くで、誰かが笑った。


「話してみると、頭の中が整理されることもある」


「それで、答えが見つかることもある」


セナは何も言わない。


でも、少しだけ視線が揺れる。


「……でも」


セナが小さく言う。


「悩みなさい、って」


ガルドは、少しだけ笑った。


「悩むのは、お前だ」


「だがな」


「……一人で、悩みなさいと言われたか?」


セナは、ぽかんとガルドを見る。


ゆっくりとした声。


「頼るのも、選び方の一つだ」


セナは、膝の上の手を見つめる。


ぎゅっと握っていた指が、少しだけ緩む。


「……そっか」


小さな声。


でも、昨日より少し軽い。


ガルドはそれ以上何も言わず、ゆっくりと立ち上がる。


「話したくなったら来い」


それだけ言って、畑の方へ歩いていった。


セナは、その背中を少しだけ見ていた。


それから、広場の方に目を向ける。


胸の中が、少しだけ軽くなっていた。



季節が、少しだけ進む。


変わらないようで、少しずつ変わっていく日々。


ナナは今日も薬を作り、


セナは今日も広場で過ごす。


積み重ねた時間は、目には見えない。


けれど、確かにそこにある。



ある日。


一通の手紙が届いた。


ナナは封を切る。


静かに読み進める。


「……」


わずかに口元が緩む。


セナが覗き込む。


「アルスから?」


「そうよ」


セナの目が少しだけ輝く。


「なんて?」


ナナは、手紙を軽く畳む。


「金等級に上がったそうよ」


セナはぱっと顔を上げる。


「すごい!」


ナナは小さく頷いた。


「ええ」


その声は、どこか柔らかかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


子どもの成長は早く、嬉しいものでもあり、少しだけ寂しいものでもあります。


子どもが悩んでいるとき、

すぐに答えを出してあげたくなることもあります。


見守るということは、何もしないことではなく、

手を出さないと決めることなのかもしれません。


ナナのように向き合えたらと、思いながら書いていました。


後編もお付き合いいただけたら嬉しいです。

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