129 ★五郎と志乃のシュークリーム(その9) ~このまま寝室に行こう~
【09】 風呂上り、バスタオルを巻いたまま
そして、京子が夕食を作りに来て何度目かのことだった。この日は土曜日、五郎は仕事が休みだった。京子は夕方少し早めに五郎のマンションに行き、食事の用意をし始めた。
五郎「何か手伝おうか?」
京子「大丈夫、もし時間があるのなら先にお風呂でもどうぞ。ゆっくり入っている間には出来るから」
五郎「そう、じゃぁそうしようかな」
五郎はゆっくり風呂に浸かり、出る頃にはすっかり夕食の準備が整っていた。この日の料理はエビのチリソース煮がメインだった。京子が準備に時間を費やした料理は、二人にとって満足できる味に仕上がっていた。
五郎「うまいっ! いつもながらうまいね」
京子「ありがとう」
五郎「こんなにおいしいのに、今までいつもひとりで食べるなんて、もったいないね」
京子「そうなの、作り甲斐がないの」
五郎「それに寂しいよな、ひとりで作って、ひとりで食べて、ひとりで皿洗いして」
京子「そうね、この前自分の誕生日にケーキを買ってきて家で食べたんだけど、かえって気持ちが沈んじゃったわ。なんにもしない方が良かったのかも。しばらくの間、来年の誕生日はどうしようか考え込んじゃったわ」
五郎「ケーキはどんなケーキを買ったんだい」
京子「ひとりでホールケーキは食べるのが無理でしょ。しかもその上にろうそくを年齢分立てたら、ろうそくでケーキのデコレーションが埋まってしまいそうだから仕方なくショートケーキにしたわ」
五郎はホールケーキにろうそくが40本以上も立っている光景を思い浮かべていた。
京子「フロマージュというチーズムースケーキとクリオロというちょっと苦めのチョコレートケーキを買ったわ」
五郎「2個?」
京子「えぇ、お店の人に対してちょっと見栄張っちゃった」
五郎「見栄ねぇ」
京子「1個だけ買えないし、1個ではいかにもひとり暮らしです、と言っているようなものでしょ。それに2個ともすごくおいしそうだったし」
五郎「それが本音?」
京子「女性は甘い物と甘い言葉に弱いのよ」
五郎「なるほど」
京子「ひとり暮らしにとっては、誕生日とかクリスマスが辛いときがあるわね」
五郎「辛い?」
京子「だって街ではクリスマスソングと共にみんなはしゃいでいるのに、一軒家にひとり閉じこもって、部屋の電気を少し暗くして、ショートケーキふたつ並べて、何もない空間を見つめて、口を半開きにして」
五郎「わかった、わかった、もう勘弁してくれ。京子さんの表現があまりに具体的で、その光景を浮かべただけで鬱になりそうだ」
京子「でももう大丈夫。今のあなたの言葉で悟ったわ。もう来年からやめる、部屋の電気はいつもどおり明るくして、1房100円の安いバナナと1袋78円のポテトチップを並べて、普通にテレビのバラエティー番組を見て、笑いながら過ごす」
食事が終わり、
五郎「ごちそうさまでした。いつもながらおいしかった。本当にたいしたものだ、何を作っても口に合う」
京子「良かった」
五郎「お皿洗っておくから、良かったらお風呂に入っていったら。家で湧かすのもたいへんだろうし、ここの家の風呂も私ひとりだけじゃもったいない」
京子「そうね、そうしようかしら」
五郎「タオルは適当に使って。任せるから」
京子「はい」
京子はそのまま浴室へと向かっていった。洗面所兼脱衣室であちこち置いてある物を見渡した。そしてタオルを手に取り服を脱ぎ浴室へと消えた。
五郎は少しの間、食卓に座りテレビを点け食休みをした。
五郎(ちょっと食べ過ぎたかな)
と思いつつしばらくテレビを見た。きりのいいところで、
五郎(さて、少し動くか。)
五郎はテーブルの上を片づけ、キッチンに向かいスポンジに洗剤をなじませるときめ細かな泡が広がった。五郎は食器を1枚ずつ、丁寧に洗い進めた。
突然、脱衣室のドアが開き京子が出てきた。風呂上がりでバスタオル1枚巻いて出てきた。
京子「後ろ、ちょっとゴメンね。バッグに忘れ物を取りに」
京子のハンドバッグがリビングルームに置いてあった。京子は洗い物をしている五郎の背後でバッグから急いで何かを取ろうとしていた。
五郎(化粧品か? それとも?)
京子は、ガサゴソしていたが手間取っていた。
五郎はそんな京子の後ろ姿を見つめていた。そして泡だらけの手をお湯で洗い流すと、京子に近寄り後ろから抱きついた。
京子がピクッとわずかに動いた。少しの間二人は沈黙し、そのままでいた。抱きついた方も、抱きつかれた方も、この状況を真剣に受け止めていた。落ち着いて話しかけるまでに時間が必要だった。
5秒、10秒……
京子「ダ」
五郎「このまま寝室に行こう」




