表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/37

荒波号

 翌朝、ふたりはランドルトから教えてもらった埠頭に来ていた。馬は商会に返したため徒歩だ。どのみち、これから利用する船に乗せることはできない。

 ムルランまで船旅をするための最低限の荷物だけを背負っている。


 ネドラの魔道具のおかげで、体調はかなり良い。まだ念のため杖を突いているが、息を切らしながらも、なんとかここまで来ることができた。


「ついたわ」

 ネドラは立ち止まり、ベルムの腕の下に肩を通して支えた。



 港のはずれの埠頭、そのさらに端っこの岸壁に、その客船は停泊していた。小さな船ではない。だが彼の言った通り、王女が乗るような代物しろものではなかった。


 船体は幅広く、舷側の板には継ぎ当てが目立つ。塗料はところどころ剥げ、古い傷を隠すように黒い瀝青れきせいが塗りたくられていた。

 マストは一本。帆は白ではなく、何度も繕った布が灰色にくすんでいる。甲板には縄と樽が雑然と積まれ、舳先には擦れた木札がぶら下がっていた。


荒波号あらなみごう、不穏な名前ね」

 木札に刻まれた船名を読み上げ、ネドラの表情が曇った。


 ベルムには読めないが、老朽化した船体に不安を覚えるのは同じだ。


「まあ、船体の造りはしっかりしてるよ」


「船大工の息子が言うなら安心」

 ネドラは自分に言い聞かせるように頷いたが、その頬は引きつっていた。


 乗り込み口の前には、荷を抱えた乗客たちが固まっていた。大抵が貧相な身なりの者だ。

 誰も目を合わせず、余計なことを話したがらない。船員たちはそれを気にも留めず、無言で荷を積み込み、縄を引き、錨を点検している。


 その中に、鋭く声を発する男がいた。骸骨のように痩せこけた手で、岸壁に積まれた積み荷を指さし、若い乗組員に運ぶよう指示している。

 一人だけ擦り切れた三角帽をかぶっているので、他の船員とはすぐに見分けがついた。


 ベルムは男のいる方へ足を踏み出しかけたが、一足早くネドラが声を上げた。止める間もない。


「ボルドン船長!」

 ランドルトから聞かされた名を呼ぶ。


 船長は手を下ろし、ギロリと二人を睨んだ。とても客船のあるじには見えない。

 それでもネドラは臆することなく、小走りで男に近づいた。ベルムも急いで後に続く。


「ムルランに行くんでしょ?乗せてくださる?」


 彼女の言葉遣いは、粗野な者しかいない埠頭で場違いに響いた。船員や乗客たちがちらりと視線を向ける。


 ボルドンは胡散臭そうに二人を見比べた。


「ガキが物見遊山で乗るような船じゃねぇぜ」

 小ばかにしたようなにやけ面だ。吊りあがった唇から覗く歯は、黄色くくすんだ色をしていた。


「あら、歳が関係あって?急いでいるの。いいでしょ?」


 ボルドンはじっとりとした目つきでネドラの全身、そしてベルムに目を走らせた。懐疑心が露骨に表れている。

 無理もない。年端もいかぬ男女、しかも、服装や立ち居振る舞いから見て二人の身分の差は歴然。おまけに、男の方は帯剣しているのだ。


「いや、ねぇわな。だが播種祭の真っ最中だ。値は張るぜ」

 ネドラの問いに軽く首を振り、船長は指を三枚立てた。

「風が味方すれば七日、機嫌を損ねれば十日。朝夕に麦粥と乾パン、汁と真水がつくぜ。毛布とまともな飯、それから酒は追加料金だ」


(ふっかけすぎだ)

 これまでの旅の経験から、ベルムには瞬時にそれが分かった。彼が示しているのはコロン金貨三枚、つまり、ダン銀貨六十枚分だ。普通の平民なら、二月分の労働の対価に相当する。しかもこれは一人分の料金だろう。あり得ない金額に思えた。


 普通であれば、ここから値下げ交渉が始まるはずだが……


「分かったわ」

 ネドラは赤い巾着を取り出し、金貨を六枚取り出した。

 その際、口から巾着の中が垣間見える。中には金貨がぎっしりと詰まっていた。


 ボルドンは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにそれを引っ込める。

「呼ばれるまであそこに並びな」

 顎で指した先では、乗客が群れを成していた。四十人ほどいるだろうか。船の大きさに対して少し多いように見えた。


 懐に金を仕舞ってその場を去り際、ボルドンは立ち止まり、ベルムに指を向けた。

「坊主、剣は紐か何かで縛っておけ。抜いたら海に叩き落す」


 ベルムが頷くと、今度はネドラの腰を指さす。

「お嬢ちゃん、その銀細工は目立ちすぎる。仕舞っておけ」


 ネドラは魔道具を手で押さえ、真顔で頷いた。


「揉め事だけは勘弁だからな」

 最後にそう忠告し、船長は仕事に戻っていった。



「行きましょ」

 ネドラは船長の指示通り乗客たちのいる所へ体を向けたが、ベルムがそれを呼び止めた。


「あんまり金を見せびらかすな。ロクなことにならないから」


 しかしネドラは首をかしげ、

「見せびらかしてなんかいないわ」

 と、不思議そうに言った。


 ベルムは口をつぐみ、周囲の視線の重さだけを確かめた。

ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。これにて第三章「再出発」は終了です。また、小説家になろうでの連載はここまでとします。

第四章「船の旅」以降は、カクヨムでの連載に絞りますので、どうぞそちらでご覧になってくださいますよう、よろしくお願いします。

今後も、偽りの勇者ベルムの旅を温かく見守っていただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ