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王女の旅立ち

(女神さまから聞いたことがある……あれは、魂だ)

 

 ティリルはシトカナの言葉を思い出した。

 女神が勇者たりうるものを探す際は、魂の色を見るのだと言っていた。


『勇者の魂は澄んだ青い炎の形をしています。他の者は赤、ないしは黄色の炎。見ればすぐにわかります』


 ベルムの魂は緑……どれにも属さない色だった。その場から動かず、ただ揺らめいている。


(まずい……祠は勇者と同一の身体にだけ反応したんだ)

 ティリルは爪を噛み、必死に落ち着こうとした。焦っては、解決するものも解決しない。


「あれは何?」

 ネドラはきょとんとしている。

 ベルムが魂だけを残して転送されてしまったことを理解していないのだ。――当然と言えば当然だった。


「ベルムの魂よ」


「魂?じゃあ、身体からだは?」


「今ごろ、ショージ山の祠で倒れているんだと思う」


 事の重大さを飲み込んだのか、ネドラは大きく目を見開いた。


「大変!すぐに助けに行かなきゃ!」

 ネドラは踵を返す。


「待って!魂忘れないで!」


 ティリルが叫び、祠の中に漂う火の玉に近づいた。火といっても、熱は感じない。


 ネドラは祠に駆け込むと、ためらいなく火の玉を両手で掬い、ポーチに押し込んだ。

 その思い切りの良さに、ティリルは目を見張る。


 二人は祠を後にし、王都への帰路を急いだ。




「でもどうして?」

 息を切らしながら、ネドラが肩の上のティリルに問いかけた。


 一瞬、答えに窮する。ベルムが本当の勇者でないことを知られるわけにはいかない。


「相当古い装置だったし……誤作動を起こしたんだと思う。詳しいことは、分かりようがないわ」


 苦し紛れの言い逃れだったが、ネドラは特に疑うこともなく頷いた。今はベルムの身体の回収で頭がいっぱいなのだろう。


 彼が今どのような状態なのかは想像もつかない。だが、早くしなければ、身体が死んでしまうかもしれないのだ。


 ――転送の祠はまだ大陸中に点在しているが、こうなった以上、旅の目的からは外さなければならない。

 ティリルはネドラの肩で揺られながら、頭の中で算段を付けた。




―――

 ネドラは後宮内にある自室に向かった。と言っても、後宮の一番端に位置する小さな一室だ。

 駆け込むなり、侍女のアンを呼ぶ。


「勇者様と私の荷物をムルランへ送っておいて頂戴。私はすぐにシオマへ向かうわ」


「承知しました」

 アンは急なことに少し驚いたものの、すぐに頭を下げ、部屋を出た。


「ちょっと待って」

 扉が閉まる前に、ネドラが侍女を呼び止める。

「お母様によろしく伝えておいて」


 アンはもう一度深々と頭を下げ、

「女神さまのご加護を」

 そう言って扉を閉めた。


 ネドラはそれを見送り、「よしっ」と息を吐いて自分の頬を軽くたたいた。 


「どうするつもり?」

 ティリルが問う。


「リシーカへ向かうわ。ショージ山はマイカの近くなんでしょう?海路がいいわ」


 リシーカは王都の北に位置する港町だ。ティリルは首肯して同意を示した。




 大急ぎで最低限の荷を整え、ティリルを袋に納めて厩舎へ向かう。リシーカへは馬で1日の距離だ。


 回廊を通るところで、またもサラが彼女を呼び止めた。相変わらず、かまびすしいしい侍女たちを従えている。


「あら、ご自慢の勇者様は一緒ではなくて?」


 ネドラは歩調を緩めることなく、その脇を通り過ぎる。


「ごめんなさい!今はお相手している暇がありませんの」

 先日の縮こまった態度が嘘のような、毅然とした物言いだった。


「なっ……!」

 サラの表情が引きつる。

 侍女たちはあっけにとられた表情で、第十八王女の背中を見送った。


「いいの?無下にして」

 ティリルが袋から顔を出した。


「それどころじゃないでしょ」

 ネドラは息を弾ませながら答える。


 こんな状況だというのに、その顔はなぜか、清々しさを漂わせていた。

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