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二部中盤 異能開発機構回顧録2 後編

千…、いや万だろうか。

はたまたもっとだろうか。

殺した数など、もはやとうに忘れてしまった。

だが、感覚でわかる。

まだ足りない。

ここを壊すのに、十全なエネルギーを奪えていない。

俺がやらなきゃいけないのだ…、

俺がここを破壊するために…、

ここのみんなを救うために…、

ここのみんなを殺さないといけない。

あれ…、

何かおかしい気がする。

なんだろう、

俺のやり方は酷く矛盾している気がする。

いや、きっと気のせいであろう。

疲れて思考力が鈍くなっているのだ。

毎日のように、

寝ていれば回復はするだろう。

精神は疲弊していても、

肉体疲労は取れるはずだ。

だから、頑張らないと。

明日も、誰かを殺さなきゃ。

誰かの命を奪わなきゃ。

誰も救えないのだから。

「今日も…、か」

ベットを軋ませながら、勢いよく起き上がる。

そばにある洗面台へと足を運び、鏡に映る酷い顔を洗う。

「……ハハッ、水道から血が出るなんて、ここもおかしくなったものだな」

それは、幻覚だった。

現実では水が流れていたが、幾万の命を散らしたその目には、水すらも血であると捉え始めていた。両手はさらりとした血で染まっているようにも見え、自分が殺戮者の自覚を持たせるようなものだった。

だが、そんなもの日常であるが故に、その異様な光景に0番の心は揺るぎはしない。

「…まぁ、顔を洗えればいいか」

ゴシゴシと顔の垢をとり、地面に放り投げられているタオルを拾い上げ、水分を拭き取る。

「今日は…、廃棄品との戦いか…」

朝から晩まで戦うはずのため、休みなしでの虐殺行為に及ばねばならない。酷く面倒だが、これもここを破壊するのに必要な作業だ。

「そう…、必要なんだ…」

あれ、俺は今、酷いことを考えていたような気がする。

酷いこと…、酷いこと…、いや数秒考えてもわからないのならわからないのだろう。

そんなことを考えても致し方ない。

「さて、時間まで本を読むか」

いつであっただろうか、女性の方から読書をするように勧められていた気がする。それも、俺がとても小さい頃だ。具体的には、俺が2歳の頃だったと思う。現在10歳であるため、8年前の出来事だ。

時期は鮮明に覚えているのに、ノイズがかかったようにその女性を俺は記憶していない。

思い出そうとするたびに、その顔にはノイズがかかり続ける。

写真のぼやけのような、はたまたテレビのモザイクのように。

まるで、その女性そのものが開けてはならぬパンドラの箱のようにも感じる。

「まぁ…、どうせ死んでいるだろう。いや…、俺が殺しているかもしれんな」

きっと、都合よく忘れようとしているだけだ。

己の業の深さから逃げるために。

全く、怪物だというのに、未だ現実逃避をする"人間らしさ"があるなんて、笑えない話だ。

「っと、読書中に考え事など無粋極まりない。集中するとしよう」

今読んでいるのは、『英雄の終焉』という物語だ。それは、この研究所の中で殴り書きされていた原稿用紙で、本という体系を持たない珍しいものだった。

だが、これが一際異彩を放つ物語であり、また直視もできぬ物語だった。

その物語はシリーズとして書かれており、原稿用紙は千枚以上に及ぶ大作であった。

一作目は『英雄の証明』、二作目は『英雄の原罪』、三作目は『英雄の完成』、四作目は『英雄の昇華』、五作目は『英雄の終焉』だった。

その物語は紆余曲折あれど、英雄という称号から主人公が真っ向からぶつかる熱い話であった。途中は何度も人が容易く死ぬ場面が多く、見覚えのある場面もいくつもあったが、それでも一読者として結末はみたいと思い、その物語を最後まで見続けた。

本日、俺はその結末を見たのだが…、酷かった。

いや、残酷であった…、というのが正しいだろう。

英雄は、死んだのだ。

都合のいい展開などなく、まるで推理小説を読んでいるが如く伏線を余すことなく回収していき、最後には英雄を殺した。

物語はバッドエンドだった。

ハッピーエンドでもなく、ビターエンドでもなく、疑いようもなく完膚なきまでのバッドエンドだった。

まさしく、英雄の終焉に相応しい終わり方といえよう。

だが、こんな投げっぱなしジャーマンのような終わり方はあんまりではないかと思う。

まるで、途中で物語を紡ぐのをやめたかのようだ。

作者が諦めたのだ。

主人公を救うことを、

主人公が覆すことを、

主人公が幸せになることを、

その全てを投げ出したのだ。

この場合、責任の所在をどこに問えばいいのかわからない。

救いを期待した読者(おれ)が悪いのか、

展開を覆さなかった主人公が悪いのか、

それとも書けなかった筆者が悪いのか、

その真相は闇の中である。

結局、意味のない無駄な話というわけだ。

だが、どこか他人事とは思えない。

「どういうわけか…、"見覚えがある"気がする」

それも、自分が常日頃から見ているようだ。

視界に入っているようで、視界に入っていない存在。

直感的にそう感じた。

「まぁ、いいか。どうでも」

最後の原稿用紙を重ね、視界を上げると、そこには白衣を着た幸神がいた。

「日記でも書き始めたのか?それとも、小説でも書き始めたのか?やめとけ、お前にかけるのはせいぜい童話ぐらいなもんだろう。いや、お前にかけるのは俳句ぐらいなもんか。それもとびっきり幼稚なものだな」

置かれた原稿用紙を指差しながら、幸神は大きく口を開けて嘲笑する。

「んで…、なんのようだ」

「…流すのかよ。随分とつまらねぇやつになったな」

「お前に対して怒っても無意味だからな」

幸神を一瞥して、0番は近くにある本へと手を伸ばす。そのまま本へと集中し始め、幸神の存在を忘れようとする。

「待て待て、お前には今日いいニュースを持ってきてやったんだぞ」

「…どうせ、今日は廃棄品との戦いじゃなくて、普通の異能者との戦いだから、殺す数が減っていいよね、みたいな話だろ」

「…チッ、どこまで行ってもつまらないやつだな」

千人から一人に変更か。

良いニュースではなく、悪いニュースであろうに。これでは、ここを壊すための期間が長くなってしまうではないか。

「せいぜい生き残るんだな」

捨て台詞を吐きながら、幸神は白衣を翻し、スタスタと廊下を去っていく。

牢獄をぶち破ったのち、その顔面を凹ませてやろうという気概も起きず、0番はただ項垂れるように本を読み続ける。

「随分と気に入られてるね、君は」

牢獄の正面から、声が聞こえる。

そこには、一切の戦いから遠ざけられた、たった一人の異能者がいた。

名を、296番。

「目は確かか?気に入られてるやつの態度じゃねぇだろうが」

「気に入られてるよ。僕は話もされないんだから」

「お前、幸神に話しかけられたいのか?」

「いいや、僕は人として認められたいだけさ。僕は所詮、武器を作り続けるロボットみたいな扱いだからね。死という概念を押し付け合う君たちが、少し羨ましくもあるよ」

「やめとけよ。そんなことで参っているのなら…、いやすまない。お前の苦労を分かってもないのに」

「良いんだよ。僕は君たちと違って、安全圏からほざいているようにしか見えないだろうからね」

「…そんなつもりじゃ…、なかったんだがな」

弁解をしようと、格子を掴む。

だが、それ自体が傷つけることになる。

「君も知っているだろうけど、僕が作るものは全て凶器にされる。剣、槍、斧、弓、籠手。武器種ごと、武器ごとに個性を出そうとも、辿る先は全て同じ。どれをとっても、命を刈り取る死神の鎌と同義だ。ここでどう足掻いても、僕は人を救うものを作ることはできない。君は『英雄』という名がつくほど、ここでは絶対的な強者だ。でも、実際君よりも僕の方が殺してる数は多くなるだろう。武器で殺すということは、僕が間接的に殺したと言っても過言じゃないのだから」

ペラペラと、普段見せないような様子で、饒舌に296番は語る。

「考えすぎだ。その理論だと、爆弾を発明したノーベルが人類史の中で、1番の大罪を犯していることになる。もとより洞窟を作るためのものが、戦争の道具として使われているのだから。戦争を引き起こした愚かな連中のせいで、ノーベルが何億人も殺したことになるだろうが。道具は所詮道具であって、それは人間性を捻じ曲げるほどのものではないはずだ。武器に人間性を侵食しうるほどの能力があれば別だが…、いやあったとしても道具は扱う人間によって、役割は変わる。だから、お前には罪など存在しない」

「…そうかい、君は優しいね」

「それに…、殺しているのは俺自身で、背負うべきは俺だ。俺の罪を、俺の業を、お前が勝手に持っていくんじゃない」

「…すごいね。それが言えるのか」

「まぁな…っと、そろそろ時間だ。行ってくる」

「…ああ」

近くにあった刀ーー『無銘』を腰に差し、牢獄の扉を静かに開く。

「行ってらっしゃい。待ってるとは言わないよ」

「あぁ、行ってくる」

296番は0番の背を見ながら、ふと思う。

「『英雄』…か。君がもしその類のものであれば、すでにこの建物は壊されているはずだろう。物語とは常に早期解決を求めるもので、『英雄』は最初から完成した人間にこそ相応しい称号だ。それを思えば、君はどこまで行っても英雄などではないのだろう。君がいうとおり怪物なのか、それともーー」


「ちっ…、相変わらず面白みのない戦いしやがって」

その映像では0番が勝っている所が映し出されていた。

「また勝ったんですか、彼」

「わざと苦戦してんだよ。外面だけ合わせて、中身は相手を見下してやがる。実に…、実につまらなく、わかりやすく、俺のシナリオ通りに『最強』の異能者になりつつあるな」

「相変わらず狂ってますね、幸神さん」

「位登。テメェに言われたくはねぇよ、5108番は育てているんだろ?」

「ええ、僕は楽しみですよ。今のお姉ちゃんと対峙した時に、彼の精神はどうなるか楽しみでなりませんよ。一度壊れた精神は再度砕けるのか、または壊れ切った精神は壊れないのか」

「さぁな。まぁ底がないのならば、間違いなく奴の異能は進化するはずだ。それが、俺らがやっている『ダーウィン計画』の成就を示す。無理だったら、違うやつで試すだけどな」

と言っても、俺は奴が異能を進化をさせることを確信している。

根拠も仮説もないため、科学者らしからぬものだが、推論は存在する。

何せ、"歴木紅"の赤ん坊だ。

それだけで、奴が特殊であることを示すものになる。賭けのようなものだったが、興味本位で産んだだけで、母親らしさを芽生えることはなかったようだ。奴がそんなものを持っていれば、今頃のここは塵芥にされているはずだ。

「まぁ僕は対等に戦える人がいればいいですよ。一年ぐらいで終わるかと思ったのに、幸神さんと8年近くの付き合いになるってんだから、人生何が起こるかわからないですよね」

「そういう割には、時々訓練室で戦ってるじゃねぇか。いや、蹂躙の間違いか」

「だって、たまに人は殺しておかないと、最高の相手と対峙した時に、満足いく戦いができないじゃないですか。それに、人の味を忘れた獣など畜生にも劣る塵ですよ」

ニヤリと不気味な笑みを浮かべながら、位登は静かに部屋を出ていった。

「はぁ、また殺しに行きやがったな。まぁ、一人減ったところで支障はない」

ここには大量の人間がいるんだ。

たかだか一人ぐらいなら、すぐ"補填される"。

それに、どれだけ壊そうと、どれだけ死のうと、最終的に一人に収束される。

それが間違いなく、理想形であるはずだ。

そのためなら、モルモットがいくら死のうとも関心を持てるはずもない。

「神を目指しているんだ。そこまでの犠牲を払わなきゃ釣り合いが取れねぇだろうよ」

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