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第二部中盤 異能開発機構回顧録2 前編

私は8946046番。

私はここ、異能開発機構に十年は存在する古株だ。殺害数は…、50万人超えたところで辞めた。

私はここにきてからの一年以外は、ほぼ毎日毎時間毎分毎秒戦っている。

最初の一年で私はあらゆる槍術を叩き込まれ、九年間はその槍術を人を殺すためだけに使った。

そんな最中、私はある変化に気づいたのだ。

私は外人でもなければ、アルビノでもないと事前に断っておくが、髪が白くなっていた。

まるで、漂白剤でも中に仕込まれていたように、根本から白く染まっていた。

否、色素が抜け落ちていた。

「ほら、修理できたよ。えーっと、8946046番」

目の前の少年は、ぶっきらぼうに呟きながら、血がなくなった槍を手渡す。

「ありがとう」

296番。

私がきたよりも遥かに長くいるようで、私のような多く殺している人間に対して、専用装備を作るように命じられているらしい。

だが、来るたび来るたびにその表情は曇っていっている。

「《錬成》って異能だっけ。毎回新品同様に"作り直す"なんて、チートじみてるわね」

「そうだよ。まぁ、僕はこんなもの作りたくはないんだけどね。僕はもっと人を助けられるロボットとかを作りたいな。…まぁ、そんなわがままはここではないし、僕はロボットの構成要素を知らない」

「そう…、あなたでも作れないものはあるのね」

「そうだね。僕はここの"生まれ"だから、外を知らないんだよ。僕が知っているのは、人を殺せる武器だけさ」

「そう…、悲しいものね。この異能開発機構の中で、"唯一無二"の異能者の一人なのに」

「そんなものにカテゴライズしないでくれ。いつだって、人間は唯一無二だよ」

「…そうね」

296番を背に、私は廊下を歩く。

いつものように決められた道を。

ここは、どこもかしこも管理がされている。

監視カメラで24時間見張られており、不穏な動きなどすれば首輪が締まって終わりだ。

それがわかっているからこそ、私のような異能者でも施設の中を自由に移動ができる。

そう、私たちの扱いはどこまでもモルモットに過ぎないと言うことだ。

指先一つで簡単に死ぬ存在で、誰一人としてこの狭い世界を脱することはできない。

だから、今日も私は自らの部屋ーー牢獄へと戻る。

「今日も生き残ってきたのか」

「そう言うあんたもね、5946890番」

向かいの部屋。

そこには男の囚人が、こちらを見る。

絶望を交えた、濁りきった目で。

「今日は…、何人やったの?」

「朝から晩までだったからな。30秒あたりに一人と考えれば…、まぁ960人か。まぁそれよりは多かったとは思うから…、1000人ぐらいってところか。あんたは?」

「私もおんなじようなものよ。ったく、殺せばいいってものじゃないのに」

私たちがここまでキルスコアを伸ばせるのは、襲いかかる人間が"廃棄品"と呼ばれるものだからだ。

精神が完全に壊れてしまった異能者…、いわば殺されるために接近してくる人間だ。

「これも、異能の進化とやらのためってやつか」

「そんなもの有りはしないというのに。発現時点で、法則を捻じ曲げているんだから」

幸神曰く、異能の進化には発現時を大きく超える絶望が必要らしい。

だが、絶望が基本のこの世界で、

絶望に慣れてしまった私たちが、

最初を超えるなど不可能であろうに。

頭がいいやつは時として、頭がおかしくなるのだろうか。

「まぁ、俺らみたいなモルモットに、お歴々の考えなんてわかんねぇよ」

「そうね。まぁ、分かりたくもないけど」

槍を地面に置き、ベッドへと向かう。

ここにはゲーム機もなく、それらしい娯楽もないため、ベッドに入るということは、寝るということだ。

「また明日…な」

「ええ、また明日」

ストレス緩和には寝ることが1番と聞いている。故に、私は誰よりも早く寝て、ストレス緩和に努めるようにしている。自分が知らないうちにストレスを感じていることもあるため、10時間もの睡眠をすることで、自己管理をなしているのだ。

なので…もう…すぐ…


……


……


どうやら10時間経ったようだ。

なぜそう断言できるのか、私の体内時計がすでにそうなるように出来上がっており、目覚めたということは、10時間の経過をしたということだ。

「おはよ……」

目が覚め、ベッドから体を起こすと、向こう側から血が流れて来ていた。

「…そう、おやすみなさい」

昨日まで話していた人間が、罪悪感に押しつぶされて死んでしまう。これは、この地獄にとっては珍しいことではない。だが、壊れた精神でも少しは削られる。

「8946046番、本日は一対一の戦いとなる。急ぎ準備して、大広間へと向かうように」

「…わかったわ」

今日は一対一か。

つまり、今日は壊れていない異能者と戦うことになる。

私は希う。

どうか…、どうか…、

私を殺してくれる異能者でありますように。

そんな考えをよそに、準備を進める。

頭を起こすために顔を洗い、自分の槍を掴み取り、牢獄を自ら開け、大広間への道を歩く。

「今日が最後…、だといいけど」

そんな願いも、自身の強さに跳ね除けられる。

我ながら自分の生存本能の高さと、磨き上げた槍術に嫌気がさす。

「さて…」

いつものように大広間の扉を開く。

ここは部屋に行くまでに、もう一枚の扉が存在する。扉と扉の間には、水が吹き出す噴射口がある。詰まるところ、ここで返り血を流せと言っている訳だ。

「まぁ、行きはないけど」

そのまま間を通り抜け、2枚目の扉を開く。

そこには当たり前だが、いつもの光景が広がる。向かい側には誰もいない。

どうやら、私は速く来てしまったようだ。

「体操でもしようか」

ラジオ体操のカセットなどないため、自分でテキトーに考えついた箇所を動かす。

ゴキゴキと骨を鳴らし、高速で槍を回転させ、問題なく扱えることを確認する。

そんなことをしている時だった。

キィィ…

向かい側の扉が静かに開き、フラフラと一人の男が現れる。

いや…、男であっているんだろうか。

全身からドス黒いオーラのようなものが見え、姿形がうまく見えない。

「お前か…、今日の対戦相手は」

「…っ!?」

不気味。いや、そんなものでは足りない。

「なんなんだ…、あんた」

そいつが顔を上げた瞬間、顔が何百にも重なって見えた。まるで、今まで殺した人間を映し出すかのように。

「お前…、"何番"だ?」

「何番?ちょっと待って、あんたはそうやって毎回"名前"を聞いているの?」

「まぁな、礼儀みたいなもんでね。名も顔も知らんやつを"殺すわけにはいかない"」

「そう…、あなたなりのルールってわけね。いいわ、私は8946046番よ」

「ありがとう。俺は、0番だ」

「0番だって!?」

0番。

それはこの地獄で古く、最も危険とされた異能者。

相対するだけで人間を殺せるとまで言われた存在であり、死という概念を体現したような人間だ。

いわば、外界でいうところの死神というやつだ。

だが、死が救済となるこの世界では死神という蔑称は使われることはない。

そして、その代わりを補填するかのように別の二つ名が0番には与えられていた。

「あなたが……まさか……『英雄』……?」

「ちげぇよ。俺はただの怪物さ」

目の前の闇は、真反対の蔑称を名乗ることで、二つ名を即座に否定する。

「戦う前に、俺の異能を紹介する。俺の異能は《略奪》で…って、これが分かりやすいか」

0番が手を突き出す。

――瞬間、右手に何の前触れもなく“重み”が奪われた。

目をやると、そこにあるはずのない槍が、まるで最初からそこにあったかのように0番に握られていた。

「相手から"奪う"異能でね。この距離で命は奪えないが、明かさないのは公平性に欠けるからな」

《略奪》だって?

そんな異能、聞いたこともない。

詰まるところ、この人も唯一無二の異能者であるということか。

「すまねぇな、これを返すぜ」

槍を静かに地面に置き、後ろに飛び退く。

「これぐらいなら安心だろ?」

「そう、あなたは優しいのね」

槍を拾い上げ、確認のために振り回す。

いつもの重みであり、いつもの槍だった。

細工の類も見受けられない。

「さて…、やるか」

「そうね」

槍を静かに構え、目の前の闇を睨め付ける。

だが、0番はダラリと腕を下ろした状態で、構えという構えを取ろうとしない。

一見間の抜けたものだが、全身から圧力が放たれる。ただ立っているだけなのに、既に命に指をかけられているような。

そんな矛盾が気持ち悪く感じる。

「怪物と名乗る意味がわかるわね」

懸念を振り払い、槍を勢いよく突き出す。

磨き上げた一閃は、避けることは許さない。

いや、私の異能が許さない。

私の異能は《必中》。

私の繰り出す槍は、異能によって因果を捻じ曲げられる。詰まるところ、私の槍は"外れる"という概念を持ち得ない。

だが、私の一閃は空を切っていた。

「外した…、私が?」

「いや、俺が"外させた"んだよ」

0番は私を見ながら、静かに語る。

「奪わせてもらったよ。付与されていた、《必中》をな」

「ははっ…、あんためちゃくちゃじゃない」

詰まるところ、私の異能は実質無効化されるというわけか。

どういうわけか、私の心は高揚している。

なぜかはわからないが、敵として見れる相手がいるというのは、ここまで心が躍ることなのか。

「自分の腕だけで、あんたを倒さないといけないわけね」

「武器での戦いか…、お前のような達人を相手にするのは俺の技術は赤子のようなものだから、異能によって釣り合いをとるとしよう」

帯刀していた刀を抜く。

ゆっくりと、

されど静かに、

殺意が込められた刃が構えられる。

「さて、やろうか」

「何が赤子よ」

構えがすでに達人の領域に入っているように感じる。

先ほどの立つだけの構えと違って、洗練された殺意が場を満たしていく。

「いくぞ」

「ええ!」

両者とも地面を踏み締め、勢いよく武器を交える。

刀と槍の衝突は凄まじく、衝撃が周囲を空気ごと薙ぎ払う。

「行くわよ!怪物!」

「来い!槍使い!」

両者は互いの技術を頼りに、火花を散らす。

刀を弾き、槍を抑え付け、時には殴り、時には蹴りを交える。

型のない武術が正面からぶつかり、息つく間もないような命の削り合いが起きる。

「アハハッ!こんなに楽しいのは久々よ!」

「そうか…、それなら頑張る甲斐もあると言うものだ」

互いの体には武器が掠め合い、地面には血が溢れ始める。

地面の血で絵を描くように、躍るように二人は戦い続ける。

「はあぁぁぁぁぁ!」

戦闘速度は加速度的に引き上げられ、流れゆく血も増加していく。

しかし、楽しいことは終わるもので、槍の連撃によって、0番は無防備にさらされる。

「残念だけど…、これで終いね。破ァァァァァァァァ!」

槍は素早く突き出され、穂先は0番の命を捉える。

「すまない、俺は死ぬわけにはいかない。だから、この戦いを侮辱することになってしまうな」

突き出したはずの槍は手元から消え、0番の後ろに出現した。

「そうか…、その手があったわね」

「すまない…、俺を恨んでくれて構わんさ」

上段に構えられた刀が、容赦なく振り下ろされる。その刃は確かに、私の体を斜めに切り裂く。刀で斬られれば当然ではあるが、体から見たこともない量の血が溢れ出ていた。

「み…ごと…」

私の体を中心に、血溜まりができている。

意識が遠のいていき、視界が霞んでいくようだ。

「これが…、死というものか…」

これが私が望んだものか。

だが、些か急すぎるのではないだろうか。

「最期に何か言い残すことはあるか」

顔を覗き込む0番が、申し訳なさを顔に滲ませている。

「ハハッ…、勝者とは思えない顔ね…」

鈍くなっていく感覚を無理やり起こし、0番の頬へと手を伸ばす。

「ありがとう…、私を殺してくれて。ありがとう…、私を看取ってくれて」

死にゆく私に悲しんでくれるのか、0番はその目から涙をこぼす。

「ありが…と…う」

言い足りないけど、感謝は伝えられた…よね。

伸ばされた手は地面へと力なく放り投げられ、8946046番が死んだことを証明していた。

「こんなことを…、俺はどれだけ続けるんだ」

0番は死体へと手を伸ばし、胸へと手を押し当てる。

「《略奪》」

静かに放たれる異能が、死体を静かに分解していく。

「死体を細切れにされるよりはマシ…だよな」

ここでは処理をする時に、細切れにしてから廃棄されているらしい。だから、せめてもの弔いに俺はこうやって分解している。

いや、言い訳などいくらでもあるが、所詮は俺が殺したことの自覚を持つためだ。

「お前がいたことは、俺の記憶として俺が後ろに持っていく。必ずお前の分の墓も、外界で作るから」

俺はとうに決めている。

怪物となった日から。

「俺はこの地獄を終わらせる」

溢れ落とした命の目の前で、0番は再び地獄の解体を決意した。

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