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第二部中盤 異能開発機構回顧録1 後編

あの大広間での殺し合いの後、どうやら僕は気絶させたらしい。目を覚ましたら、牢獄へと入れられていた。

「……」

両手を広げ、まじまじと眺める。

今では綺麗なものだが、先ほどまで大量の血が滴り落ちるほどついていた。

冷血や冷徹といった血生臭いイメージのものは冷たいものであると思っていたが、流れゆく血は温かく、それは生きていたという証拠でもあった。

「…どうすればよかったんだろうか」

幸神が言っていたが、僕には生き残った上で姉の生死を知るという殺しの大義名分が存在した。そして、少年も生き残って弟を救うという大義名分があった。

でも、だからと言って、"殺しても別にいい"とはならない。

いくらそれらしい理由があっても、仕方のない理由であっても、行った事実は何一つとして揺るがない。

罪にもいろいろあるけど、殺しだけは簡単に許されるものじゃない

「…くそ」

過ぎ去ったこととわかっていながら、後悔をせずにはいられない。

やってしまったことは変えられないのに、振り返らずにはいられない。

「おいおい、目の前でうずくまってんじゃねぇよ。視界が辛気臭くてたまんねぇよ」

「…っ!?誰だ?」

よく目を凝らし、格子の外を見ると、壁に背を預け、片膝を抱えて座る囚人がいた

「私は467番だ。お前男か?メソメソ女みたいに泣きやがって」

「ほっといてくれ。あんたみたいにこんな場所で明るく振る舞えるメンタル持ってないんだよ」

「私が明るい?はっ何を言ってんだが。こういうのは、気丈に振る舞っているというんだよ。こんな地獄で、こんな地獄だからこそ、辛気臭い顔してちゃ心まで死ぬだろうが」

467番の静かな声が格子を抜けて、0番の心を突き刺す。

「…あんた、何人殺した」

「そうさな、一応数えてはいるが、ざっと10万人ってところか。細かい数字を言えば、九万七千四百十五だ」

「なん…だと」

この施設の人数の多さよりも、殺した数の驚きよりも、それよりも驚くべきことがあった。

なんで、そんなに殺しているのに、未だ正気を保っていられる。

どうして、他人に指摘できるほどの精神的余裕があるんだ。

僕とは、精神構造がまるで違う。

「違うな、正気じゃないから生きていられるんだ。正気だったら今頃死んでるか、殺し合いの相手に死を望むからな。生きているってことは、立派な狂人ってわけだ」

「…そういうことか」

あの少年は狂人になりきれず、正気を保ったまま死んでいったのか。

そして、目の前の人間は誰かの意思を尊重して殺し続ける狂人なのか。

「あんたは…、本当に気丈に振る舞っているってことか」

「そうさな、私も本当は自分の首を切って、今すぐこの世界から逃げたいさ。でも、苦しみ続ける人間がいる限り、誰かがそれを成さないといけない。誰かが誰かを殺し続ける運命を背負わなきゃいけない。今の所、私に役割が回っているだけさ」

「あんたは…苦しくないのかよ」

「苦しいさ。でもな、"殺してくれ"と頼まれたら、殺さずにはいられないんだよ。私は大量殺戮者だが、伸ばされた手を跳ね除けるほど落ちぶれちゃいないからな」

「…っ」

絶句するしかなかった。

提示された事実に、自分が立ち向かう現実に。

殺しが正当化される世界で、殺されるのが救いとなる世界で、僕は今から生きていかなくちゃならない。そして、その果てがないということを。

目の前の狂人は10万人を殺したと言っていたが、僕という新しい人間がいる以上、そこで終わることがない。つまり、地獄はそれ以上に地続きであるということだ。

「イかれてる…、あんたも、ここも、何もかも」

「そうだな。だから、誰かが壊さなくちゃならないんだ。だが、私にはそれをする気力もない。毎日誰かの命を奪って、誰かの思想を奪って、誰かの心を奪っていった」

「おい!あんた何を言ってるんだ!」

ニヤリと笑いながら格子の向こうの狂人は、壁のカケラを首にぴたりと合わせる。

「私は…、十分に戦った。私は…、十分見送った。よかったよ、最期はあんたみたいな普通の人間と話せて」

「やめろ、やめてくれよ」

それはまるで、誰かに遺言を託すような。

柔らかい言葉。

「生き……」

そこでこの言葉の残酷さに気づいた。

生きることはこの世界で苦しみの基本であり、それを強いる言葉は傷つけるだけの言葉でしかないと。

「ハハッ、お前やっぱり優しいな。じゃあな、お前は早めに死ぬんだぜ」

467番は首の動脈をカケラで斬り、大量出血を引き起こす。そして、とどめとばかりに己の首にカケラを突き立てた。

「嘘…だろ」

467番の血がこちらにまで入ってきた。

それは生暖かく、再び0番の両手を染めた。

まるで、お前が殺したんだと言わんばかりに。

「僕…は」

何もしていない…はずだ。

僕のせいで…、人が死んだわけじゃない…はず。

なのに…、僕は何かを背負った気がする。

「なぁ、おい。冗談だろ、おい!」

格子を掴み、向こうにいたはずの人間に呼びかける。だが、死体が血をダラダラと垂れ流すだけで、0番の声に応えることはなかった。

「おいおい、また死にやがったのかよ、勘弁してほしいものだな」

いつの間に来たのか、目の前に幸神が立っていた。

「掃除が大変じゃねぇか。あーあ、他の場所にも血が。あ!俺の靴にも、もう最悪だな」

「何しに来た!幸神!」

「うるせぇな、お前は怒鳴ることしか出来ねぇのかよ」

足元の血を足蹴にしながら、どうでもよさそうに応える。

「やめろ!それはさっきまで」

「生きてたってか?もう死んでるじゃねぇか。有機物から無機物に変わってるんだから、お前が必死に握っている格子と変わらねぇよ」

「ふざけるな!テメェ!」

「うるっさいな、ちょっと黙ってろよ」

「…がッ」

首輪が急激に閉まり、0番の口元から泡を出始める。

「お前には今から戦ってもらう。その殺意は敵にぶつけてこい」

首輪を締められた影響なのか、意識が混濁し続ける。そんな中、どこかに引きずられていることがわかった。

「やめ…ろ、僕…は…」

「お前に拒否権なんざねぇよ。俺の".ダーウィン計画"の成功例になってもらうんだからな。まぁ、お前じゃなくとも拒否権なんざないがな」

再び室内に放り込まれ、床に叩きつけられる。首輪の締め付けがなくなり、脳に酸素が供給され、視界がクリアになる。

「がはぁ…、ざけんな」

吐き気と嗚咽が混じり、地面にゲロを撒き散らす。

「だ…、大丈夫?」

「…ッ!?」

その声には聞き覚えがあり、俺はゆっくりと顔を上げる。

「…4…60…番」

まさか…、嘘だろ。

目の前の現実を受け入れることができず、周囲を必死で探す。でも、僕たち二人以外誰もいない。

「昨日ぶり…、だね」

「やめてくれよ!幸神!僕は…、僕は、こいつと殺し合いしたくない!」

その叫びは室内に虚しく反響するだけで、それに応えられることはなかった。

「僕を殺すんだ。僕は…、殺したく…」

「お…、落ち着いて。じ…、時間制限なんてないんだから」

ゼー、ゼー。

呼吸がうまくできない。

吸っているのに、酸素を取り込んでいる感覚がない。僕はまだ、首を絞められているのか。

「い…、異能者に…、なったん…、だね」

「異能者?あぁ、たしか幸神がそんなことを言ってたな」

異能者というのがよくわからないが、人間から化物へと変貌したことはわかっている。

「《略奪》」

異能者の自覚と共に、口からこぼれ落ちる。

手をかざした先の壁が、抉れたように消えて無くなる。

「なんだ…これ」

「こ…、これが異能だよ。き…、君は、それを扱う人…、異能者になったんだよ」

「異能…者」

「この世のあらゆる法則を捻じ曲げる能力。そ、それが異能」

「なんだよ…それ」

こんなの、こんなもの、"人を殺すためにあるようなもの"じゃないか。

「0番…、き…、君はお姉ちゃんを探さなきゃ…、なんだよね」

460番は0番の手を広げて、自分の胸に押し当てる。

「ぼ…、僕は、君よりも二年早くこの施設にいる。君がきてからはあんまりなかったけど、毎時間毎分毎秒殺し合いをしていた時期があったんだ。僕は…、30万人をこの手で人を殺しているんだ」

静かにされど淡々と、重たい事実を話す。だが、その顔は希望に満ちていた。

「何を話しても誰にも届かなくて、僕は言葉を話すのが嫌になったんだ。だけど…、君の、君たちのおかげで僕は…」

「…やめろ」

「話せる…、話せるようになってきたんだ」

「…やめてくれ」

「でもさ、辛いんだ。生きていくのが」

「…お願いだから」

「眠るたびに、殺してきた人たちが僕に囁くんだ。なんで、お前は生きているんだってね。殺した僕が悪いけど、でももう流石に限界でさ」

「…言うな、それ以上」

「0番…、僕を…、"僕たち"を殺してくれ」

懇願するように、哀願するように、0番の腕を確かにされど優しく握る。

「君は僕よりも、生きる理由を持っている。だったら、少なくとも僕を殺さないといけない。そして、僕は生きる理由を亡くしている。だから、僕は君に命を託すよ」

「僕…は…僕は…」

「君の異能を使うんだ。あれなら、跡形もなく消し飛ばせるだろう。それに、苦しむこともないだろうし」

「…くっ」

唇を噛み締め血を流し、目尻に涙をこぼしながら0番は静かに発する。

「《略奪》」

放たれた異能は、砂山が風で飛ばされるように、460番の体を分解していく。

「さっきとは違うね。でも…、穏やかに死ねそうだ」

「……」

それ以上0番は言葉を発することはできず、目の前の光景を脳髄に焼き付けることしか出来なかった。

「ありがとう、0番」

死に際に、460番は笑顔を浮かべた。

それは、絶望卿から離れる希望に満ちた人間の顔だった。

「また…奪ったのか。これで…、3度目なのか」

少年、467番、460番。

見知った顔も、見知らぬ顔も、知っている人間も、何もかもが死んでいく。

僕のせいで、僕の目の前で。

「ハハッ、アハハッ、アハハハハ」

0番は状況を受け入れることができず、乾いた笑いを出す。その目尻には黒い涙を浮かべ、足を黒い水が染めていく。

「アハハ、ハハハハハ」

堪えきれなくなった笑いは鳴りを潜め、0番は真顔に変わる。

「決めた…、"俺"は、怪物になる」

静かな決意ともに、最狂への一歩目を踏み出した。

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