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第二部 中盤 異能開発機構回顧録1 中編

それから二年の歳月が経過した。

人間で言えば、僕は4歳ということになるのだろうか。小学生にも満たない年齢であるが、この閉鎖されている世界のおかしさを気づくには十分な歳月だった。

今部屋の中にいるのは、俺を含めて四人ーー

72番と73番と460番だ。

他はお姉ちゃんと同様に、幸神に呼び出されてから帰って来なかった。

「0番…、ご飯…だよ」

460番は痩せた0番の目の前に、お盆に乗せられた食事を置く。

「あぁ、ありがとう」

「ほら…、食べて。元気…、出してよ」

「あぁ、そこに置いといてくれ」

姉を失った精神的ショックは大きく、そこに追い討ちをかけるように命をかける訓練を日々繰り返していた。

人間性をすりつぶしていくような日常は0番から感情を奪い、部屋の中では壁に寄りかかって食事もせずに茫然とする日々。

「おい、悲しいのはわかるが、いつまでそんなことを繰り返すんだ」

「…あぁ、そうだな」

72番の詰問に、0番はぶっきらぼうに答える。

まるで、誰かに台本を渡されて、それを読み上げているだけの壊れた人形のように。

「0番。悲しいのはわかるけど、そのままじゃ、お姉ちゃんだって悲しむわよ」

「…あぁ、そうだな」

「末期だな」

72番は0番の変わりように戦慄する。

一年前まではこの励ましに対して、八つ当たりで姉がそばにいることを怨むように、あるいは妬むように声を荒げていた。

だが、そんなことする気力すら持ち得ない状態になっている。

「こ…、こんなの…、死…、死んでるのと一緒だよ」

不安が増す部屋を打ち破るように、無機質な扉が開く。

「何だ餓鬼共。集まって、脱出の計画でも図ってたのか?百回ぐらい試してダメだったんだから学習しろよ…って、そんな話じゃねぇのか」

「幸神!いいから、5108番が死んだのかぐらいは答えろ!」

「だから、しらねぇって言ってるだろ。お前らみたいなやつが1000万?一億?近くいるんだから、いちいち把握してられないっての。ったく、一匹死んだぐらいで壊れやがって、廃棄処分か?」

幸神は雑に0番の顔面を掴み取る。

だが、それに対して最早なんの反応も示さない。

「はぁ、いいや。前倒してやろう、こい0番」

無気力状態の0番を無理やり引っ張り、そのままずるずると部屋の外へと引きずる。

「やめて!そんな状態の0番に"あれ"をさせるつもり?」

「そうだ、お前らも知ってるだろ?生存本能ってやつは実に便利でな、死にかけりゃ勝手に動くだろ?それで直ればラッキー、ダメなら廃棄だ」

「や…、ダメ」

「五月蝿せぇな。どいつもコイツも殺すぞ」

ギラリと三人を睨みながら、幸神は部屋の外へと0番を引きずる。三人は首輪の恐怖のせいで、それを黙って見送るしかなかった。

「ねぇ…ちゃん」

生きた心地がしない。

出会った日はあんなに世界が色づいて見えていたのに、今では世界が黒く見える。

施設は白いはずなのに、人の顔も人の声も、黒く歪んだ何かとしか認識できない。

そうか、僕は死んでいるのか。

…いや、まだ生きているのか。

だって、僕の目は、

お姉ちゃんを、

認識できていない。

「ったく、自分で歩けもしないとな。不便なものだが、お前は簡単に廃棄処分できるような存在でもないからな。強制修理と行こうか」

その宣言と共に、幸神は大広間に0番を放り込む。

そこはまるで動物園のように、四方八方ガラス面で構成されていた。

「僕は…、僕…は」

壊れたいのに、壊れきれない。

この矛盾は人間であるだろうからか。

人間を辞めれば、この矛盾は無くなるのだろうか。ならば、僕はとっとと人間を辞めたい。

この何もない場所から、

"黒いだけ"の場所から、

地獄から、

消えていなくなりたい。

「さてと、じゃあ始めるぞー」

その掛け声共に、0番の向かい側の扉が静かに開く。そこには…、一人の子供が立っていた。

首輪をつけて、その首輪にドックダグをつけて、体を震わせる子供が。

「……、はぁ?」

そこで0番は久々に感情を見せた。

いや、反応をした。

目の前の事象のおかしさに。

置かれた状況の異常さに。

「さぁ、お前ら。殺し合え」

天井の隙間から、まるでゴミを捨てるように、刃物が次々と降ってきた。

どれも血塗られて錆びつき、けれど刃だけは異様なほど鋭利だった。

「ぼ、僕はまだ、い…生きたい。だから、僕の代わりに死んで!」

向かい側にいた子供は近くの刃物を抜き、涙をこぼしながらも0番へと突進を始める。

「はぁ?」

理解が追いつかない。

というよりも、脳が理解を拒んでいる。

意味を知らない。

意味がわからない。

意味を理解できない。

これは、現実なのか。

「反撃しろ0番。でないと、待っているのはーー

死、だぜ?死んで終えば、2度と"お姉ちゃん"に会えなくなるかもなぁ?」

「お姉ちゃん!?」

「生きてるかも知れないぞ?少なくとも、ここで死ねばそれはわからなくなるなぁ?」

どういうことだ?

お姉ちゃんは幸神に呼び出されて…、まさか。

「殺し合いを…させてる…のか」

答えに辿り着いた0番を見下ろし、幸神はニヤリと口角を上げる。

「さて、どうだろうなぁ?」

「幸神ぃぃ!」

「俺ばっかり見てていいのかよ、ほらそろそろくるぜ?」

「うわぁぁぁぁぁ!」

視点を戻すと、目の前には子供がおり、すでに刃物を上段から振り下ろそうとしていた。

「くそっ!」

反射的に両手が動いていた。止めるつもりなどなかった。ただ、死にたくない一心で——真剣白刃取りをしてしまった。

「おいおい、死にたかったんじゃないのか?何生きようと必死になってんだよ。さっきまで、惨憺たる有様だったくせに」

「うるっさい!」

そのまま手を捻り、止めた刃を見事に折る。

「やめろ!俺は、お前と殺し合うつもりはない!」

「うあああ!」

「…っ!?」

0番は叫ぶが、その言葉が聞こえていないのか、子供は拳を振りかぶる。

「おいおい、ダメだぞ。殺し合いをさせているんだぜ?水を指すような真似をしてんじゃねぇよ」

「テメェ…、あの子に何かしてんのか」

「ん?いや、お前もそうだが、殺してもいい大義名分をくれてやっているじゃねぇか。お前は生きて帰らなければ姉の生死を確認できないし、そいつは生きて帰らなければ弟が死ぬんだぜ?」

「クソ、イカれてやがる」

迫り来る拳を避け続け、出入り口を確認する。

「…そこか!」

近くの刀を無理やり引き抜き、入ってきた出入り口に袈裟斬りを放つ。だが、小さな火花が起きるとともに、刀は弾かれる。

「だから無駄なんだよ。刀を振るうべきは、後ろの子供だ」

「…ッ!」

後ろを振り返ると、刀を構える男の子がいた。

「僕は…、すでに二回もやってるから、人殺しだ。だから、僕を殺すことに遠慮はいらないよ」

「やめろよ…、やめてくれよ…」

刀を向けられても殺す覚悟は伴わず、ただ後ずさることしかできなかった。

「君は優しいね。でも、僕は弟を守るためなら、容赦はしない!」

泣き叫びながら、彼は刀を振る。

どうやら、俺と同様に訓練は施されているため、一太刀一太刀がかなりの練度であることわかる。こうやって、逃げてばかりだといずれ真っ二つに切れて終わりだろう。

「はぁ、つまらん幕引きになりそうだな。そんなに奪われたいのか」

「奪われたい…だって!?お前が奪ったんだろ!この施設に放り込んで僕から母親を奪って、さらには姉を奪った!僕はいつだって、自分から望んで奪われたわけじゃない!」

0番の怒号に、幸神はクックッと笑う。

「お前は馬鹿か?"強さ"を持っていないから、奪われるんだよ。現に、お前は目の前の奴の"殺す強さ"がないから、命を奪われようとしてんだろ?姉とか母親もそうだぜ、強さが足りないから自分の思い通りにすることができないんだよ」

「そんなの…ただの言い訳だろうが!」

「だが、その詭弁を実行できなきゃ、死んで終わりだ」

「…くっ、どこまでもふざけやがって」

迫り来る刀を、返す刀でなんとか防ぐ。

「うわあああ!」

「…ッ!」

悲痛な叫びと共に、少年は刀を振るう。

それに合わせて打ち合い、均衡を維持する。

「…して、…して」

少年は鍔迫り合いの中、一言だけこぼす。

「殺…して」

「なん…だって」

刀を激しく振るい、強烈な金属音共に互いに一度距離をとる。

「殺さなきゃ…いけないのか」

0番の脳はやっと目の前の状況を受け入れ、情報の咀嚼を始めていた。だが、理解が及んでいても意味はわからない。

目の前の少年を、

目の前の人間を、

殺さなくちゃならない。

「奪われた…ってことか」

僕もそうだったが、彼はもう限界だ。

命がかかっている状況なのに、死を殺し合いの相手に懇願するなんて。

「生きる意味を…、生きる理由を…、生きる意思を…」

僕にできることは介錯をするしかないのか。

「うわあああああ!」

少年は飛び上がり、大上段に構えた刀を振り下ろす。まるで、それは訓練でするマネキンがするような動作。

「…ッ!」

それはいつもの反復動作だった。

訓練した時を呼び起こすかのように、マネキンを倒すかのように、刀が振り下ろす前に反射の一閃が子供の上半身と下半身を切り離す。

「あり…がとう」

地面や0番の半身に血を撒き散らしながら、グチャリと奇妙な音を立て地面へと落ちる。

「はぁ?」

思考が…、追いつかない。

僕は今、何をしたんだ。

何をやってしまったんだ。

混乱をしながら、恐る恐る地面を見やる。

そこには、血を垂れ流しながら、内臓をこぼす少年の死体があった。

「ああッ…、ああああッ、ああああああ」

地面に落ちた血や内臓をかき集め、体に無理やり押し込む。上半身と下半身をどうにかくっつけようと、二つを擦り合わせる。

だが、それは意味のない行動だった。

「そんな…、僕が…、僕がこの手で」

「よかったな。生き残ったじゃねぇか」

奪ってしまった。

奪うことしかできなかった。

「僕は命を奪ったのか」

ドックン。

殺人を犯した自覚と共に、0番の心臓は殴りつけられたような拍動を引き起こす。

「僕は…、僕はッ…」

ドックン!ドックン!ドックン!

「来たぞ…、いつだって異能者の覚醒は見ものだな」

ドックン!ドックン!ドックン!

「…ッ」

ばたり。

0番はあまりのストレスに生を受け入れられず、心停止を引き起こす。

「さぁ、甦れ。最強の異能者よ」

ドックン!

幸神に呼び出されるように、0番の心臓は拍動を始める。

「…なんでだ、なんで僕は生きてるんだ」

景色が暗転して、倒れ伏したはずだ。

なのに、なんで起き上がれるんだ。

「おめでとう、0番。君は異能者になれたんだ」

「僕に何をした」

「俺はなんもしてねぇよ。お前がしたんだよ」

「僕は何をしたんだ」

「異能者になったんだよ。人間をやめた、正真正銘の化物にな」

「化…物」

震える両手は、大量の血に染められていた。

「僕は…、化け物に…」

死ぬことを望み、人間であることを止めようとした。

だが、僕が望んだのはこんな結末じゃない。

「…どうしてだ…なんでだ」

0番は膝を降り、少年の上半身抱きしめる。

下からボトボトと内臓は落ち、0番の膝を血で染める。

「くそ…、くそおおおおお!」

悲痛な絶叫は誰にも届くことはなく、ただ大広間に虚しく響くだけだった。

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