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第二部 中盤 異能開発機構回顧録 1 前編

ここから始まり、ここから終わる。

最初は語られ、最後は暴かれる。


動物の数え方は最後に残るもので決まる。鳥の場合は一羽、牛などの家畜は一頭。では人間の数え方は何か。そう、一名である。

姿形は失えど、名前として世に生きた証を刻む事ができる。故に、俺は自分の殺した人間の名前を今日も壁に書き記す。

「よう、墓標。今日も趣味に没頭してんな」

「趣味じゃねぇよ。礼儀みたいなものだ」

壁に名が連なる。そのどれもが死んだ名前であり、それはまるで墓を作っているようだった。勝負においても圧倒的であり、負ける様子も見せず、戦う事は自身の生の終着点と皆口々に言う。

そのこともあり、この男の事を『墓標』と呼ぶ。

「5108番。いや、コトハ。俺はこれで"対話をしている"ことになるんだろうか。それとも…」

最初に刻んだ番号。最初につけた名前。

これは俺が犯した原罪の証拠でもあり、生きながらせさせる呪いでもある。その呪いを今でも払拭することはできず、文字を見るたび、断末魔が数年経った今でも蘇る。

「0番。こい」

「あぁ」

これは回顧録。

歴木言葉の過去の人格である、零という最狂の異能者を、異能開発機構という地獄が生み出す物語であり、血人豪雨災害の正体を暴く物語。

さぁ、語ろう。

英雄の原点を、英雄の原罪を。


目が覚めると、そこは知らない場所だった。

「…?」

目の前には縦型の水槽がいくつもあり、そこには少年少女が浮かんでいた。そんな奇妙な光景が広がっているにも関わらず、男の子はその景色に違和感を覚えることができなかった。

なぜなら、それが生まれて二年しか経っていなかったからだ。

「0番、もう目覚めたのかね?」

「おじさん、だぁれ?」

「僕かい?僕は幸神(さいのかみ)って言うんだよ。君とは長い付き合いになりそうだからね、特別に名乗ってあげるよ」

男の子は抱き上げられながら、その笑顔にぞっとした。

「……きもち、わるい」

舌足らずながらも、確かにそう口にした。

生まれたばかりのその心が、本能で見抜いたのかもしれない。目の前の男が、決して“まとも”ではないことを。

「うーん、小学生ぐらいまで急成長させたのに、口が発達してないね。まぁ、しょうがないか。あはは」

笑いながら幸神は0番を抱いたまま、別の部屋へと歩き始める。

「どこに、いくの?」

「お友達だよ、欲しいだろ?君と同い年ぐらいで合ってるかな?まぁ、ぐちゃぐちゃでも関係ないか。子供なんだから、一、二年の差異なんて誤差みたいなものさ」

幸神は研究所でも偉い立場にあり、通り抜けていく研究者は絶対にお辞儀をする。

「おじさん、偉いの?」

「ははは、なんてたって所長だからね」

この時の記憶を0番は明確に持つことはできなかったが、二つの事柄だけ確実に思い出すことができる。一つは、幸神の最初の笑顔。二つ目は、研究者の後ろについていく子供たちの目だった。それはまるで、この世に希望など存在しないと思っているような、世界の終わりが訪れているかのような、そんな諦念を凝縮したような目だった。

「…?」

だが、0番は未だ幼く、その目の意味を知ることはできなかった。

「ほら、ついたぞ。ここだ」

「…ここ」

子供部屋086と書かれた紙が貼られており、それ以外はただの無機質な扉が聳え立っている。

「さぁ、今日からここがお前の家だ」

幸神は慣れた手つきでパスワードを打ち込むと、扉は主人の帰還を待ち侘びていたように、すぐさま開く。扉の向こうには三十人以上の子供たちがいた。

「よいしょっと、じゃあな」

「…え」

幸神は0番をすぐさま部屋の床へと座らせ、短い一言で扉の向こうへと消えていった。

「…え、えー」

唇を震わせ、目を大きく見開きながら、ただ呆然と座り込んだ。

急に変わった場所の冷たさ、知らない子供たちの視線、そして何よりも、かつての母親のぬくもりのない孤独に、0番の小さな心は耐えきれず…。

「あぁぁぁぁぁ。ママぁぁぁぁぁ」

泣いた。

その泣き声で無関心だった子供たちの視線も集まり、0番はその恐怖でさらに悲鳴あげる。

「ママぁぁぁ!帰りたいよぉぉ!!」

ワンワンと泣き続ける0番に、部屋の片隅で本を読んでいた少女が静かに抱き上げる。

「よしよし」

「…ママ?」

「違うよ。ママじゃないよ」

「ママ…じゃ…ないの?」

素直すぎるその言葉に、0番は目に涙を溜める。

「ママじゃないけど、お姉ちゃんにはなってあげるよ。なんてったって、この部屋では私が一番年上だからね」

少女は0番に向かって、静かに笑いかける。

「ママじゃないのなら、誰なの?」

「私?私は5108番だよ」

「5…1…08?」

「そう、ここではみんな番号がついているんだよ」

「番号…、僕のは何番なの?」

「君は0番だね。首元のタグを見てみてよ」

0番は首元を指先で探って、かちゃりと冷たい金属の感触にびくりと震えた。

「これ…なに?」

「…首輪…だよ」

先ほどまで柔らかい笑顔を浮かべていたが、少し陰りを見せる。

「ほら、ドックタグがついてあるでしょ。ほら」

「う、うん」

確認すると、そこには0番の文字が彫られてあった。

「これが今日からあなたの"名前"だよ。…0番って呼ばれたら、あなたのことを呼んでるって事よ」

「…わかった」

幼い0番には名付けの冷たさも、この状況のおかしさも、わかることはできなかった。

ただ、変化していく目の前の状況を受け入れていくしかなかった。

「……少し怖いかもしれないけど、少しずつ慣れていこうね。じゃあ、とりあえずみんなに挨拶しようか」

抱き抱えていた0番を静かに下ろし、部屋全体を見渡すように姿を晒す。

「0番…です。みんな…よろしく」

パチパチと、まるで決められていたかのように拍手をする子供たち。

拍手をしていない子供もいたが、0番はなんとなく新しい場所に受け入れられた気持ちになった。

「うん、紹介できてえらいね。みんなもよろしくね」

0番は5108番に手を引かれ、みんなの元へと共に歩くのだった。


数ヶ月。

そこまでの日にちが経てば、次第に慣れてくるというもの。

「おもしろい?それ」

「うん、面白いよ。お姉ちゃん」

お姉ちゃんの趣味は読書だったので、僕はそれに付き合うために部屋中の本を片端から読破した。おかげさまで釣り合っていなかった言語能力が、いつの間にか体を追い越してしまった。

「0番さ、本当にお姉ちゃん大好きだよね」

「そうだよ、僕は将来お姉ちゃんと結婚するんだ。嫉妬なんかやめてよね、1017番」

「シスコンかよ、気持ち悪っ」

結婚とまではいかないが、正直お姉ちゃんの近くにはいてあげたい。

「どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ。お姉ちゃん」

その笑顔が、壊れてしまいそうで怖いんだ。

「0番、こい」

無機質な扉が開くと、白衣の男が呼びかける。

「わかった。お姉ちゃん、行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい」

会話をすることもなく、黙々と白いだけの廊下を歩き続ける。

「…」

思えば、ここには窓もなく、出入り口めいたものもない。数ヶ月も経ったというのに、僕は未だ自分の出自を掴めずにいる。僕は一体、どういう過程を経てここにきたんだ。

「はいれ」

「へいへい」

命令されて入った場所は、トレーニング室。そこには大小様々な刃物と、あらゆる種類の銃火器が置いてある。

「やり方はわかるな?プログラムに沿って、トレーニングしろ」

「はいはい」

白衣の男が扉を閉めると、トレーニング室には瞬時にロックがかかる。

「はぁ…ったく、逆らうことができないことがわかってるからって、やりたい放題だよな」

僕は一度、命令に背いたことがある。

だが、その時に手痛いしっぺ返しを食らったことがある。その原因は首輪だ。

電撃は流れるし、首を絞めることもできる。

まさに、生殺与奪を奪われている状態。

家畜のような扱いをすると思いきや、訓練をさせて力をつけさせるような真似をする。

「度し難い…が、利用できるもんなら利用してやる」

近くにあった刀を掴み取り、赤い線まで歩みを進めて、虚空に向かって刀を構える。

すると、ピピっと小さな電子音が鳴り、部屋の奥の扉が開く。暗闇の奥から、関節が逆に曲がるような不気味な動きで、四つ腕のマネキンが這い出してくる。

「相変わらず不恰好というか、人間らしからぬ造形だよな。何を想定してるか、全くわからん」

マネキンは四つの関節を不気味に動かしながら、腰から二丁の拳銃と背中から2本の刀を抜く。

「距離をとってもダメ、距離を詰めてもダメってことか。非常にめんどくさいな」

マネキンを睨め付けながら、勝ち筋を頭の中に思い浮かべる。

「これならいけるか?まぁ、アドリブでなんとなるだろ。負けたことないし」

勝ち筋を実行するべく、0番は勢いよく地面を蹴る。

「標的確認。排除開始」

マネキンは瞬時に拳銃の引き金を引き、0番へと弾丸を飛ばす。その弾道は実に正確で、走る0番の心臓と脳へとぴたりと合わせる。

「相変わらず読みやすくて助かるよ」

0番は逆袈裟で二発の弾丸を薙ぎ払い、一気にマネキンとの間合いを詰める。

「排除!排除!」

2本の刀が0番を叩きつけようと、大上段が振り下ろされる。

「遅い!」

振り下される瞬間、刀を持っていた2本の腕を切り落とす。

「受け止めても距離を取っても銃でやられる。なら、こうしないとダメだよな!」

残りの二つの腕も切り落とし、無防備になったマネキンの胴を、狙い澄ました一閃で真っ二つに断ち切る。

「まぁ…、こんなものか」

残骸を眺めながら納刀すると、上の方からザザッとノイズ音が鳴る。

「お疲れ様です。本日のトレーニングは終了いたしました」

人間の声を継ぎ接いだような無機質な音声が終わりを告げる。

「トレーニングは名ばかりだよな。まぁ、みんなみんなこんなやつと戦ってるか知らんが」

納刀した刀をあった場所に置き、扉の目の前へと立つ。すると、来た時とは別の白衣の男が扉の向こうから現れる。

「行くぞ」

「へいへい」

いつもの部屋へと戻り、すぐさま部屋の隅を確認する。そこには、いつも通りお姉ちゃんが本を読んでいた。

「おかえり、0番」

「ただいま」

周囲を確認する限り、今日は人数は減っていないようだ。僕が入って来た頃は三十人以上いたが、今では十人まで数を減らしている。

それも、減り始めたのは最近のことだ。

訓練なんて僕が入ってくる前からやっているはずだから、訓練だけでこんなに人数が減るはずがない。

そんな違和感を抱えているのに、残りの九人にその真実を問えずにいる。

何故なら、禁忌に触れるような気がするからだ。

「おいおい、俺らにもただいまって言えよ。寂しいじゃねぇか」

「そうやってだる絡みするから嫌われるのよ。私は大丈夫よね?」

目の前で言い争うのは72番と73番。

双子の姉弟で、違いとしては性別の差異だけだ。どっちも中性的な顔立ちで、正直見分けつかない。口調を変えて服を入れ替えでもされたら、入れ変わりなんて簡単だろう。

「喧嘩するほど仲がいいって、二人のためにあるよね」

「「誰がこんなやつと!な…!ハモるな!」」

「アハハ」

目を部屋の方に移すと、図鑑を片手に静かに手を振る男の子…460番がいた。

「おか…えり」

「ただいま」

喧嘩する二人をよそに、黙々と本を読むお姉ちゃんの隣へと腰を落ち着ける。

「よかった…、今日も大丈夫だったんだね」

「もちろん。マネキンになんか負けないさ」

「…そうね」

そんな会話を交わしている時に、扉がゆっくりと開く。そこには、幸神がポケットに手を突っ込みながら立っていた。

「5108番ってやつはいるか?」

「…あたしです」

「お、お前か。んじゃこい。他のやつは待機な」

しおりを挟んでから、本を近くの棚上へと置き、すぐさま立ち上がる。

「待ってよ、お姉ちゃん!」

どうしてそんな声が出たかわからないが、引き止めなきゃいけないと直感的に感じた。

「ダメだよ、私は行かないと」

「そうだぞ〜、来ないと絞め殺しちゃうぞ〜」

「…っ!この外道がッ!」

「おぉ、人に吠えるほど成長したのか。まぁどうでもいいが、ここではその外道がルールなんだよ。ほら、とっととこい」

「…はい」

「お姉ちゃん!」

「大丈夫だよ、すぐに帰ってくるから」

消え入りそうな笑顔は、無情な扉によって遮られた。

「…お姉ちゃんが」

「大丈夫だ帰ってくる。ここにいる誰よりもトレーニングをしてるから、誰よりも強いはずだ。心配しなくてもいい」

「黙れ、72番!近くに姉がいるお前に何がわかるんだ!」

これは八つ当たりだ。

そんなことわかっている。

でも、お姉ちゃんが死んでしまったら。

僕は二回も家族を失うことになる。

「大丈夫よ、0番。彼女は本当に強いんだから。少なくとも、私の実力は彼女に及ばないわ」

みんな慰めてくれる。

だが、このいいしれぬ強い不安はなんだ。

「…ッ!くそぉ!」

しかし、0番の予想はものの見事に的中する。

幸神に呼び出されてから、5108番がその部屋に帰ってくることは2度となかった。

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