第二部 前半最終章 dead or die2
「暴け、《修羅道》」
静かに放たれた言葉とともに、修多羅の目に映る。
敵の急所。そこに至る最短の道筋。
殺すための”道”が、完全に視えている。
「道は示された。お前を殺すための」
「……ッ」
不知火の顔に、初めての動揺が走る。
圧倒的な優位があるはずだった。なのに今、自分の命に、奴の手が届いている。
本能が叫んでいる。「殺される」と。
「やっと、余裕が剥がれたわね」
「ふざけるな!私がどんな思いで!どんな気持ちで!ここまで強くなったと思っているのよ!たかが死にかけたぐらいで、追いつけるものじゃないでしょ!」
「知らないわ。あなたがどんな気持ちで過ごして、どんな過程で異能を発現させて、どんな戦いを経たのか知らない。というか、至極どうでもいい。でもそれは、私のこれからを捧げれば釣り合うものだったのよ」
修多羅はゆっくりと踏み締める。
現れた道をなぞるように、殺意を練り上げながら、静かに歩く。
「覚悟しろ、私がお前を道連れにする」
覚悟と共に踏み出した瞬間、修多羅の姿は残像すら残さずに消え去る。
「…ッ!?ど、どこだ!」
「見つけられないの?どうやら、本当にあなたを超えたようね」
あまりの速さに影すらも捉えることができず、踏み出す音も聞こえない。
姿形のない殺意だけが不知火をぐるりと囲む。
「かつて言ったわね、型通りでは予測がつくと。故に、防ぐのも容易だと。だから、お前のために新しく作ったわよ。非天無獄流の続きを」
加速し続ける中で、修多羅は全身に力を込め、不知火へと勢いよく方向転換する。
「非天無獄流天式・獄樂」
勢いよく近づき、掌底と蹴りを繰り出す。
破岩一掌からニ牙白胴の顎への蹴撃を組み合わせ、不知火を天高く放り上げる。
「まだまだ!」
「ガハッ…、方向が見えていれば対処はしやすいわ!」
不知火の背中から無数の蛇が生え、修多羅へと殺到する。
「無駄な事を…」
手刀へとすぐさま切り替え、両腕を鋭利な刀へと変える。
「非天無獄流・十握剣!」
向かいくる無数の蛇は、修多羅の勢いを削ぐこともできずに、無惨にも手刀でバラバラにされる。
「なっ…、毒もあるのよ」
「そんなもの死にかけの私が気にすると思う?さぁ、獄樂はまだ終わってないわよ!」
「くっ、まだ終わりじゃ」
「ないでしょうね」
四壊波星で両腕両足を撃つことによって、不知火の拳法による抵抗を無効化する。
「この」
「遅い!」
五雲盛苦で意識を強制的に刈り取り、最後に顎へとムーンサルトキックを放つ。意識を失った不知火は地面へと自由落下を始める。
「これで終いよッ!」
体を翻し、領域の天井へと両足を乗せ、不知火に狙いを定めて飛ぶ。
「おおおお!」
全身に広がっていた紋様が繰り出した右足に集中し、歪な紋様を浮かび上がらせる。
「非天無獄流・奈落ッ!」
神速の蹴りは不知火の身体を正確に捉え、そのまま地へと墜とす。轟音と共に地面を滑り、そして、鉄と硝子の軋む音を伴って、近くのビルへと突っ込んだ。
「ハァハァ…、これでどうよ」
ブツブツと示されていた道が途絶える。
どうやら、もう少しでタイムリミットが来るようだ。これで終わってくれればいいがーー。
「…と…ない。みと…め…ない」
全身から血を垂れ流しながら、瓦礫からからゆらりと体を起こす。
「私は認めない。私が破られるなんて、私が殺されるなんてそんなの認めない!」
「ハァハァ…、しつこい女は嫌われるわよ」
「黙れ黙れ黙れ!」
「…っ」
不知火のあまりの剣幕に、修多羅は少し後ずさる。
「もういい。殺されるというのなら、どうせなら世界と共に死んでやるわ!」
血と肉が音を立てて引き裂かれ、骨すら悲鳴を上げるように膨張する。不知火の身体は理を踏み外したまま、巨獣のごとき異形へと変貌していった
「くっ…、どこまでも迷惑なやつね。最後よ!暴け、《修羅道ッ!》」
途切れ途切れでありながら、異能は修多羅の意思に応え、一つだけの道を――終わりへと続く道を示した。
「この拳に私の全てを」
右足に集中した紋様は、今度は右腕だけに集中する。膨張し続ける不知火から少し距離を取り、静かに拳を構える。
「ーー行こう」
目を閉じて、数えきれぬ記憶を辿る。
光り輝いていた日々すべてに、別れを告げる。
涙がこぼしながら、拳を不知火へと繰り出す。
「ハァァァァ!」
繰り出された拳は膨れ上がった不知火の肉壁を次々と貫通する。モグラのように肉をかき分けながら、中心の不知火を露出させる。
「これが私の全部よ!」
文字通り全てを載せた拳が不知火を捉える。
「アアアアアアッ!」
胸に拳が捩じ込まれ、自我を失った不知火は発狂し、血潮が噴き出し、狂気もろとも崩れ落ちる。力を使い果たした修多羅はそれに抗うことができず、溢れ出した血潮に呑まれ、修多羅の身体は静かに押し流されていく。
「…ここまで…ね」
不知火の生死を確認したいが、どうやら悠長な時間はなさそうだ。
「…私、頑張ったよね」
先ほどまで曇りだった空から、その隙間を除くように太陽の光が差し込む。まるでよくやったと褒めるように、太陽が修多羅を照らす。
「凛…、言葉…、みんな…、私…」
瞼は重さがマシ、最後まで言葉を紡ぐことができず、修多羅はゆっくりと目を閉じた。
ザクザク。
私は歩く。
示された道を、地獄へと地続きの道を。
「よう、修多羅。随分と満足そうじゃねぇか」
「ワンか、今日は偉そうな口調じゃないのね」
「そんなつもりじゃないんだがね、人が人に教えようとするとそうなるのかもな」
「人のせいにするんじゃないわよ。ったく、よくもまぁそんなペラペラと口が回るものね」
「まぁな、生きてた頃はそういう奴といたからな」
「生きてた頃…か。そういえば、ワンは生きた頃はどんなだったの?」
「生きてた頃か…、そうだな」
そういうと、修多羅の体の向きをワンはぐるり180度回転させる。
そこには、先が照らされた道があった。
「それを知りたいなら、お前は向こうに行け。あっちにいくのは私の役目だ」
「何言ってるの、私はもう死んでるのよ!」
「凛の時も言ったが、死んでも死なねぇんだよ」
「はぁ?どういうことよ」
ワンはため息をつき、やれやれと肩をすくませる。
「死ぬのは私の"役割"ってことだ空気を読め空気を。私たちはね、お前らを生きながらせさせるために、《言魂》によって万が一死んでも大丈夫なように、私たちの魂をお前たちの中に入れていたんだよ」
「ちょっと待ってよ、どういうことよ」
「細かいことは知らん。そういうのは零とかに聞け、あいつの異能なんだから」
「待って…、零って誰よ」
修多羅の質問にワンは目を丸くする。
「あ、そっか、お前ら知らないのか。零はえーっと、今は歴木言葉って呼ばれてるんだったかな?」
「言葉!?」
「まぁ細かいことは聞け。代わりに死んでやるから、とっととお前は生き返れ」
「待って」
「まだ何か」
「あなたの名前を。私はまだ、あなたのちゃんとした名前を知らない」
「だからワン…、そういうわけじゃないのか。ならば名乗ってやるよ」
高校生の見た目から小学生の姿へと一回転しながら変わり、腕組みしながら胸を張る。
「改めて、私は異能開発機構No.1。略称ワンだ。王と書いて、ワンと読む」
王は胸を張り、力強く声を張り上げた。
「そう、王。あなたがいたことを忘れないわ」
「いいよ、私はすでに死人だ。だけど、お前の友人の末席に加えてくれたら嬉しい。じゃあね」
名乗りを終えた王は、燃え盛る地獄への道を歩き始める。その背に後悔などなく、その足取りは迷いのないものだった。
「…ありがとう」
その背に静かに感謝を伝え、光り輝く現世への道を歩み始める。瞬間、まばゆい光に包まれ、視界は白に染まる。
「…ちゃん」
なんだ…、声が聞こえる。
「さ…、ちゃん!」
凛の声…?
「砕ちゃん!」
「り…ん?」
静かに目を開けると、そこにはボロボロの識と、心配そうに顔を覗き込む凛がいた。
「よかった…、生きてた」
「…えぇ」
生き返った?
本当に?
「よかったよぉぉぉ!」
「識ちゃん!?」
識は飛び上がり、小さい体で全体で修多羅の体を抱きしめる。
小さな身体の熱が、確かに命を持って自分を抱きしめている。
修多羅は、ようやく“生きている”と実感した
「帰ろう、砕ちゃん」
「ええ、そうね。帰りましょうか」
二人に肩を貸してもらい、ボロボロの体を引き摺りながらその場を後にする。
死が隣り合う戦場から、平和な日常へと。




