第二部 前半最終章 dead or die 1
「こんなものか!この程度か!」
一対三という戦闘において、超不利な状況に陥っているのにも関わらず、不知火は三人の攻撃を的確に見抜き、全身を使って蹴散らす。
「まだまだ!いくよ、砕ちゃん!」
「ええ!」
二人は地面を蹴り、不知火へと仕掛ける。
「非天無獄流・二牙白胴!」
鋭く放たれる二発の蹴撃。
一発目の腹部への重撃は見事に受け止められる。
「学習しないわね!」
「それはどうかしら!」
顎をかち上げるはずの蹴りは、不知火の予測通りに避けられる。だが、それを見越していたように掴まれた足を軸に、体を反転。空中での一瞬の身のこなしで、不知火の肩へと踵を叩き込んだ
「ぐっ…」
修多羅の後ろから、凛は剣を繰り出す。
できた隙を縫うように、不知火の目に剣が刺し込まれる。
「いいわね、いい動きになってきたわね!」
「二人ともどいて!」
識の掛け声と共に、二人はその場から大きく離れる。
「喰らえっ!」
すでにレールガンへと両手を変異させており、頭上から強烈な電撃弾を放つ。
「それは悪手ね」
そう言いながら不知火はニヤリと笑い、抵抗することなく、落ちてくる雷を全身で浴びる。
「みんな!警戒して!」
その時、雷光の中に浮かぶ影――識は即座に危険を察知した。
「そうね、警戒したほうがいいわ!」
だが、遅かった。雷撃を駆け上がるように、不知火が一直線に突進し、識の顔面を鷲掴みにする。
「ぐっ…」
不知火の姿は天使の姿から打って変わって、肌がざらついた黒毛に覆われ、腕が獣のように膨張する。爛々と光る目は人の理を拒絶し、裂けた口からは鉄のような臭気を撒き散らしていた。
「まさか、鵺!?」
「正ッ解ッ!」
全身の毛を逆立てることにより、毛先から電気を集束させ、まるで自らが雷の導体であるかのように――その身に宿した電流を一気に解き放つ。
「お返しよ!」
「やめッーーああああッ!」
不知火は全身から電撃を放ち、地面へ叩きつけながら識の全身を灼く。
「…あ、あ」
識は時間制限が来たのか、大人の姿から子供の姿へと変わる。異能の影響で先ほど受けた雷の火傷は消えてなくなり、道角の爆破だけが傷跡を残す。
「まずは一人目、ね」
小さくなった身体を無造作に足先で転がし、残る二人を射抜くように睨めつける。
「…ぐっ」
二人が救援に来たことで、私は僅かにも勘違いをしてしまった。勝てるかもしれないと。
だが、その結果はご覧の有様だ。
「よくも凛ちゃんを!」
「凛!待って!」
「あああッ!」
激情のままに、凛は剣を振り回す。
技術などなく、力のままに振り下ろされる剣が不知火に届くはずもなく、軽々と剣を避け続ける。
「さて、二人目といこうか!」
「ああーーあぐッ!?」
凛の鳩尾に、不知火の拳が捩じ込まれる。
「子供は見逃してあげるけど、貴方達には一切遠慮はしない。流れのままに戦闘をしたツケは、命で払ってもらうわ!」
不知火の拳はそのまま大蛇へと変わり、凛の腹部に牙を立てる。その牙から毒が侵入し、凛の体を侵食する。
「逃げて…砕ちゃん」
「凛!」
「死になさい!」
大蛇は空中に凛を打ち上げ、その体から無数の蛇へと分身をする。その蛇は鋭利な刃物と同じ硬度へと変わり、凛の体を無数に貫く。
「りぃぃぃぃぃぃぃん!」
あまりのダメージに凛は気を失い、抵抗することができず地面に叩きつけられる。
「二人目、ね。まぁ、死んだんじゃないかしら」
その胸は、わずかにでも上下しているのか、それとも――砕破はもう、確認する余裕すらなかった。
「不知火ぃぃ!」
「あら?お友達の二の舞になりたいの?」
「…ぐっ!」
私は選択を誤ったのか。
私は、誰かを殺す選択をしてしまったのか。
『いや、まだだ』
「だって、凛は」
『安心しろ、死んでも死にはしない』
「そんな言葉を信じられるか」
『私に当たるなよ。敵は目の前のやつだろ』
「じゃどうしろって言うのよ」
『だから、まだ選択をし直せるんだよ。言ったろ、dead or dieだ。他人を救うために、自分を殺すんだよ』
「…ッ!そんなことができれば、苦労はしないわよ!」
『できるんじゃなくてやるんだ。お前はこれ以上失いたいのか?これ以上奪われたいのか』
「失う…奪う…」
言葉も、凛も、私の両手からこぼれ落ちていった。まるで、砂山を掴もうとして砂粒すら残らないように。
『何度も言うぞ。選択をしろ、お前はそうしなければならない』
「………わかった」
腕に力を入れ、体へと指先を向ける。
「フゥー、父さん力を貸して」
修多羅は自らの十指を、自らの胸や腹に深く突き立てていく。
傷口からドロリと血があふれ、体は一気に赤に染まっていく。
「はぁ?イカれたの?」
「ハァハァ、黙ってみてなさい!」
修多羅は肉体に、何度も何度も指を突き立て、無数の穴を開ける。
「ハァハァ…」
強烈な出血で意識が薄れゆく中、修多羅はある日の父との思い出を振り返る。
「砕破。自分よりも遥かに強い人間と対峙した時に、どうやって倒すか知っているか?」
「し…、知らない」
幼き日の修多羅は、笑いながら語る父に怯えながら答える。
「自分の限界を引き出すと言うことだ。まぁ所謂、火事場の馬鹿力を意図的に引き出すと言うわけだな」
「火事場?馬鹿力?」
「人間が制限付きの生物だと言うことだよ。故意的に振るう力は全体の2割に及ばず、残りの8割以上は火事場でなければ振るえない。
ならば、故意的に、意図的に、全力を尽くすにはどうしたらいいか。出し惜しみなく、振り絞って、力を出し切るにはどうしたらいいのか。・・・それは火事場を作ることだ」
「火事場を作る…」
「息を止めることも一種の手ではあるが、それでは足りない。火事場にはまだ足りない。だから、時間制限をかけるんだ。自分の命に自身の命に制限時間を設けることだ。だから、今から教える技は生涯でたった一回しか発動する機会はない。だから…、なるべくこんな技を使うな」
狂った父にもわずかな良心があったのか、その時の父は柔らかな笑顔だったことは覚えている。でも、約束というのは破られる前提で結ばれるもの。だからーー。
「非天無獄流・煉獄」
穿たれた無数の穴から血がドロドロと溢れ始める。腕をつたい、体をつたい、足元へポタポタと血溜まりを作る。
「これでも足りない…か」
腕力は高まった気はするが、進化をしている気はしない。だが、兆しの感覚は何となくある。
「なら、これだ」
迷わず額に生えた2本角へと手を伸ばし、強く握りしめる。
「うああああああッ!」
強烈な気合いと共に、2本の角は勢いよく引き抜かれる。額からは噴水のように血を吹き出し、血の雨が修多羅の全身を染める。
修多羅の髪は血で赤黒く染まり、全身を這う血は紋様を刻む。
「凛…、言葉…、私もそっちにいくよ。こいつを倒してから」
修多羅の全身から殺意が放たれる。
あまりの殺意に周りの空間は捻じ曲がる。
「殺す。お前も、私も、世界も」
白い筆で引いたような線が修多羅と不知火の間を繋ぐ。それはまるで道のようだった。
「天など非らず、現世に広がるは無限の地獄」
修多羅は構えながら静かに唱える。
非天無獄流の原点を。
非天無獄流の由来を。
「望み歩むは修羅の道」
修多羅の異能《修羅》は命懸けの進化によって、《修羅道》へと至る。
身体強化倍率の強化に加えて、道を示す弱点看破能力と、修多羅の全能力を青天井に強化する領域。異能の進化によって、極点とも言っていい能力へと変貌する。
「さぁ、最終ラウンドといきましょうか」
命の制限時間は2分。
それは、修羅への道を歩む”煉獄”の時間。
そして、不知火にとって、生涯で最も長く、最も濃密な“地獄”となる時間。




