第九十七話「開眼」
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ヴァスタ大陸編終結。
天から降り注いできた黄金の魔螂獣たちは見た目の輪郭こそこれまで戦ってきた存在と変わってはいない。
しかしその身に宿す凄まじい理気は以前までの比ではなく、理力値に関して言うならば『八識』と『九識』の間くらいのものはある。
「……すなわち限定的ながら時空捻転現象が起こせるということか……」
本来の力で現れた魔螂獣たち、すなわち真魔螂獣は鎌を振り上げ、一斉に冥月に襲いかかった。
「……しかし」
次の瞬間、冥月はあちこちに突き刺さっていた角材や鉄パイプ、流木など棒の形をしたものを『理法念力』で引き抜くと、『理気変換』を用いて瞬時に麒麟剣へと変える。
「私には通用しない」
その数およそ数十振り、構図的にはいくつもの麒麟剣が縦横無尽に空間を走り、次々と真魔螂獣たちを切り裂く図だ。
麒麟剣一発一発には『九識』クラスの理気が込められているため、着弾すれば瞬時に同威力の理力剣が真魔螂獣の肉体を内側から焼き尽くす。
「ここは任せるぞ」
地上空中問わずに次々と現れる真魔螂獣の相手を麒麟剣に託すと背中から純白の光を放ちながら空間を蹴り、空を飛行する冥月。
純白の光はその強い理気により光の翼へと姿を変え、見方によっては六枚翼を羽ばたかせる冥月の姿はあたかも燃え盛る天使、熾天使にも見えるものだ。
「……セオディア、否魔螂族よ、これ以上貴様の思う通りはさせない」
成層圏にまで至ると、冥月は魔螂族の額の位置で剣を構える。
大きさ的には蟻が像、否猿が如来と対峙するかのようだが、理気的にはほとんど拮抗しており、互いが互いを一方的に蹂躙するという結果にはならなさそうだ。
『……ふふふ、来たわね下等なる麒麟族の末裔、冥月』
その魔螂族は予想していた通り、セオディアと同じ声で言葉を発する。
魔螂族の寄生はEMS女性が胎児の頃に完了するためその意識も性格もほとんど瓜二つ、まさにもう一つの同一人格として形成されるのだ。
『見なさい私の美しき肉体を、全ての母であり唯一の女性たる世界の太母たる姿。この世界は今後私のゆりかごとなり、全ての生命は私の内側で永劫の安らぎを得る!』
「……ふん、貴様の言う生命は貴様が創造したEMS人と眷属たる魔螂族のみ、この世界に元々いた我ら和人や爬人は排除する、だろう?」
冥月の言葉を受けて凄まじい理気の衝撃波が空間を切り裂く。
『当然よ。私以外の母など不要、私以外の太母など必要ないわっ! 私から生まれたわけではない醜い生命体は、絶滅して然るべきよっ!』
激昂のままに冥月めがけて鎌を振り上げる魔螂。
直後『九識』並みの理気が秘められたその鎌から三日月形の理力剣が放たれた。
「……理力剣っ!」
しかしこれは予想された一撃すぐさま冥月も麒麟剣から同威力の理力剣を放つと、これと撃ち合い、相殺させる。
「たしかに貴様にとってEMS人は子供かもしれない」
エレナの言葉が正しければEMS人の女性は魔螂族の乗り物、男性はその乗り物を増やすための種馬でしかないのかもしれない。
考え方を変えれば確かにその始祖を生み出したのは魔螂族。動機はどうあれ創造主であることには変わりないと言えた。
「だが、意図的に子供同士が互いに争い、蔑み合うような社会を作り上げ、あまつさえ子の自立心を阻むような行為をすることが母親のすべきことなのか?」
『なんにもわかってはいないわね麒麟将』
せせら笑うように魔螂は口元を歪めながら脇の下から大量の触手を放つ。
「……っ!」
すぐさま麒麟剣を振り上げて膨大な数の触手を斬りはらうものの、触手の一本一本にも『九識』並みの障壁が張られており、一筋縄では行きそうにない。
『子は母のために存在するのよ。あれは私が私の胎内から生み出したいわば私の一部、自分の身体の一部をどう扱おうが勝手、でしょう?』
「っ! 貴様は……!」
内側から沸き起こる怒りで一時的に理気を強化すると麒麟剣を一閃、全ての触手を焼き払った。
『ちっ! やはりやる。ここまで来るだけのことはあるわね……』
「魔螂よ、貴様の思い通りにさせるわけにはいかない」
尾を食むウロボロス。確かに自分が生み出していたものを自分で消費するならばそこで世界は完結するだろう。
しかしそんなことを続けていては、物質的な限界を越えることなど出来はしない。
生み出されたものは『ウロボロスの環』の内側、すなわち太母のゆりかごから外に出ることは永遠にないのだ。
ただただいつか来る滅亡まで緩やかなまどろみを享受する、そのようなことが生きることであって良いわけがない。
『はっ! 熱くなって馬鹿みたい。貴方たち麒麟族から見ればEMS人は敵対者の眷属、彼女らに情けをかけるなんて、甘いわね』
冥月を嘲弄するとともに今度はふた振りの鎌を同時に振り上げて理力剣を放つ魔螂。その威力たるや先ほどの二倍ではなく二乗、まさに驚異的な力である。
『その甘さが貴方の弱点よ、麒麟将っ!』
「……ふん」
軽く鼻を鳴らすとともに冥月は全身から理気を放ち、続いて魔螂の放った理力剣を理気に変換、周囲に霧散させた。
『……なっ!』
「哀れだな魔螂族、この世に完全などありはしないし、また求めるべきでもない。貴様が求めているのは完全の蓑を被った不完全、安寧を気取った支配、被造物が造物主を気取ろうなど滑稽だ」
六枚翼を広げるとともに冥月はその支配領域を拡大させる。
それに応じてかその両眼の黒目は麒麟将形態時のような神秘的な薄紫のものへと変わり、白い箇所は濃紺へと変わった。
『馬鹿な、この気配まさに超越者! 下等な原生生物の中から、開眼した者が現れることは……!』
「魔螂よ、貴様らはこれまで私にとって単なる生命活動の障害でしかなかった。だが今は違う」
冥月の翼に照らされて崩壊したヴァスタ大陸が光に包まれ、その傷ついた大地がみるみる修復されていく。
「他者の生命を軽んじるばかりか、己の狭量に任せて無限の可能性、あまつさえそこから生じる『恩寵』すらも阻む貴様は今、私の、否全生命の敵となった!」
『な、何っ……!』
普段ならば攻撃的な理気を纏うことをしない冥月には珍しく、その身から放たれる気運は猛々しい戦士のものだ。
その凄まじき意思に、そこから発せられる途方も無い力に圧倒されてしまい、魔螂はたじろぐ。
「魔螂よ、私はこの世にある全ての生命のために、あらゆる生命の進化のために貴様の掲げる『邪なる母性』を否定するっ!」
『ウロボロスの環』の内側でまどろんでいては羽ばたくことは出来ない。いかなる苦難がその先にあろうとも、世を歩む生命の中には他者と共に栄え、共に在り、共に苦難を乗り切る力が備わっているのだ。
それこそが生命の中にある『恩寵』、強き者も弱き者も、和人も爬人も、そしてEMS人もまた同じ生命である。
共存共栄の中で互いに足りぬものを補い合いながら弱きを助けること、それを成せるならば……。
「……私はこの身が十字架にかけられ、四肢を千切られようとも、この魂が永久の闇に囚われようとも惜しくはないっ!」
『……っ!』
今全てが理解できた。自分たちの氏族、一門、そして人種ばかりを見ていては生命の根源を真に理解することなど出来はしない。
冥月がこれまでEMS人と戦い続けてきたのは家畜、奴隷と蔑まされてきた和人と爬人を救うためのこと。
しかしEMS人もまた和人や爬人と変わらない立場である。ならば彼女らもまた救うべき無辜の民。
ノリス、キャサリン、オリン、フィーア、多くの者が冥月を恐れ命を狙った。されど今の冥月には一切の恨みはない。
命を狙われてもなお誰も恨まず、怨恨を水に流し、ただ世の安寧のために守るべき民を見据える。
今や冥月には己の全てを賭してでも、世界を守るために戦う意思が備わっていた。
そしてその中には、過去冥月を滅ぼそうとした者、今彼を憎む者、これからその身を殺めようと目論む者、全てが含まれる。
まさに究極の父性と呼ぶべきその巨大な器に、ただただ魔螂は圧倒され、押されていた。
『ば、馬鹿な、自分の命を狙う者すら、その命を賭してでも、救おうなどと……』
「たまたま敵対するような状況になっただけで、本来ならば敵対するような理由はない」
元々どちらが悪いというわけではなく、それこそ星の巡り合わせが悪かったというだけのこと。
同じ生命である以上姿形、種族出自こそ違えども全ては一つ兄弟なのである。
「故に敵対者となったお前にも問う。我々が戦う理由など本来ならばどこにもない。こんな形で私と戦うよりもEMS人を解放し、より良き未来のために力を尽くすべきではないか?」
『ほざけっ!』
地の属性攻撃によるものか、冥月の周囲に正体不明の磁場が発生しその周囲をヴァスタ大陸由来の岩石が固め始めた。
それは瞬時に直径数キロの巨大な球体となり、冥月をその内部に封じ込める。
『より良き未来? それは私にのみ来るべきもの。そして私とは世界そのもの、それに楯突く貴方こそが、この世界の敵対者よっ!』
「……知っているとも」
次の瞬間魔螂の作り上げた石が真っ二つに裂けたかと思うと両手に麒麟剣を握った冥月が中から現れた。
巨石に巻き込まれながらも二振りの剣を振るい、九死に一生を得たのであろう。
『……馬鹿な、空間ごと固定したあれを斬るなど、どうやって……っ!』
よく見れば巨石は眼下の大地に落下し、砕け散るその直前まで魔螂が作り上げた球体の形状を留めていた。
巨石でなく、魔螂の封じた空間を切り裂くことによってその盤石な封印を破ったのである。
「……されど世界とは貴様一人のことではない」
次の瞬間冥月の放った一撃が魔螂の強靭な鎌を吹き飛ばした。
『っ!』
「世界とは、この世に生きる全ての生命たちのことだ」
冥月が魔螂の下腹部に麒麟剣の切っ先を突きつけると、そこに埋め込まれていたEMS貴族らの瞳に光が戻る。
「き、麒麟将っ!? こ、これは……?!」
EMS貴族らが覚醒したことにより魔螂の空間認識能力に揺らぎが生じ始めた。
『ば、馬鹿なっ!? あ、貴女たちは私の娘、私のために生き、私のために死ぬのみ……』
「た、助けなさい麒麟将、た、助けてくれたならば、いかなる恩賞も思いのままよ?」
気位の高いEMS貴族らが、本来家畜としか見ていない冥月めがけて次々と命乞いを始める。
「……良かろう」
直後魔螂の下腹部が理気に還元されたかと思うと、そこに埋め込まれていたEMS貴族らが人間の姿に戻りいつの間にやら地面に転送されていた。
『き、貴様、よくも私の娘たちを……!』
「お前の娘ではない」
続いて二の太刀となる一撃が魔螂の肩から上腹部までを斜めに切り裂く。
「……彼女らは世界の娘、姉でしかないお前にどうこうする権利などありはしない」
冥月の一撃は空間ごと魔螂を断ち、その歪みはその巨体をバラバラに切り裂いた。
たったの一太刀で大陸規模であった巨体を粉塵に帰す形である。
『お、おのれえええええ……! 次こそは必ずや……!?』
怨嗟の絶叫を残して、セオディアに潜んでいた者は、魔螂はチリ一つ残らずこの世から消滅した。




