第六十四話「スレイブマトリクスの謎」
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エルリクム前哨戦
リバスアウルム公会堂地下、そこには無数の生体子宮を始めクローンの製造プラントと思われるような施設が残されていた。
「……ここまでは予想内と言えるな」
どうやらメインの電源が落ちたためか、現在は予備の電力で動いているらしく、研究施設内は薄暗く、設備も機能してはいないらしい。
「あの時、オリンフィアはここから現れた。ならばこの下に彼女の不死身性を解明するヒントがあるのではないか?」
理力剣を喰らい内側から焼き尽くされながらも冥月の前に完全な姿で現れたオリンフィア。
彼女の再生はEMSのオーバーテクノロジーによるものではなく、もっと別の力ではないかと冥月の第六感は告げている。
「……(それにしても何度見ても不快感を催す光景だな)」
冥月の前に並んでいるのはヤーハンのゲネシスソイミートタワーで見たもの同様、生体子宮。
現在は停止しているらしいが壁一面に広がるこのおぞましい『備品』たちはクローン兵を生み出すために作られ、そのためだけにおびただしい数の和人が命を奪われたであろうことは間違いない。
要するにEMS人から見ればただの設備でも、冥月らから見ればこれは改造された同胞、不快感を抱くのも無理はないというものである。
「……ん?」
ふと、理気が反応したように感じて冥月は無数に並ぶ生体子宮のうちの一つに目をとめた。
「なんだ、これは……?」
何故たくさんある生体子宮のうちそれに目をとめたのかは冥月自身わかってはいなかったが、そこに存在するものに眉をひそめる。
生体子宮内部にはへその緒で繋がれたら胎児、おそらくはノリスのクローンが収められてるいるのだが、その片耳から昆虫の脚のようなものが覗いていた。
「これは、寄生虫か何かの類か?」
見た限り今から寄生するのではなく胎児から脱出しようとしていたらしいことがわかる。
おそらく電源が落ちたことでクローン兵の生体反応にまで影響が出たため、体外へ逃げようとして力尽きたと言ったところか。
「……ここにいるクローン兵全員にこの寄生虫は宿っていると考えるべきか?」
そこまで考えてみて冥月は恐ろしい可能性に行き着いてしまい、顔を強張らせた。
「いや違う、生体子宮を使って生まれてきた全てのEMS人に寄生しているのではないか?」
前にアルルが言っていた通りならば全てのEMS人は自然出産を忌み嫌い、生体子宮を利用している。
その時何者かが意図的に寄生虫の卵を仕込めば、EMS人は全員寄生されることになるのは想像に難くはない。
「……(だが誰が、何のために……!)」
そこまで考えてみて冥月の第六感が警報を感知した。
「この感じ、莉乃か……?」
どうやら冥月が留守の間にアラドラキアスに危険が迫っているようである。
生体子宮と寄生生物のこと考えるのは後、とにかく今は莉乃たちを救援すること、冥月はそう考えるや否や、研究施設を後にして走り始めた。
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冥月がリバスアウルムにて行われた激しい戦いを制していた頃、莉乃とヴィルヘルミナはエルリクムに向かうために、切り立った崖や荒地が続く不毛な土地を歩いていた。
「……全く冥月にも困ったものだ。あのような無茶苦茶な作戦を遂行しようとは……」
隣にはヴィルへルミナがいるものの、まだ冥月の実力を完全には信用していないのか、いささか不満げな表情である。
「冥にいはやると言ったらやる男、もしかしたら今頃リバスアウルムを落としてるかもな」
実際にはちょうどクローン兵を無力化させ、その後に現れたオリンフィアすらも下しリバスアウルムの調査を開始していたため莉乃の推察は見事に的中していたのだが、神ならぬ彼女はそこまで正確に見抜けたとは思っていない。
「莉乃は、冥月が単身リバスアウルムを陥落させると本気で思っているのか?」
険しい表情をしたままそのようなことを問いかけるヴィルヘミナに対して、莉乃は迷いなく頷いてみせた。
「もち、今までだって冥にいは理気の先読みと意思の力で不可能を可能にしてきたんだ。多分今回も大手を振って帰ってくるはずだぜ?」
「……まあ、本当にそうなら私も奴に対する評価は改めねばならないがな」
そんなことを呟くヴィルヘルミナ。こうは言っているが彼女自身冥月や莉乃には幾度も煮え湯を飲まされているため、実力を過少評価しているわけではない。
ただ自らハイリスクハイリターンな作戦に立候補するようなその神経が理解できないというだけである。
「ローリスクな作戦が可能ならばそちらをやるべきだ。部隊を二つに分けて片方をエルリクムに攻め込ませれば制圧出来る」
「けどよヴィルヘルミナ、リバスアウルムにもしクローン兵以上の戦力がいたら途端にアラドラキアスは危なくなるぜ?」
何しろ最低限の戦力しかアラドラキアスにはいないのだ。クローン兵は何とかしのげても、例えば改良された集結態が複数体投入されれば、それだけで一気に不利になる。
ティーネや数多の兵士が待つエルリクムを制圧する以上『七識』の境地にある冥月や莉乃の参戦は避けられず、ヴィルヘルミナも攻撃に参加するとなるとアラドラキアスに集結態が来た場合、まともに戦える戦力はない。
「リバスアウルムは確かに前線基地ではあるが、オリンフィアを倒した今脅威と言えるような戦力はないのではないか?」
「どうだろな。冥にいは俺たち以上に理気で問題を先読みしてるし、もしかしたら何か嫌な予感がしたのかもしれないぜ?」
すでに『七識』を越え、その先にあると言う『八識』の領域に足を踏み入れつつある冥月。
莉乃やヴィルヘルミナ以上の感覚で危険を察知していたとしても不自然はない。
「……まあ、いずれにせよ今後戦いを有利に進めるならばリバスアウルムを押さえるのは必要だ」
そう告げるとヴィルヘルミナは険しい表情のまま腕を組んだ。要所に位置するあの街を制圧することの重要性に関しては彼女も理解しているし、防衛戦に勝利し、あの拠点の兵士が減った今、攻め込むのが最適というのもわかっている。
「冥月が無事作戦を遂行して帰ってきたならば、今後私は命を賭してあの者のために力を尽くすことにしよう」
「へへ、なら賭けは俺の一人勝ちになりそうだな」
どこまでも冥月を信じる莉乃にヴィルヘルミナは微かに笑みを浮かべた。彼女はヤーハンで出会った頃から何一つ変わってはいない。
あの時も冥月とともに戦い、格上であるはずの自分を相手にして一歩も退かない見事な戦いぶりにヴィルヘルミナは感心したものである。
「……(あの任務を引き受けた際には、まさかこうなるとは思わなかったな)」
微かに頭を伏せて自分の指にはめられた指輪に目を落とすヴィルヘルミナ。そんな莉乃に対して彼女はあの時から随分と変わった。
見た目の変化だけではない、冥月や莉乃、清白といった我の強い和人との出会いが彼女の内面に巣食っていたEMS貴族特有の優越思想を払いのけてしまったのである。
「そう言えばヴィルヘルミナ、お前はなんで軍人に? 確かお前は良いところのお嬢様だろ?」
ヴィルヘルミナが過去の回想をしていたことを理気を通じて読みとったのか、莉乃はそうヴィルヘルミナに訊ねた。
「そうだな。私の母上、クララ・ガドウィンはEMSの宰相、要は帝国の実質トップだ。そして私は宰相家の娘、確かに良家の子女と言えるのかもしれないな」
立憲主義とは言え君主制を標榜している以上、女王の輔弼が主な役目である宰相の地位は元老院議長と並んでEMS内では高い。
そんな家に生まれたヴィルヘルミナもまた将来的にはそれなりの地位に就くために厳しく躾けられ、政治の世界を掌握する母とともにガドウィン家をさらに繁栄させるため軍人の道を歩むことを決意したのである。
「……全て私の意思で決めたつもりだったのだが、今思えば母父の手のひらの上だったのだろうな」
寂しそうに呟くとヴィルヘルミナは微かに瞳を細めた。
その後クララの力添えもあり、14で士官大学校に入学。
さらに飛び級を果たし、その実力に目をつけた正規軍元帥たるメアリ・デルフィアに見出され卒業後は異例の出世、現在は大佐というわけである。
「君らに会うまではメアリ元帥に再三注意を受けながらも、自分を選ばれた民だと思っていた。閣下が片目をなくした戦場も、私ならば突破出来ると自惚れていた」
「でもEMSもお前みたいな優秀な奴を追い出すなんて、変なことやるんだな」
どうやら政治の世界で何が起きているかまでは把握していないながらも莉乃は不審なものを感じたらしい。
「私に実力がないのは私が一番よくわかっているが、それでもあの流れはおかしかった」
ヴィルヘルミナを切り捨てようとするのはともかくとしてあの時のパウリナは明らかに焦っていた。
ギラファの言を信じるならばヴィルヘルミナの吹聴に困る者か、困る者に忖度する者かのどちらかだが、元老院議長である以上気を使う者はそういないため前者で間違いないだろう。
「……(何故困るかまではわからないがな)」
となればパウリナはEMS貴族が何故蟷螂のような怪物になるのか知っていることになるが、何故ヴィルヘルミナを処刑してまで秘密を守りたかったのかまでは不明だ。
「……ヴィルヘルミナよ、なんか妙な感じだぜ?」
考えごとをしていたためヴィルヘルミナは察知が遅れたが、どこからか発せられる強い気配に表情を曇らせる。
「もしや、敵軍が……?」
理気を集中させて視力を強めると、ヴィルヘルミナは南東、すなわちエルリクムがある方向に目を向けた。
「……ああ、間違いないみたいだぜ」
莉乃もまた地平の彼方から来る大軍団を見たらしく険しい表情で戦斧を掴む。
「よっと」
「っ! 莉乃っ!」
ヴィルヘルミナが制止する前に莉乃は戦斧を右手に握ると、軍勢がアラドラキアスにたどり着く前に攻撃を仕掛けるつもりなのか、単身突撃を図った。
「……あいつ、冥月並みかそれ以上の猪武者かもしれないな」
呆れたようにそう呟くヴィルヘルミナだったが、彼女をそのままにしておけわけにはいかない。
「やれやれ、これが陽動作戦とかだったらどうするつもりなのか」
とにかく今は単騎駆けを敢行した莉乃のこと。そのまま見殺しにするわけにもいかないため、ヴィルヘルミナは薙刀を手に莉乃を追いかける。
「……私も、猪武者だな」
自嘲するように口元を歪めると、ヴィルヘルミナもまた莉乃同様、エルリクムから派遣されてきた軍勢に突撃をかけるのだった。




