第五十二話「禁断の大陸」
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仮面の二人。
「……ひとまずの解析が完了しました」
フリューゲルの艦橋、長い時間計器類と格闘していた爬人ボティスだったが、なんらかの結論が出たらしく後ろに立つ女性に目を向ける。
「……それで結果は?」
白衣に、顔にはバイザーを身につけたその女性はアルル・クウォーグ。冥月らと敵対するEMS側の人間でありながら紆余曲折の末に彼らに協力することとなった数奇な運命を持つ人物だ。
「甲板に残されていた痕跡から、どうやら冥月さんたちは通常とは異なる空間に転移したと推察できます」
「……この近辺にいるわけではない、というわけじゃな……」
アルルの隣で何やら物思いに耽る少女は高身長な爬人やEMS人のいるフリューゲルにあって冥月同様一際小柄な少女である。
「……清白、もしかしたら、冥月たちは、信じられないほど遠くに、跳ばされたかもしれない。それに……」
「わかっておるよマスティマ、莉乃とフォルネスあの二人も、じゃろう?
水色の和装に青い指輪の少女清白と会話したのはマスティマ。四肢を露出した簡素な鎧にケープを纏った爬人の少女だ。
「ボティス、転移先は解析出来そうですか?」
アルルの質問に対してボティスは真剣な表情で計器類を睨みつけながら首を振る。
「わかりません。調べようとはしていますが、一体どこに繋がっているのかまでは……」
基本的に時空捻転現象を通じて物質が移動したならば空間に残る痕跡を解析、逆探知してどこに跳ばされたのかを断定できるはずだ。
「……通常とは違う、異空間?」
マスティマの言葉を受けて、ボティスとともにモニターを見ていたアルルはすぐさま首を振る。
「いえ、私たちがさっきまでいたあの『超空間』は座標自体の解析が出来ません。しかし座標は判明してるということは通常空間でありながらフリューゲルのデータにない未知の場所ということになります」
「……未知の場所、じゃと? もしや、あの『禁断の大陸』とやらか?」
驚きを帯びた清白の言葉にアルルは何故気づかなかったのかとばかりに手を鳴らした。
「っ! それです清白! あの大陸は外からも内からも隔絶された場所、フリューゲルにデータがなくてもおかしくはないはず……!」
何か気づいたのかアルルはすぐさま端末にデータを入力、モニターにそれを写す。
「……やはり、そうでしたか」
モニターにはEMS全域の地図が映し出されているが極点、すなわち禁断の大陸ことデモニア大陸の部分のみ抜け落ちていた。
「地図にない以上逆探知してもデータは正常に表示されない、どうしてこんな当たり前のことに……!」
「いかにも、汝の言う通りだ」
一瞬だけ照明がストロボのように明滅したかと思うと、忽然と艦橋の真ん中に人影が現れる。
「っ! な、なんじゃお主は……!」
驚いた表情で身構える清白だったが、マスティマはその人物のことを知っているため落ち着いた様子で名前を呟いた。
「……ギラファ」
「ギラファ、ですって?」
驚愕と恐怖が入り混じった表情を見せるアルル。そんな彼女に構うことなくギラファは微かに頷いた。
「……久しぶりだな。幼き麒麟の娘、そして我が同胞斎部清白よ」
ギラファに突如として名前を当てられた清白はいよいよ警戒心も新たに黒衣の騎士を睨みつける。
「同胞、じゃと? 儂はお主なぞ知らぬぞ……!」
「……ふん、まあ良い。それよりも汝らの仲間、冥月は今彼の地にいる」
アルルの推論を肯定するかのようなギラファの言葉に、艦橋内部に動揺が広がった。
「……『太陽を喰らう者』ギラファ、それは冥月さんや莉乃はデモニア大陸にいる、ということですか?」
単刀直入に切り出したアルルの方へ静かに視線を向けるギラファ。バイザーと仮面の奥にあるそれぞれの瞳がぶつかる。
「……いかにも、私がそのように仕向けたのだからな」
「……つまり冥月たちを、転移させたのは、貴方?」
静かな調子で問いかけたマスティマの疑念に答えることはせず、またしても照明が明滅したかと思うと、ギラファは来た時同様忽然と姿を消した。
「……き、消えた……」
信じられないものを見たとばかりに清白は呟くと、何やら考え込んでいるアルルに目を向ける。
「あの者が言った言葉は真実、じゃろうか……?」
「恐らくはそうでしょう。ボティスさん」
どうやら思考をまとめることが出来たらしく、アルルは未だモニターを睨みつけているボティスに声を掛けた。
「座標が判明してる以上転移自体は出来るはずです。空間移動の準備をしてください」
「しかし、危険ではありませんか?」
ボティスの言う通り、これからフリューゲルが行こうとしているのはどのEMS人も神話の時代から見たことがない未知の大陸。
そんな場所に移動してなんの脅威もないとは言い切れないのである。
「貴方の気持ちはわかります。しかし冥月さんがいなければどの道EMSを撃退し続けることは困難となります。それに今の私たちにとって唯一安全な可能性がある逃げ場所がデモニア大陸です」
前に冥月に語った通り、デモニア大陸はEMSの支配が及んでいない唯一の場所。
どこに逃げてもEMSの追手が来る中で、逃げ切れるかもしれない場所だ。
「……わかりました。やってみます」
緊張した表情のボティスにアルルは一度だけ頭を下げる。顔を上げると、まだ何か話し込んでいる清白とマスティマの合間を縫って艦橋を後にした。
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「……言っておくが、出過ぎた真似は無用ぞ?」
突如として後ろから聞こえたその声に怯むことなく、アルルは振り向いた。
「……冥月さんの不利益になることは致しません」
「汝が何を目論んでいるかは知らぬが、アルディス大陸でやろうとしたような真似は慎むべきだぞ?」
「おや、貴方が私を心配するなんて、珍しいこともあるものですね」
左手でバイザーのロックを外すと、アルルは普段は隠れている顔を晒し、肉眼でギラファを見据える。
「……ですが結局あの時はフォルネスさんに見つかりました。キャサリンに偽りの情報を流して混乱させようとしたのですが……」
「それが出過ぎた真似と言うのだ。冥月が真に麒麟将、否『超越者』足り得るならば、あの程度なんとでも切り抜けたであろう」
「随分と冥月を買っているのですね。何故ですか? あの人は貴方にとって『彼女』の伴侶としての意味以上はないはずでは?」
アルルの言葉にギラファは何も言わず、ただ彼女の碧眼を見つめていた。
「……まあ言いたくないならば言わなくとも構いません」
アルルはバイザーを再び装着して顔の半分を隠すと、踵を返してまた廊下を歩き始める。
「……用心せよ、今彼の地にはあの女、オットー=ティーネ・オフィルアスがいる」
「えっ?!」
アルルが振り向いた時には、もうギラファの姿は消えていた。
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薄ぼんやりとした、夢の中かあるいは霧の中にいるかのような視界。
そんな白濁した視界の先に見えてくるのはたくさんの兵士を従え、奇妙な風貌をした女性である。
身体には科学者が纏うような白衣を羽織っているが、その下には奇怪な紋章が刻み込まれた妙に露出の多いレザーアーマー、額には鉢金のようなヘッドギアを身につけていた。
短めの金髪と碧眼を備えたその顔立ち自体はかなり整っており、絶世の美女と呼んでも差し支えないのかもしれないが、EMS貴族らしい高慢な気運もまた放っている。
そんな美女の周りにはノリスと同じ顔をした無数の兵士がおり、手にした長銃を用いてどこかに攻撃を仕掛けていた。
白衣の美女が高笑いをするような動作をしたかと思うと、地面に無数の白骨死体が現れる。
彼女がこれから殺める犠牲者たち。そう冥月は結論づけたが、そこで幻視は止まり闇の中へと引き戻された。
「……あの女が、ノリスの軍勢を率いている者か……?」
野鳥の鳴き声しか聞こえないような静かな夜の草原。
行動の指針を探ろうと瞑想に耽っていた冥月だったが、たった今理気の見せた不思議な光景を思い出すと、背中を冷たいものが流れる。
「……(何を企んでいるかは放置しておくにはあまりにも危険なことくらいはわかるな……)」
全員がノリスと同じ姿、能力をしていた兵団も不気味極まりないものだったが、その後ろにいる者の企みがわからないのもまた不穏な気運に拍車を掛けていた。
「……(だがあれだけの兵士を用意している以上ロクなことではないな)」
直感ではあるがいずれあの女性は己の敵となるであろうことを察し、冥月は空に浮かぶ月を見上げる。
「……(莉乃、お前は今どこにいる?)」
物思いに耽っていた冥月だったが、突如としてその目が鋭くなり、大樹を背にして立ち上がった。
その敏感な第六感が働き、すぐ近くを何者かが歩いていることに気づいたのである。
「何者だ?」
森の奥に向かって投げかけられた冥月の声。ガサガサとこちらに近づく音から察するに野生動物ではなく人間らしい。
「……やあ、初めまして、だね」
現れたのは少女であった。短く切り揃えられた黒髪に温和な瞳は青く、また優しげなものである。
莉乃と良い勝負をしそうなほどに高い身長にスラリとした四肢はまさに戦士、身につけた装束もまた狩猟衣と呼ぶべき動きやすそうなものだが、合理的なその構造は日本の和装に近いようだ。
そして、背中には2メートル近い巨大な刀を背負っており、間違いなくこの少女が戦士であることを物語っている。
「……君は?」
「僕の名前はスサノオ、どうだい? 和人のような名前だろう?」
胸を張る少女スサノオ。わざわざこういうということは偽名なのだろうがそこには触れず冥月は首を振った。
「私は……」
「冥月、ここには着いたばかりだろう?」
話そうとした言葉を先回りして告げるスサノオ、冥月は目を丸くする。
「理気、か?」
「いいや、違う。実はこの近くにある僕の邸に一人同居人がいてね。君を探すように頼まれていたのさ」
いまだ状況が正確にはわかっていない冥月に手を出すとスサノオはにっこりと笑みを浮かべた。
「爬人フォルネス、君の仲間が僕の邸でお待ちかねだよ」




