第五十一話「新たな世界」
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未知の世界にて。
瑞々しくも、どこか穏やかな気質が感じられる清らかな風に柔らかな太陽の光。
どこかともなく聞こえてくる水の音は緩やかでありながらも同時に活発な清流のものであり、音だけでその冷たい水温や透き通った流れが思い浮かぶ。
「……ここは?」
そんな穏やかな気運が立ち込める森の中で目覚めたのは一人の青年。
その身に黒いキャソックを身につけ、優しげでありながらも強い意志を秘めたその瞳も相まって司祭か、あるいは古代の修道騎士にも見えるようなそんな青年だ。
彼こそは冥月、EMSと呼ばれる巨大国家が支配する世界にあって卑猩などと言われて差別される家畜民、和人の出身でありながら数多くの戦いを経てEMS貴族を打ち倒してきた規格外の傑物である。
そうなったのは本来ならば失われていた前世の記憶、日本と呼ばれる地で暮らしていた生前の自分の記憶が、古代麒麟族の遺体との接触実験で蘇ったことが大きい。
以来人間扱いされない和人や同じく奴隷扱いされていた『隷爬』こと爬人の境遇に反発して戦いに身を置き、気づけばEMSすらも無視できない存在になってきたというわけだ。
「……ギラファめ、また妙なところに跳ばしたらしいな……」
こうなる直前の記憶を思い起こす冥月。マルクトという精鋭部隊に属するオリン・イェンセン、フィーア・イェンセンを倒して、なんとか幽閉されていた空間から脱出、喜んだのも束の間のこと。
突如現れた『太陽を喰らう者』ギラファによって仲間の莉乃、フォルネス諸共どこかの空間に吹き飛ばされ、現在に至るというわけだ。
「……莉乃とフォルネスは、無事だろうか……」
ここがどこなのかはわからないが、まずは同じように跳ばされてきた二人と合流するのが先決だろう。
「……ん?」
ふと冥月は右手に何か小さいものを握りしめていることに気づいた。
「これは、莉乃の……?」
そう、冥月の手の中にあったのは彼の仲間である莉乃がはめていた真紅の指輪である。
この指輪は莉乃の意識に応じて赤い戦斧を出現させることが出来る特殊なものなのだが、これがここにあるということは彼女は現在無防備ということだ。
「……とにかくまずは莉乃たちを探さねばならないな」
そのためには周囲を調査して現在自分が置かれている状況を正確に把握しなければならないだろう。
「よし、まずは……っ!」
次の瞬間、動き出そうと立ち上がった冥月の耳に聞こえてきたのは複数の人間が走るような騒音。
だがすでに生命から発する力、理気に関してある程度習熟しつつある冥月にはそんな騒音よりももっと大変なものが知覚出来ていた。
「……(これは、無心でありながら植えつけられた破壊衝動、無垢でありながら肥大化させられた残忍性……?)」
内面に判別つかないながらも危険極まりない負の感情、冥月が知覚できたのはここまでだが、そんなものを抱いた複数の人間がどこかに向かって行進しているのである。
それがいかなる存在なのかはわからないが、放置しておけばまず間違いなく問題が起こるということくらいは予測できた。
「……こっちか?」
ひとまずまずは様子を見るべきであろう。冥月は理気の導きを頼りに問題の地点へと向かった。
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「……これは!」
冥月の前に広がる光景は予想の遥か上を行くようなものだった。
手には長銃を持ち、その身には野戦服の上からプロテクターのような防護服を装着した無数の兵士らが一糸乱れぬ動きで草原を進んでいるのである。
異様なのはその顔、信じられないことにまるで姉妹かのように全員同じ顔をしており一人一人から発せられる理気の性質自体は個人差があれど、見た目に関しては違いがわからないほどに同一だった。
複製人間かあるいは人造人間かは不明だが、冥月が本当に驚いたのはそこではない。
「これは、どういうわけだ……?」
草原を進む兵士らの顔はみな金髪に碧眼という特徴的な顔立ちだが、全員がかつて冥月と戦ったEMS貴族、ノリス・イェンセンのものだったのである。
確かにノリスは冥月との激闘の果てにアルデア城で骨一つ残らないほどに焼滅させられたはずだ。
ならばもし彼女の細胞から培養されたクローンならば、それ以前に採取、開発されていたことになる。
「……そこ、何者だ?」
どうやら気づかれたらしい。オリジナルのノリスとは違い、感情が感じられないような無機質な声で兵士は冥月に声をかけた。
「……『センサーκ』に反応、攻撃対象と判断」
「ただちに戦闘行動に移ります」
「っ! 待てっ!」
不穏なものを察知して冥月は即座に理気の障壁を展開したが、その予測は間違っていなかったらしく無数の弾丸が飛来し始める。
「待て、こちらにやりあう気は……!」
「理気による防御を確認、危険度大」
機械のような無機質な声とともに、兵士らの攻撃は激しさを増した。どうやら彼女らに冥月を逃がすつもりはないらしく、後ろから次々と新手が現れては銃口を向け攻撃を仕掛けてくる。
「……やるしか、ないか」
ここまできたならばもう仕方ない。冥月は腰に下げた麒麟剣に手を伸ばそうとして異変に気付いた。
「っ! 何?!」
腰には鞘こそある。しかしこれまで何度となく冥月の命を救ってきた麒麟剣本体は何故か消滅してしまっていた。
「……(まさか、時空捻転現象に巻き込まれた際に紛失したのか?)」
これでは理力剣を放つことは出来ない。やむなく冥月は空気中に理気を収束させると、兵団の前衛めがけて雷を落とす。
「っ!」
「雷……?」
かなりの衝撃だったはずだが兵士らには目立った混乱はなく、仲間が倒されてもなお、まるで機械のように淡々と攻撃を続ける姿にさすがの冥月も戦慄を覚えた。
「っ! ならば全滅するまで戦うしかない、のか?」
理気による障壁は弾丸を問題なく弾いているが、意識を攻撃に向けるとなるとどうしても防御面が疎かになる。
死を恐れずに、ただ冷徹に必要な任務をこなせる兵士たちだ。集中が乱れて防御に隙ができた瞬間、そこを突かれるであろうことは間違いない。
「……(ならばこちらもそれなりに覚悟を決めて戦わねばならないか……)」
おそらくよほどの打撃を与えねば撤退することはないだろう。
ならばなんとか単身でも兵団に損害を与えその上で撃破するのは極めて困難と思わせるしかない。
「……莉乃、君も一緒に戦おう」
覚悟を決めると冥月は表情を引き締め、こちらに攻撃を続けるノリスの軍勢を睨み据えた。
そして莉乃の赤い指輪を左手の薬指に装着するとともに理気による障壁を解除、同時に右手から理気の電撃を放つ。
「っ! 集中砲火、攻撃せよ」
兵士の声に合わせて大量の弾丸が冥月に迫るが、その前に彼の放った超火力の雷が弾丸を焼滅させた。
「……今度はこちらの番だ」
意識を集中させて左手に赤い戦斧を出現させると、脇構えに構えて下から振り上げる。
「理力剣っ!」
戦斧から放たれた雷の理力剣は一瞬にして空間全域に広がり、前衛に出ていた兵士はおろかその後ろにいた部隊まで吹き飛ばしてしまった。
マスティマとの修行やギラファ戦で『七識』に至った冥月の理気はまさに壮絶の一言である。
「……ほぼ、壊滅状態だな」
冥月の言葉通り、すでにノリスの軍勢はみな地面に倒れ伏しており、とてもではないが継戦できるような状態ではない。
これまでとはまさにレベルが違う、『七識』の理気が持つ力に冥月は内心舌を巻いた。
「……(ギラファやオリン、フィーアとの戦いでは気づかなかったが、あまりにも火力が強い……)」
先程の理力剣もそれほど集中して放ったわけではないが、これほどの威力を持つならば理気の加護がない者が何百人、何千人来ようが『七識』の使い手には太刀打ち出来ないだろう。
「……とにかく、まずはここを離れよう」
戦斧を一旦消すと冥月は地面に倒れたままの軍勢に背を向け、来た道を返す形で森の中へと戻っていった。
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「……やれやれ、ここまで広いと地形の把握も難しいな」
森を抜けて脹脛くらいまで伸びた草木が生い茂る草原にたどり着いた冥月だったが、太陽が沈み出していることに気づき微かに眉をひそめた。
ここまで理気の導きにより比較的安全な道を進んできたものの、今のところ冥月と同じように道を歩む旅人には出会えていない。
しかし冥月の直感はこの先に多数の人間が集まっていることを知らせているため、どのくらい先かは不明ながらいずれは集落を見つけることが出来るだろう。
「……しかし、もう随分と暮れてきたな」
知らない土地であまり行動するものではない。冥月はすぐ近くにあった大木の影に腰を下ろすと、夕暮れが迫りつつある山の尾根を見上げた。
「……(そう言えばこの世界に来てから一人で夜を迎えるのは初めてかもしれないな)」
そんなことを考えながらぼんやりと夕日を眺める冥月。ヤーハンにいた頃も基本的に莉乃が近くにおり、一人という時間はなかった気がする。
そう考えるとこの世界に来てからの冥月は莉乃とともにあったと言えるかもしれない。
「……(大丈夫だろうか?)」
なんとなく胸騒ぎがするのは彼女の得物である指輪が冥月の左手にあるからかもしれないが、何やらそれとは別種の嫌な予感も感じていた。
理気による先読みや未来予知とは異なるなんとなくの感覚。それこそ勘か何かに近いものだが、どうにも気にかかる。
ここがどこなのかはまったく見当がつかないが、莉乃とフォルネスを見つけて合流することをひとまずの最優先課題にした方が良いかもしれない。
「……さて、どんなものやら……」
まずはすべきこと、優先しなければならないことを炙り出したほうが良いかもしれない。
ひとまずそれを探るために冥月は結跏趺坐を組んで意識を集中させるとともに空間に満ちる理気と同調、意識を『七識』の先へと沈める深い瞑想を始めた。




