第二十四話「決戦」
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蟷螂との決着。
わらわらと地面から現れる魔螂獣とやら、身体のほとんどは土とノリスの粘液で出来ているらしく、粘液で泡立つ泥の中から際限なく産まれてくる。
「あまりにも数が多いな……」
麒麟剣を構え直し、叫び声を上げながら飛びかかってきた一体を一刀の元に両断した冥月だったが、次々と泥の中から現れる魔螂獣にげんなりした表情を見せた。
一体一体は理気も使えなければ身体能力も大したことがない、その上動きそのものも単調と、いくらでも対処出来るような実力である。
しかし際限なく現れてくる敵を相手にするとなると徐々に疲弊させられ、やがては力尽きるのは間違いない。
「……ちっ! 雑魚をいくら片付けても仕方ねぇっ!」
戦斧を投擲して複数の魔螂獣を薙ぎ払いつつも莉乃はそう毒づいた。次の瞬間にはすでに彼女が倒した数を上回る新手がノリスから生み出されている。
「莉乃の言うとおりじゃ冥月殿、魔螂獣とやらは無視してなんとかノリスを倒さねば我らは……!」
清白の言いたいことはわかるがすでにノリスの周りは魔螂獣であふれかえっており、下手な理力剣では致命傷を与えられないばかりか彼女まで攻撃が届かない可能性もあった。
「……わかっている。しかし理力剣を使うにしても奴に近づく必要がある。そのためには突破せねばならないが……」
これだけの数を三人だけで捌くのは至難の技、これでは八方塞がりである。かくなる上は暴走する危険こそあれど怒りの力を理気に変え、再びあの姿に変わるべきかと冥月が覚悟を決めた刹那。
「……やれやれ、ですね」
突如として敵集団の一角が崩れたかと思うと、ロベルトが手にしたサイコランチャーで次々と魔螂獣を掃討するところだった。
「心配せずとも我々が道を作って差し上げます。あなたはノリス、否あの蟷螂の化け物を倒せばよろしい」
ロベルトだけではない、ヴィルヘルミナも薙刀を振るい果敢に魔螂獣に切り込むと風の刃を放って複数の敵を霧散させる。
「ロベルト、ヴィルヘルミナ……」
「勘違いはするなよ冥月」
襲いかかる魔螂獣から一度として目を逸らさず攻撃の手も緩めることもなくヴィルヘルミナは口を開いた。
「あくまで手を貸すだけだ。このような怪物を野放しにしておいてはEMS全体が危険だからな。和人に協力することはもうないと思え……」
「……何でも良い、礼を言うぞ」
再び冥月は麒麟剣を構え、迫り来る魔螂獣を次々と斬り伏せてノリスに迫る。斬っても斬っても新手が現れるが、心を奮い立たせて進撃を続け、攻撃の手を緩めることはなかった。
「ーーーーーー!」
隙を突かんと背後から襲いかかる魔螂獣。しかしどこからともなく飛来した戦斧が他の魔螂獣複数体を巻き添えに両断する。
「行けっ! 冥にいっ!」
莉乃の言葉に頷くとともに、冥月は未だに魔螂獣が湧き出でている泡立つ泥に麒麟剣を突き立てた。
『っ! や、やめて……!』
冥月の狙いに気づいたらしいノリスは慌てて地面から産卵管を抜こうとするが、あまりに深く突き立てたためか中々抜くことが出来ない。
「理力剣っ!」
続いて泥全体に浸透するように理力剣を放つ。次の瞬間あまりの熱に泥は瞬時に沸騰、凝固しそこに産卵管を差し込んでいたノリスもまた悲鳴を上げた。
『ぎゃあああああああああ……!』
悶え苦しみ、なんとか地面から産卵管を抜いて脱出しようと試みるも、凝固した地面から抜くことは出来ない。
「……これでもう新手は来ないな」
冷淡に冥月が告げるとともに、清白が刀を振り上げて地面に突き立てる。
「受けよ、我が理力剣っ!」
刀から放たれた水の理気は凍気に変わり、広範囲に渡って地面から突き出た氷の棘が魔螂獣たちを貫いた。
「……次は俺だっ!」
続いて莉乃が放つ理力剣。豪快な一振りから放たれる理気の衝撃波には炎が宿っており、瞬時に残りの魔螂獣たちを焼き尽くし、焼滅させる。
「……さて、どうやらこれまでらしいなノリス、否、魔螂獣の母体よ」
麒麟剣を手にゆっくりと近く冥月、その動きはまるで処刑人か、あるいはマタギを彷彿とさせる迷いのないものだった。
「覚悟は良いかな?」
『き、貴様ごときが私を倒すことなど出来はしないわ! すぐに再生して……ぎあっ!』
まだ喚くノリスの足を一本冥月は雷撃の一撃で吹き飛ばして見せたが、あまりの火力に焼け焦げ、再生のしようがない。
「減らず口は閉じろ」
『な、ならば取り引きをしましょう。私を見逃してくれたならEMS内で栄達を約束するわよ?』
そんなものに興味はないとばかりに冥月はなんの反応もせず、地面に縫い付けられたままの産卵管を足蹴にしてノリスの巨体に登る。
『ロ、ロベルト! ヴィルヘルミナ! 助けて! この卑猩が私を殺そうと……』
「貴様が現れた時点でノリスの人格は消滅しているのではなかったのか?」
冥月の言葉を待つまでもなく、そんなことを嬉々として話していたことを知る二人はなんのアクションも起こさなかった。
『っ! なら冥月、貴方にした実験の真実を教えるわ! 何故貴方がそんな力を振るえるのか、気にならない?』
「……ほう、わかるのか?」
冷たい言葉に一瞬だけノリスは逡巡したが、それが全ての答えである。
どんな実験かはわかっていても何故このような結果になったのかは、ノリスはおろか誰にも分からないのだ。
『お、お願いよ、見逃して、わ、私はまだ死にたくないの』
「また、随分と身勝手な理屈だな」
これまで多くの和人を弄び、ネクロスに変えて命を奪ってきたノリス。彼女の中にもその記憶はあるはずである。
『あ、あれをやったのはあくまでノリス、私は何も出来なくて……』
「否、違うな」
反射的に冥月は否定していた。何故なのかはわからないがノリスの行動と彼女の存在は決して無関係ではないと冥月の直感が告げている。
『や、やめて、わ、私は……!』
身体を捩って冥月を振り落とそうとするが、彼はノリスの身体から常に数センチ浮いているらしくなんの影響もない。
「……ならばお前は何者なのか、お前の後ろに誰がいるかを吐け、そうすれば命だけはなんとかしよう」
『わ、わかった、何でも話す。まずはこっちに来て』
ニンマリと笑みを浮かべ、腹の上に乗っていた冥月を胸の方に誘おうとするノリス。
「……早く話せ」
『そう急かないで、さあ話すわよ』
冥月が胸の上にまで来た瞬間、ノリスの瞳に嗜虐的な光が宿ったかと思うと左右から巨腕に掴まれた。
『あははは……甘いわよ! さあ死になさい……』
「愚か者め、最後のチャンスすら不意にするか……!」
瞬間冥月の身体から理気による雷が漏れ、ノリスの腕を伝わり一瞬にして全身に伝播する。
『え? あ、え……?』
気づいた時には全てが遅い、すでにノリスの身体には血管状に光のヒビのようなものが無数に入っており、そこから凄まじい理気が漏れていた。
『い、いやああああああああ……し、死にたくない! だ、誰か、パウリナお姉……!』
それが最後である。凄まじい断末魔の叫び声を残してノリス・イェンセンは内側から理気に焼かれ、完全に消滅した。
「……終わり、ましたね」
なんとも言えない表情でロベルトは手にしていたサイコランチャーを背中に背負うと、地面に落ちていた白衣の破片を拾い上げる。
「ロベルト、ヴィルヘルミナ、君たちはこれからどうするつもりだ?」
事情が事情とは言え、二人はEMS貴族を討ち取ることに加担してしまったのだ、ことが露見すればタダでは済まない。
「……和人たる貴方に心配していただく道理などありません」
冥月の質問に対して冷たく応じるロベルト。だが流石に前途に不安はあるのか、いつも以上に顔色は悪かった。
「ですが、曲がりなりにも義妹を殺めたのです。もうパウリナの元には戻れないでしょうね」
「……冥月、そのことで言っておくことがある」
しばらく何事かを考えていたヴィルヘルミナだったがやがて微かに頷くと冥月に言葉を掛ける。
「私はEMSに帰ったらこのことを母上に報告するつもりだが、パウリナ議長の性格上、今後お前たちは目の敵にされることは間違いない」
ノリスを操っていた者が何者なのかは結局わからなかったが、結果だけ見れば彼女を殺めたのは冥月。
すなわち今後は元老院議長たるパウリナ・イェンセンが自分たちを仇敵とみなすと言うことだ。
「執念深く恐ろしい方だ。そんな御仁を敵に回して、生き延びることが出来るのか?」
まるで冥月らの身を案じるかのような言葉にロベルトは一度だけ空咳をしてみせる。
「っ! 別に貴様らの身などどうでも良い、ただ貴様らは私の獲物だ。他人に取られたくはないだけだ」
慌てて取り繕うようにそう言うヴィルヘルミナに対して冥月はうっすらと笑みを浮かべた。
「……そうだな、確かに危ないかもしれない」
「だったら……」
「だが、生き延びるためには戦い続けなければならない」
何かを言おうとしたヴィルヘルミナを遮り、冥月は後ろにいる莉乃と清白に視線を向ける。
「我々だけではない、ベルゼルトやボティスら爬人、差別されてきた民が生きるためにはどれほど苦しくとも、誰が相手であろうと退くことは出来ない」
ヴィルヘルミナはしばらく鋭い目を冥月に向けていたが、やがて微かに嘆息すると薙刀を肩に担いだ。
「……好きにしろ。だが今日あったことは忘れない」
それだけ告げるとヴィルヘルミナは踵を返してその場を離れ、ロベルトもまた彼女に倣う形で後ろに付き従う。
「では冥月さん、またお会いしましょう」
意外なことにロベルトは挨拶をすると、今度こそヴィルヘルミナの後ろについて立ち去っていった。
「……なんとか今回も生き延びることが出来たな」
心底ホッとしたような冥月の言葉に莉乃はニヤリと笑う。
「ああ、だが新たな謎が出来ちまったな」
ノリスの変容に人格の変化、何が起きたのかはわからないがこのままで済むとは到底思えない。
「何心配はいらぬよ冥月殿、儂も新たな力を得たのじゃ、これからは大船に乗った気持ちでいるが良い」
清白の笑顔に笑いかけると、冥月は軽く伸びをしてから神殿の入口がある方に目を向けた。
「とにかくまずは帰ろう。ベルゼルトが心配しているかもしれないからな」
それに随分と色々あったため、今の冥月は疲労困憊である。そろそろゆっくり休みたいと思いながら、神殿への道を歩き始めた。
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後刻のこと、誰もいなくなったアルデア城の決戦地に一つの影があった。
「……やはり」
そこには機能停止をしたために土塊へと変わり果てた魔螂獣の亡骸が大量に落ちている。
その女性は両手が泥で汚れるのも厭わず、土塊に手を入れて目当てのものを手に入れた。
それはあまりにも小さな虫の死骸、小さいながらも鎌を持っているがあまりにも脆弱なためかすでに絶命し、変色している。
「ついに見つけた。これで随分進めやすくなりますね……」
女性はその虫を試験管の中に入れると、無数の土塊を眺めながら顔に装着したバイザーを怪しく光らせていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
当面の敵を倒すところまで書けて一安心しています。
しかしEMSとの戦いはまだまだこれから、今後とも頑張っていく次第ですので、どうかよろしくお願いします。




