第十九話「二つの戦場」
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冥月とロベルトの戦場から離れた雑木林を走る莉乃と清白。
どうやら追っ手はいないらしいがずっと走り続けていたため二人の呼吸は荒い。
「……とりあえず、一呼吸入れられそうだぜ?」
後ろに誰もいないことを確認すると、莉乃は慎重な動作でその場に腰を下ろした。
「……冥月殿は大丈夫じゃろうか?」
「平気だろう、あの冥にいだぜ?」
ヴィルヘルミナや集結態との戦いを勝ち抜いた冥月、そうそう倒されることはないだろうと莉乃は語る。
「……そうじゃな、冥月殿のことじゃ、すぐ追いついてくるじゃろうな」
莉乃に言われて清白も少しばかり安心したのか木にもたれるようにして腰を下ろした。
「それにしても莉乃は随分とその指輪が気に入っているようじゃな」
薬指にはめられた指輪を眺める莉乃を見つめながら清白はクスクスと笑う。
「否、指輪ではなく冥月殿を、じゃったか?」
「そりゃそうさ、冥にいは強くて優しい俺の兄さんさ」
「……やれやれ、妹は兄から渡された指輪を薬指にはめたりはせぬぞ?」
冥月が一旦ベルゼルトらに会うため赤い神殿に戻った際、清白は莉乃に自分の住んでいた世界の情報として結婚する際夫婦は互いの薬指に指輪をはめるという話しを提供していた。
「俺と冥にいの関係は清白が言うくらいには深い関係、つまり『夫婦』とやらも同然、だろ?」
しかし生粋の和人として文明的な生活をしてこなかった莉乃は、番ならばともかくとして夫婦という概念はよく理解していないらしい。
清白の説明から、あくまでも運命共同体、あるいは深い絆で結ばれたパートナー、そんな概念的な部分しか読み取れなかったのである。
「……夫婦とはそれだけではない、互いに愛を育み、共に生きる。要するにお主が冥月殿の子供を産むということにも繋がる」
「なんだかわかんねーが、冥にいの子供ならいくらでも産んでいいぜ?」
「……お主、意味わかって言っておるのか?」
清白の追求にキョトンとした表情を見せる莉乃。どうやら何をすべきなのかまではよくわかっていなかったらしい。
「……(これは早急に性教育を……否、ダメじゃ、此奴のことじゃからそんなことしたら勢いで冥月殿を押し倒しかねない、かと言ってこのままでは冥月殿にいらぬことを……)」
「……そんなことより清白、お前そんな細身なのに滅茶苦茶に強いよな? 冥にいとかもそうだけど、戦うコツとかあるのか?」
「冥月殿のことは知らぬが、儂は幼少期から兄上とともに剣術の稽古をさせられておったからな。体幹やら何やらを有効に使えるのはそのおかげじゃよ」
単に力任せに刀を振るうのではなく、身体操作、すなわち柔を用いて最も有効的な斬撃を加えることこそが要。
身体つきは華奢で、莉乃と比べれば恵まれた体格と言えない清白が彼女に匹敵するほどの攻撃力を持っているのはその技に習熟しているからだ。
「……ふうん、もっといきなり強くなったりは出来ないのか?」
「無理じゃな、日頃の稽古こそが全てじゃ」
稽古ね、と莉乃は静かに呟く。冥月にせよ莉乃にせよ体系だった稽古は何一つしていないのだが、彼らの場合は日々の狩猟の中で野生動物相手に武器を振るっていたことが稽古の代わりになっていた。
そのため、今更稽古と言われてもどのようにすれば強くなれるのか、よくわからないのである。
「なんじゃ? まだまだ強くなりたいとはお主も中々向上心があるのう……」
「そりゃ、冥にいの足手まといにはなりたくないからな」
そんなことにはならんよ、と清白は言おうとして辞めた。どんな事情があるにせよやる気を削ぐようなことは言いたくない。
「まあ、気持ちはわからないでもない。じゃがむしろ儂のほうがお主らに……」
「……っ! 伏せろ、清白っ!」
攻撃を察知出来たのはたまたまである。強い殺気に周りの理気が警告を発し、その結果莉乃は何者かの襲撃を予知したのだ。
反射的に身を伏せて、二人めがけて飛来した雷撃弾の直撃をかわすと、莉乃は攻撃が飛んできた方向に目を向ける。
「……かわしたか、さすがといっておこう」
そこにいたのは軍服を身につけた美女。金髪碧眼にスラリとした長身を備えていたが、その目線にはEMS人特有の和人を見下すものがあった。
「お前は、ヴィルヘルミナ・ガドウィン!」
「久しぶりだな莉乃とやら、良い余生は過ごせたか?」
手に持っている薙刀の切っ先を莉乃に向け、ヴィルヘルミナは軍刀に手をかけている清白に瞳を向ける。
「ほう、お前はゲネシスソイミートタワーで見かけた顔だな」
「斎部清白じゃ、お主らには儂の名前などどうでもよい情報かもしれぬがな」
清白の言葉に鼻を鳴らすと、ヴィルヘルミナはポケットから何やらリモコンのような機械を取り出した。
「……多少予定とは違うが、貴様らを効率よく屠殺するために新しい兵器を用意した」
おそらく本来ならばこの拠点ではなく、改めて冥月らを襲撃する際に使おうとしていたのだろう。
「これを見ろ」
ポチッとヴィルヘルミナがスイッチを入れると一瞬だけ彼女の前の空間が歪み、そこに巨人が現れた。
「……ネクロアクアス、ネクロス集結態を遺跡から掘り起こした宝珠で制御出来るように調整した新型だ」
ヴィルヘルミナの言う通りその巨人は大きさこそ一回り小型化しているが、金属質な四肢に蜥蜴を思わせる顔は集結態同様である。
しかし異様な点としてその胸部には海のような青さをたたえた美しい宝珠がはめ込まれていた。
「っ!?」
その宝珠を見た瞬間、莉乃の指輪が微かに鳴動する。まるで敵味方に別れたかつての同士が再会したかのような……。
「……あの宝珠、まさか……!」
「やれ、ネクロアクアス、貴様の力を見せてやれ」
莉乃が疑念を晴らす暇もなく、ネクロアクアスはヴィルヘルミナの命令で右手に大刀を出現させた。
「ーーーーーーーーーーー!!」
凄まじい叫び声をあげながら大刀に理気を込めるネクロアクアス。
「っ! 理力剣じゃと?!」
「正解だ清白とやら、やれっ!」
瞬間ネクロアクアスは大刀から理力剣を放つ。その威力たるや周囲の雑木を容易く吹き飛ばし、巨大なクレーターを残すほどだ。
「……ちっ! 新型の名前に嘘偽りはないらしいな」
攻撃自体は予測出来ていたため、莉乃と清白は散開してネクロアクアスの一撃をかわす。
「覚悟しろ、ここが貴様らの墓場となるのだ!」
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「さあさあ、どうしました?」
鋭い手刀を連続で放ち冥月を攻撃するロベルト。その手は理気を帯びており、無防備な状態で当たれば最後、骨まで切り裂かれるのは間違いない。
「……やって、くれるな」
麒麟剣を振るいなんとかロベルトの攻撃をいなし続ける冥月だったが、ここまで接近されてしまえば武器のリーチは短い方が格段に有利。このままでは遠くない未来切り刻まれてしまうだろう。
「……(一度距離を開ける必要がある)」
あの用意周到なロベルトのこと、距離を開いたとしてもそう都合よく戦局が変わるとは思えない。
だが超近距離では対応策を持たない以上、やるしかない。
「……はあっ!」
冥月は理法念力を用いてロベルトを弾き飛ばすと、麒麟剣を返して左手から理気の電撃を放った。
「属性攻撃、確かに厄介ですね。しかし……」
ロベルトもまた理法念力を用いて近くに置いていた長銃を引き寄せると、狙いを定めて引き金を引く。
「世の中にはこういう道具もありますよ」
銃口から放たれたのは冥月がたった今放ったのと同様理気の電撃であった。二つの属性攻撃は空中で激しくぶつかり、力の余波が周囲を白く染める。
「……この理力値さすがですね。最大火力で打ち消すのがやっととは、パウリナ子飼いの『マルクト』の者達に匹敵しますね……」
「なんだ、今のは……?」
長銃から放たれたにもかかわらず、確かに今の雷からは強い理気を感じた。ヴィルヘルミナの反応から属性攻撃はそうそう出来るものではないと思っていたが……。
「サイコランチャー、EMS技術省が開発した新兵器です」
説明をしながら冥月めがけてまたしても引き金を引くロベルト、今度は無数の火炎弾が空中にばら撒かれた。
「っ!」
麒麟剣を振るいこちらに向かってきた火炎弾を冥月は全て弾き落としたものの、ネクロスではない人の身で二属性以上使うことを可能とするサイコランチャーのスペックは十分脅威と言えよう。
「使用者の理気を五大属性に変換して放つことが出来るため、私のように属性攻撃を使えない者でも理気さえあれば貴方と渡り合うことが出来ます」
使用者の理気を変換するということは属性攻撃以前に計画的に使えば弾切れを起こさないということ。
すなわち量産でもされて現場の兵士に配られた場合、とんでもない脅威になるということだ。
「普段私は前線には出ませんが、今日はサイコランチャーのデータ収集のため出てきました。そして……」
油断なく剣を握る冥月に対して、ロベルトはサイコランチャーを構え直す。
「貴方にはそのための礎となっていただきます」
「……実験に協力するつもりはない」
吐き捨てるように告げ、左手から理気による雷を放つ冥月。しかしロベルトは即座にサイコランチャーから雷を放ち、これを打ち消してみせた。
「する気があろうとなかろうと、私と戦うことになった時点で貴方はもう協力してるも同じことです」
「……勝手なことを、ならばしっかりと記録を残しておくといい」
冥月は麒麟剣に理気を込めて強化、大きく剣を振って地面を抉ると大量の砂煙を巻き起こしてロベルトの視界を塞ぐ。
「っ!」
「……この私、冥月にはサイコランチャーとやらは通用しなかった、とな」
声は聞こえども姿は見えない。もうもうと立ち上る砂煙は微弱ながら理気を帯びているらしく、神経を研ぎ澄ませてもその奥を覗き見ることは出来なかった。
「……(無駄なあがきを……)」
だがロベルトにとってその程度のことは障害にはならない。ポケットから防護グラスのような形状をした道具を取り出すと、砂煙の中に目を向ける。
「……(さて、どこにいますかね?)」
理気を特定するバイザーのおかげで、ロベルトの視界の中では砂煙を透過して理気のみが映し出されていた。
持続的に理気を込めてはいないため徐々に砂煙が帯びていた理気は弱まり、視界は開けていく。
「っ! 来ましたねっ!」
瞬間強い理気の塊がロベルトめがけて突き出された。形状から言って間違いなく麒麟剣、ならばこれの先に剣を振るう者、つまりは冥月がいるはずである。
「そこですっ!」
すぐさま麒麟剣の源、すなわち冥月がいるであろう地点にロベルトは火炎弾を放った。一瞬だけ勝利を確信し、ほくそ笑む。
だが直後下から強烈な一撃を受け、次の瞬間にはあまりの衝撃に上へと吹き飛んでいた。
「外れだ、ロベルト・イェンセン」
「な、に……? 馬鹿な……」
理気を込めた拳打を顎に受けたロベルトの視界はあまりの痛みと衝撃でグルグルと周り、思考すら鮮明ではない。
だが、砂煙が晴れた中地面に落ちていた麒麟剣を見て全てを理解する。
「……(あの剣は最初から囮、奴の本当の狙いは私の懐に入り込むことだったのか……!)」
砂煙を起こして麒麟剣を投擲、ロベルトがそちらに意識を向けていた一瞬の隙を突いて足元に潜り込み、致命的な一撃を与えたということだ。
「ぬおっ……!」
受け身すら取れず地面を転がるロベルト。あまりの痛みに頭は満足に働かず、身体に力を入れようにも立ち上がることすらままならない。
なんとか手に握っていたサイコランチャーを構えようとするもすぐさま理法念力で弾き飛ばされてしまい、今のロベルトは完全に丸腰である。
「……終わりだな」
麒麟剣を首元に突きつけられ、ようやくロベルトは完全敗北したことを悟った。




