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麒麟将  作者: 花鏡
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第一話「出会い」

ヒロイン登場?



「う、む……」


 人の姿に戻った青年が目を覚ましたのはどこかの洞穴、薄暗いが天井に開いた大穴から入ってくる光のおかげでなんとなく様子はわかる。

 どうやらエネルギーを使い果たして落下したらしい、どの程度の距離を逃げてきたのかはわからないが、力が回復するまでは長距離移動はできなさそうだ。


 あれからどれほどの時間が流れたのかは不明だがすでに雨も上がっており、天井の穴から降り注ぐ光も晴天のものだった。


「……(どうにか逃げ切れたか、しかし……)」


 わからないことだらけではあるが、なんとか心を落ち着けて、冷静に自分の身に起きたことを整理しようと結跏趺坐を組み、精神を研ぎ澄ます。


「……(私のこの力、あの凄まじい力はどこからきたものだ?)」


 意識を集中して思案すれば、思い出すのはあの豪雨の中逃亡し、その最中電撃を放ったことと身体を異形の形状へと変え長距離を一瞬で駆け抜けたこと。


 彼にとって明らかに常識の外にあるこの異能の正体をなんとか掴みたいところだったが、正しく理解することはどれほど深く考えても無理そうだった。


「……(ひとまずは安全な場所を探すとともにこの力が暴発しないように注意せねばな……)」


「うん?」


 ふと入り口に人の気配を感じたため一旦瞑想を中断し、用心深く慎重な動作でそちらに眼を向ける。

 そこにいたのは日に焼けた肌に右手には狩猟用の石斧を握り、左手には小柄な猪を引きずる少女。

 その身にまとうのは毛皮か、あるいはボロのような粗末なものだけであり、しなやかな四肢も鍛え抜かれた腹筋も露わな扇情的な姿をしていた。

 興味をそそられるのはその髪と瞳、髪は色素の濃い中に一房だけ金色のものが混じり、瞳のほうも右目は海のような碧眼で、左目は紅玉のような赤色と非常に特徴的な容姿をしている。


「お前は誰だ? この辺の人か?」


 少女は興味深げに青年を見ていたが、その間右手の石斧は掴んだままであり、いつでも動けるように身体を微かに傾けていた。


「……違う、私は、もっと遠くから来た」


 ゆっくりと身を起こすとともに兵士から奪った服が乾いているのを確認し、すぐ近くに置いていた軍刀を腰のベルトに挟む。


「……あんた、俺たちと同じ卑猩なのにEMSの、人間様が着るような服を着てるのか?」


 珍しいものを見たかのように少女はじっと彼を眺めていたが、肝心の青年の方は彼女の言葉に奇妙な違和感を感じたため、しばらくしてから口を開いた。


「……人間、様、だと? 君は人間ではないのか?」


「? 何を言ってんだ? 俺もお前も卑猩、人間様の所有物じゃないか」


 言葉は通じているにもかかわらず、少女が何を言っているのか正確に理解することが出来ず彼は少なからず戸惑う。


「そう言えば名前を言ってなかったな、俺は莉乃、お前は?」


「私は……そう、冥月、先程の話だが……」


 卑猩というのはどういう意味なのか、青年こと、冥月はいつの間にやら洞窟の中に入り込み、彼のすぐ近くに腰を落ち着けた莉乃に向かって訊ねた。

 しばらく莉乃は何を当たり前のことを訊くのかといわんばかりの訝しげな表情をしていたが、冥月が何も言わないため静かに話し始める。


「卑猩は俺たちみたいな種族のこと、人間様のために生きて、人間様のために死ぬ種族」


「……奴隷、ということか」


 否、単純な労働力だけではなく、おそらく人体実験のような危険なことにも利用されていることは冥月にもわかっていた。

 どういうくくりで卑猩と呼ばれるかはわからないが莉乃の言葉から推察するに冥月もまた卑猩。

 そのため、いかなる実験かは不明だが人間に部類されるノリスに被験体にされていたというわけだ。


「君はそれで良いのか?」


「? どういうことだ? 卑猩はそういうものじゃないのか?」


 冥月の問いかけに対して、莉乃はしばらく反芻していたが、やがて理解できないとばかりに首をかしげる。


「……いや、いい」


 現状に不満どころか、疑問すら抱かないように徹底して刷り込みが行われているなら、確かに幸せかもしれない。

 だが冥月は、どうにも喉の奥に小骨が刺さっているかのような奇妙な感覚に顔をしかめた。

 何かがおかしい、そのような直感に近い疑念だが、その正体は情報が足りない現段階では判定できそうもない。


 結跏趺坐を解くと冥月はゆっくりと立ち上がり、莉乃の脇を通り抜けて洞穴の外へと足を踏み出す。


「……これは……」


 洞穴を出た彼の目の前に広がる光景はある種異様なものだった。冥月の目覚めた洞穴は高台にあったため周辺の様子もよく見えるのだが、最初に視界に入ったのは深い森とそれを取り囲む高い壁。

 その中央にそびえるのは巨大な塔、壁の内側を見渡せるかのような高さを誇るそれは、さながらバベルの塔を彷彿とさせる。


「……まるで囲い込みだな」


 逃げるのに必死で気づかなかったが、どうやら知らず知らずのうちに壁を越えていたらしい。

 うっすらとではあるが壁の外側にも塔の遠影が見えることから、壁の外側も似たような景色が広がっているのだろうとなんとなく冥月は思った。


「あの塔が人間様のおられるゲネシスソイミートタワー」


 莉乃が指差した先はこの深い森の中にあって唯一文明的な建物と言える巨大な塔。


「俺たち卑猩はみんなあそこからもらえる食料を食べて生きているってわけ」


 やはり奴隷、否家畜、莉乃の言う人間様は卑猩を育てて労働力かあるいは被験体にするために壁の内側に育成環境を整えているわけか。


「あ、でも俺は最近野生動物の狩りしかしてないから食べてないかな」


 今日も朝から狩りに勤しんでいたのか、左手に持っている比較的小柄な猪を叩いて莉乃は微笑む。


「なるほど狩猟か」


「ああ、でも血なまぐさいし、腹が痛くなることもあるから人間様の食料が恋しくなることもあるけどな」


 ふと冥月は莉乃の言葉から重大なことに気づいた。もしかしたら彼女はそのことを知らないのではないか?


「莉乃、火を知っているか?」


「ヒ? 何のことだ?」


 やはりそうか、どうやら彼女は原始の人類がやっていたように仕留めた獲物はそのまま解体し、生肉を食べていたのだ。


「ちょうど獲物はあるな、見ていろ」


 周りに落ちていた適当な枝を拾い集めると、右手の人差し指に電気を帯び、集めた枝に火をつけようと意識を集中する。

 試したこともないため火力調整は難しいかとも思ったが、そんなことはなく、冥月がイメージした通りの火力が指から枝にほとばしり、一瞬で着火した。


「わっ!」


「よし、肉の準備は良いな」


 見るのは初めてなのか、石器で猪を解体していた莉乃は冥月の起こした焚き火を見て驚いていたが、すぐさま彼に牡丹肉を差し出す。


「さすがに手際が良いな」


 まるで刃物を使って切ったかのような断面、石器でこれほどの手並みを見せるためにはどれくらい肉を解体しなければならないのだろうか?

 単身あの石斧だけで猪を狩ることか出来ることから莉乃がかなりの実戦経験を積んできているのは間違いないが、同時に動物の人体構造にも精通するほどに獲物を解体していることもまた、想像に難しくはなかった。


 ともかく冥月は先を折って鋭くした枝の先に肉を吊るすと、煤がつかないよう注意しながら火で炙る。


「なんだか、良い匂いがする」


 莉乃にとって肉の匂いというのは血や腐敗した生臭いものであり、とても食欲が沸くものではなかった。

 しかし今冥月が調理する肉の匂いは初めて嗅ぐものだが食欲を増進させ、肉の方もなんとも手の込んだご馳走に見える。


「……よし、思いのほか悪くない、食べてみろ」


 焼いた肉を試しにかじってみると、塩味こそ足りないが比較的悪くないもの。少なくとも血が滴る生肉よりは遥かにマシな味だった。


「こ、これは……!」


 熱い牡丹肉に夢中でかぶりつく莉乃、生肉とは違う柔らかさに重厚な味、特有の生臭さもない素晴らしい味である。


「す、すごい、この世にこんな美味いものがあったなんて……!」


「……まあ、遠慮せずに食べると良い」


 しばらく莉乃が肉を食べている間に次の肉を焼くという調理役に徹していた冥月だったが、いつの間にやら肉はなくなってしまっていた。


「感動したぜ。この火というのは、すごいものだな」


 余った枝で未だ燻っている焚き火を興味深そうにつつく莉乃、一方の冥月の方はぼんやりと森の中にそびえ立つ塔、ゲネシスソイミートを眺めている。


「君はどうしてゲネシスソイミートから供される食料を食べないのだ?」


 食料が配給されるならば様々な危険を冒して獲物を狩り、自分で食料を得る必要はないはずだ。


 冥月の質問に莉乃は表情を曇らせ、戸惑うそぶりを見せたが結局話すことにしたのか、ためらいながらも静かに口を開いた。


「……この間平蓮ひょうれん、俺の兄貴が人間様に召集されて、な」


 莉乃曰く定期的に来る『人間』が無数の卑猩を塔に連れ去るらしい。

 この時中に連れ去られた卑猩は誰も帰ってこないため、人間に指名されることは身内や仲間と永遠に別れることを意味するのだが、基本的に卑猩たちは行く側も送り出す側も喜んで人間に身を委ねるらしい。


「でも俺は悲しかった、生まれてからずっと二人だった兄貴が連れ去られて……」


 その結果同族であるはずの卑猩たちに爪弾きにされ、結果食事にもありつけず離れた場所で狩りをしながら隠れて暮らす羽目になったというわけか。


「俺は、間違ってたのかな?」


「……身内との別れを惜しむことは間違いではないし、それを元に共同体から追い出すなどあってはならない」


 自分たちと違うから排斥しても良いなどと考えるのは間違っている。どんな存在であれ、生きているならば尊重し合うべきだ。


「……冥月」


 すでに火は弱まり、水を掛ける必要もなくこのまま消えて無くなるだろうが、莉乃の胸の中には熱い光が灯っていた。




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「……逃すとは、油断したわね」


 冥月たちがいる場所から遠く離れた地点にあるとある空間。

 一面に絨毯が敷き詰められ、最奥の壁には太陽と二つの鎌が交差した図案の国旗が掲げられた王宮の謁見室を思わせる部屋。

 平伏するのは明眼になんらかの実験を施していた女性、ノリス・イェンセンだ。

 彼女の前には王侯貴族が座るような豪奢な椅子があり、彼女よりも若い見た目ながら彼女を上回る悪意を纏う女性が腰掛けていた。


「申し訳ありません、パウリナ議長」


 彼女こそがノリスの姉にして、『人間』の国家『万星帝国』通称EMS(empire of the million stars)元老院議長を務めるパウリナ・イェンセンである。

 立憲君主制のEMSにあって、女王と枢密顧問たる帝国宰相に次ぐ権力者であり、美しくも冷徹な美貌を備えた為政者だ。


「そう気にしなくても良いわ、『メイプル』は確かに未知数な力を持っているけれど素体になっているのは所詮は家畜民たる卑猩、どうにでもなるわ」


 せせら笑うようにそんなことを言うパウリナに対して、ノリスの方は頭を下げながら冷たい汗をかいていた。

 というのも本来ならば卑猩が使えないはずの攻撃をあの卑猩、冥雷は使いこなし追手を撒いたという報告がすでにノリスの耳に入っていたからである。


「それで宰相閣下、クララの様子はどう?」


 パウリナの言う宰相とは冥雷の実験に立ち会った女性クララのこと。

 貴族出身者しか要職にはつけないEMSにあって、女王の推挙とパウリナの後押しがあったとはいえ、身元不詳ながら帝国宰相の地位にまで至った女傑だ。


「具合は悪くないようで、数日中に首都アベルディンに帰還される予定です」


 冥月の放った雷撃をまともに受けて、結果意識不明の重体に陥っていたのだが、ようやく目を覚ましたらしい。


「それは良かったわ。彼女にはまだまだ頑張ってもらわないといけないし、メイプルや卑猩よりもよほど重要な案件ね」


 相変わらず卑猩を蔑むパウリナとは対照的にノリスはどうやって冥雷が逃れたことの重大さを説明しようか思案していた。


「……(いえ、言うべき、ではない、わね)」


 だが冥月を逃し、しかも帝国宰相であるクララに怪我を負わせてしまったノリスは出来ればこれ以上の失敗を重ねたくはない。

 なんとか彼の危険性にパウリナが気づく前に彼を捕らえて処分するのか最良と言えるだろう。


「……(家畜民め、余計な真似を……)」

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