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麒麟将  作者: 花鏡
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第十八話「死線」




 冥月と清白がかなり数を減らしたとは言え、まだ廊下にはたくさんの昆虫がいる。

 そんな中莉乃はこれまでの鬱憤を晴らすかのごとく先頭に立ち、次々と襲いかかる怪物たちを前に凄まじい力を見せていた。


「……はあっ!」


 莉乃自身の戦い方に合致しているのだろうが、大振りな戦斧を軽々と振り回すその様はまさに怪力無双の姿と呼ぶに相応しい姿である。


 廊下を埋め尽くすほどにいた昆虫たちも壊滅し、最後の一匹も正面から斬られ、ようやく神殿に静けさが戻ってきた。


「……よし、これで終わりみたいだな」


 あれほどの大立ち回りを演じたにもかかわらず、莉乃は全く疲れていないらしく新たに手に入れた戦斧を眺める。

 とにかく先へ進もうと三人は土塊のような死骸の山を通り抜け、廊下を歩き始めた。


「信じられぬ力じゃな……」


 あれほどいた怪物を短時間で打ち倒してしまった技量もさることながら、新たに現れた戦斧の威力は驚嘆に値するものである。


「……莉乃、その斧はしまえるのか?」


 巨大昆虫の生き残りがいないか気を張りつも投げかけられた冥月の言葉に、莉乃は得意げに一旦戦斧を消し、再び右手に具現化させてみせた。


「もちろん、どうやら俺の想い一つで自由に出来るみたいだな」


「うむむ、凄い力じゃな。こうなると転移装置の鍵としての方がおまけに思えてくるのう……」


 信じられないものを見るかのように清白は莉乃の持つ戦斧を見ていたが、何を思ったか冥月に視線を向ける。


「冥月殿、あの指輪は持ち主以外でも使えるのじゃろうか?」


「わからんが、少なくとも転移装置は私でも動いたな」


 あちこちに散らばる巨大昆虫の死骸、絶命して時間が経ったものは冥月の見ている前でグズグズと崩れ落ち、泡の立つ泥のような形状にまで分解されていた。

 そんな妙に生々しい死骸を踏みつけないようにしながら三人は進む。


「ならばあの指輪は儂でも使えるということか?」


「可能性の話だがな。試してみないことにはわからない」


 あの赤い壁の神殿では崩落していた一本道の廊下。どうやらこの道が地上へ続くための道らしく、青い鉱石で作られた階段が上へ上へと続いていた。


「ここらが出口みたいだけど……」


 莉乃の視線の先、階段の頂上にはこれまた爆弾か何かで空けられたような穴が残る扉があったが、その外側から被せられるように何やら金属の板が打ち付けられている。


「……まるで一度開けた出入り口を封印したようじゃな」


 訝しげな表情のまま刀の柄で板を叩いてみる清白。どうやらかなり分厚いものらしく反響音は極めて重い。


「よし、なら俺の出番だな」


 莉乃は戦斧を構えると、刀身に理気を収束させた。


「吹き飛ばすなよ?」


 冥月の見立てではおそらく扉を塞いでいるのは10センチほどの超合金の板。理力剣で吹き飛ばすことは可能でも、そんな真似をすれば廊下が埋まることになるだろう。


「心配すんなって冥にい、要は必要最低限の出入り口が作れればいいんだろ?」


 カラカラ笑いながら戦斧の刀身を金属の板に触れさせる莉乃。すると信じられないことに斧が少しずつ板に埋まり始めた。


 否違う。斧がとんでもない熱を発しているために触った部分から超合金が融解し始めているのだ。


「理気による発熱か、こんなことまで出来るとは……」


「……感じ的にはもうちょいなんだがな……!」


 赤熱し融解する超合金の板、どうやら斧の刀身は過程に合わせて伸びてるようで頭身が足りないということにはならないらしい。


「……よし、これで……」


 ついに板を貫通したらしく、莉乃はゆっくりと斧を動かして板全体を溶断すると理法念力を使って板を吹き飛ばす。


 直後太陽の光が通路全体を照らし、あまりの明るさに冥月らは一瞬瞳を伏せた。


「ようやく出られるな……っ!」


 外に出ようとした冥月だが、鼻をつく硝煙の匂いとすぐ前方に捲き上る無数の砂煙にただならぬものを感じたため、慌てて身を翻し通路に伏せる。


「な、なんじゃ?」


「……発砲された、外に攻撃しようとする者たちがいる」


 一瞬しか見えなかったが、EMSの女兵士数人がこちらに銃を向けていたのは確認できた。今出て行けば確実に蜂の巣だろう。


「……仕方ない」


 視界は良いとは言えないがとにかくまずは外に出ることを優先しなければならない。

 理気を収束させるとともに解放、出入り口付近に複数回雷を落とすとともに剣を抜き放ち轟音に紛れて外に飛び出した。


 通路の外はどこかの山の中に切り開かれた発掘現場のような場所。

 あちこちに幕舎が立ち並び、監視塔のようなものもいくつか見える。


「で、出てきたぞっ!」


 そして冥月が思った通り周りにはEMSの小隊が複数隊待機しており、全員冥月に銃口を向けていた。


「撃て、撃ち殺せっ!」


 またしても引き金を引こうとする兵士達に冥月は身構えた。しかし冥月のすぐ後ろから飛来した複数の火炎弾が兵士らのすぐ前に命中、爆発の際に生じた衝撃波によって大半の兵士が吹き飛ばされた。


「莉乃か?!」


 通路から出てきたのは予想した通り莉乃。赤い宝珠に接触した影響で属性攻撃を会得したらしい。


「へへ、危ないとこだったな冥にい」


 得意げに胸を張る莉乃に苦笑する冥月、しかし離れた場所に見える兵舎からたくさんの兵士がゾロゾロ出てくるのが見えたため、一旦剣を納める。


「お、もう一戦おっ始めるか?」


 戦斧を構えて好戦的な笑みを浮かべる莉乃に対して冥月はすぐさま首を振った。


「そんなわけあるか、早く逃げるぞ」


「わかってるって冥にい、軽い冗談だ、よ!」


 莉乃が右手を振るうと一瞬だけ地面から炎の壁が立ち上り、走り出そうとしていた兵士たちの足を止める。


「よし、今のうちにずらかるぜ」


「ああ、走れるな? 清白」


 冥月に問われ素早い動きで通路から姿を現わすと、清白はすぐさま頷いた。


「無論じゃとも」


 どうやら問題ないらしい。しかし莉乃の牽制により一時的に足止めされていた兵士達も兵舎から出てきた増援とともにこちらに向かってくる。


「急ごう、ひとまず向こうへ逃げるぞ」


 逃げ道はまったくわからない、だがここでむざむざと捕まるわけにもいかないため、冥月らは兵士が出てきた兵舎とは逆方向に走り始めた。


「っ! 逃すな、あの化け物昆虫どもを殺せっ!」


 後ろから聞こえる怒鳴り声、これまで卑猩だなんだと言われては来たが化け物昆虫などと言われたことはない。


「……あ、あいつら何か勘違いしてねぇか?」


 走りながらそんなことを訊ねる莉乃。冥月もまた兵士達から逃れながら必死になって思考をまとめる。


「あそこが封印されていたのは恐らくあの巨大昆虫を出さないようにするため、すなわち……」


「出てきた儂らをあの虫どもと誤認しているというわけじゃな?」


 あくまで推察だが間違ってはいないはずだ。ただでさえ他に出入り口がない場所から現れた上、相手は正体不明の虫、人間に擬態する能力を持っていると兵士らが考えるの無理はない。


「……しかしEMSとも敵対しているとは、あの虫は一体……?」


 否。考えるのは後回しだ。冥月らが虫ではないことを証明出来たとしても彼らは完全にお尋ね者であるため、どっちにしろ捕まるのは火を見るよりも明らか、ここはとにかく逃げの一手しかないだろう。


「っ!」


 走り続ける冥月らだったがカチリと足元から音がしたかと思うと、突如として地面から光の壁のようなものが生成され、先を走っていた莉乃と清白、冥月と二手に分断されてしまった。


「冥にいっ!」


 剣を抜くとともに理気を込め、壁を切りつける冥月。しかし何度やってもバチっと火花が散るような音がして、弾き返されてしまう。


「ちっ! 厄介な真似を……!」


 どうやら壁は理気由来の高エネルギーで形成されているらしく、簡単には破れそうにない。


「莉乃、清白、君たちは先へ行け、私はこの壁をなんとかしてからすぐに追いかける」


 敵がすぐそこまで来ている以上無用な危険まで背負いこむ必要はない。一瞬だけ莉乃は躊躇したが、冥月を信じることにしたのか清白とともに走り去っていった。


「……さて、解除の前に客人をもてなさねばならないな」


「いたぞっ!」


 こちらに大量の銃を向ける兵士達、しかしヴィルヘルミナや集結態といった強敵と戦いを生き抜いてきた冥月にとってこの程度の戦力は大した脅威にはならない。


「……行くぞっ!」


 兵士らが一列に並んで斉射をし始めたその刹那、冥月は高く飛び上がるとともに麒麟剣に理気を収束させる。


「理力剣っ!」


 真下目掛けて投擲された麒麟剣は切っ先を下に向けて落下、兵士らの合間を縫って地面に突き刺さった。


 その瞬間剣を中心にして地面から凄まじい理気の電撃が突き上がるようにして広範囲に拡散、兵士達を容易く吹き飛ばす。


「……よし」


 追って来ていた兵士達が全員昏倒したのを確認すると、冥月は地面に突き刺さっていた麒麟剣を引き抜き、壁を調べようと踵を返した。


「……むっ!」


 しかしその直後、背中にヒリヒリとしたものを感じ、剣を鞘に納めようとしていた手を止める。


 隠しきれない敵意の出所を探るべく、冥月は虚空に向かって声をあげた。


「出てこいっ! 私に用事があるのだろう?!」


「……さすがですね。気配は遮断していたつもりでしたが……」


 近くの茂みから現れたのは執事が纏うような黒服に、右手にはシンプルな形状をした長銃を持った青年。

 スラリとした長身に金髪碧眼とEMS人の特性を備えた見た目の美青年である。


「メイプル、いえ冥月、こうしてお会いするのは初めてですね。私はロベルト・イェンセン、以後お見知り置きを……」


「ロベルト・イェンセン、だと?」


 ロベルト・イェンセン、ノリスの秘書であり、先日エリアAにて集結態をけしかけて来たEMS人だ。


「……何故ここに?」


「訊きたいのはこちらの方です冥月。ここは白霧都市アルデアにあるノリスの城、何の目的で、どこからこの城に忍び込んだのですか?」


 なるほど、どうやらノリスは『首塚』と呼ばれるような場所に城を構えていたらしい。そう思案しながらも冥月は油断なく身構えながらロベルトの一挙手一投足に目を向ける。


「……狙いはノリスの首ですか? いえ、卑猩たる貴方にそのような大それたことを思いつけるはずありませんね」


「卑猩ではない、われわれは和人。それに生命の危機を感じれば、いかなる生物でも獰猛になるものだぞ?」


 冥月の言葉にロベルトは顔色を変えた。前にノリスが自分の虐げていた生命が報復に来るのを恐れていたことを思い出したのである。


「……いいでしょう。貴方の生態には興味が尽きませんが、この場で屠殺することとします」


 手にしていた長銃を近くに置くと、ロベルトは理気をその身に収束させるとともに両拳を構えた。


「……参ります!」


 莉乃と清白を先に行かせた状態で彼と戦い時間を浪費するのは得策とは言えない。

 しかしノリスの秘書たる彼ならば、クララとノリスが冥月に対して行った実験のこともよく知っているだろう。


 ならばなんとか口を割らせて情報を得ることが出来れば己の能力の正体もつかめるかもしれない。


「……来いっ!」


 麒麟剣を構え直し、冥月は高速で接近するロベルトを見据えた。






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