第九話「ノリスの狂気」
イベントボス?
『メイプル、ずいぶん久しぶりだけど相変わらず品性のかけらもない面をしているわね。直接会わなくて正解だったわ』
どうやらノリスはあの機械に乗っているわけではなく、どこかからラジコンのように操作しているらしい。
通信に関してもおそらく同様で、なんらかの技術で機械から声を発しているのだろう。
「それは僥倖、思わぬ幸運だ。私も貴様に二度と会いたくないと思っていたところだったからな」
EMSに対する怒りを押し殺しながらそう煽るように言うと、それだけでノリスは激情にかられたらしく無言で戦車に搭載された機関銃を発砲した。
「……無駄なことを」
先程やってみせたように即座に理気による防御障壁を展開すると、こともなさげに弾丸を弾いてみせる。
『生意気な家畜民、卑猩の分際で……!』
一瞬通信越しに何か物が壊れるような雑音が混じったが、もしかしたら苛立ったノリスが手元にあった品を壁に投げつけたのかもしれない。
「ご自慢のゲネシスソイミートタワーとやらは君らが言うところの家畜民の手で廃墟と化した、残念だったな」
『……ふん、ゲネシスソイミートタワーはまだまだたくさんあるわ。そんなことしても痛くも痒くもないわね』
そのようなことを言うノリスだったが、彼女の声は微かに震えており、感情を抑え込んでいるのは間違いなかった。
損害的には痛くも痒くももないのかもしれないが、それよりも下等な卑猩が自分の施設を破壊したのが許せないのかもしれない。
「それとこんなブリキの一体や二体用意したところで、我々はどうにもならんぞ?」
『……ふん、なら私の偉大な発明の力、試してみると良いわ!」
どうやらノリスのほうはすでに我慢の限界だったらしく、戦車に備え付けられていた誘導ミサイルを放つ。
「過ぎたる玩具は……」
だが高速で飛来したミサイルは冥月が右手をかざすだけでその場に停止した。
理法念力によりミサイルは攻撃するべき冥月から狙いをそらされ、そのまま戦車に跳ね返される。
「己が身を滅ぼす」
正面から飛来したミサイルをどうにかする術などなく、直撃を受けた戦車はそのまま爆発炎上した。
『……き、貴様、よくも私の作品を……!』
「破壊されたくないなら部屋にでも飾っていろ。人の生命を狙うからこうなる」
どこから声を出しているのかはわからないが、今度はかなり高いところから聞こえて来た声に対して冥月は呆れたように返す。
どうやらノリスは頭上高くにいるらしく、冥月は刀を抜くとともに空を覆っている分厚い雲めがけて理力剣を放った。
『……っ!』
おそらく直接空中に攻撃が飛んでくるとは思わなかったのか、一瞬だけノリスの息を飲む声が周囲に響き渡る。
「……そこにいたか」
狙いを定めた一撃ではなかったが、雷が厚い雲を切り裂いた結果、巨大な空中戦艦の姿が目視出来るようになった。
『で、でも、そんな場所からではこちらを攻撃することは貴方に出来ないでしょう?』
「……さあ、どうかな? やってみないとわからんぞ?」
再び軍刀に理気を収束させると、今度は空中戦艦めがけて理力剣を放つ。
たがやはりノリスのいる空中戦艦には届かず、またしても分厚い雲を切り裂くにとどめた。
『あ、あはははは……ほ、ほら、見なさいっ! あんたらじゃ私たちには攻撃を当てることすら出来ないのよっ!』
理力剣すらも届かないことに気分良くしたのか高笑いするノリスだったが、冥月のほうは静かに意識を研ぎ澄ます。
「……よく見ていろ」
瞬間、信じられないことに雲の中から一筋の雷が放たれ空中戦艦の翼に命中した。
『え? なっ!』
かなり弱い一撃だったため空中戦艦にはなんのダメージも加わってはいないが、信じられないものを見たとばかりにノリスは慄く。
『ど、どどどど、どうやってこの高度までぞ、属性攻撃を……!』
「お前を攻撃したいと思っただけだ」
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空中戦艦の内部、ノリスは予想だにしない一撃に完全に狼狽してしまっていた。
「あ、あり得ないわ。家畜民が私の作品を破壊するばかりか、ここまで攻撃を届かせるなんて……!」
「解析が終わりました」
すぐ近くで先程命中した冥月の攻撃を解析していたらしいロベルトがノリスに話しかける。
「どうやらメイプルの放った理気が雨雲を活性化、偶発的に発生した雷が当機に命中しただけのようです」
つまりは偶然の産物、冥月もこれを狙ったわけではなく運が良ければ程度の感覚だったのだろうが、偶然とは言え卑猩に初めて明確な攻撃を受けたことでノリスは落ち着きを失っていた。
「こ、殺しに、いいえ、死よりも悍ましいことをしに来るわ! あの雄は必ず私を狙って……!」
ロベルトの報告も耳に入らず、ガタガタと震え始めるノリス。これまでただ管理されるだけの力無き家畜民としか見なしていなかった卑猩が明確にこちらを攻撃、殺傷する手段を備えている。
その事実は彼女にとって途方も無い恐怖であり、これまで散々卑猩に残虐な扱いをして来たが故に同じことを、否報復としてもっと惨たらしいことをされるのでは無いかという被害妄想を生んでいた。
「そ、そうだわ。四番コンテナを開放しなさい。あの中にある作品ならば必ずやメイプルを殺してくれるわ」
四番コンテナと聞いてロベルトの表情が一気に険しいものへと変わったが、ノリスのほうはそれに気づかぬほどに錯乱している。
「っ! いけません、あれはまだ調整中、野に放てばどんな結果になるか未知数です!」
「そんなこと言ってられないわ。ここであいつを始末しないと、今度は私たちがヤられるのよっ!」
もはや今のノリスには何を言っても通じない。冥月に対する恐れから冷静さを失い、背中にはじっとりと汗をかいていた。
「……わかりました。ですがどうなっても知りませんからね」
仕方なしと言った様子でロベルトはオペレーターに四番コンテナの投下を指示する。
「ふ、ふふ、ふひひひひひ、卑猩ごときが、下等な実験生物ごときが人間様に楯突くから、こ、こうなるのよ……!」
度重なるストレスもあったのか今のノリスは正気とは言えない、その姿をロベルトはただただ冷たい目で眺めていた。
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「む、何か来るようだぜ?」
ノリスの空中戦艦から何やら白いものが落ちてきたことにいち早く気づいたのは莉乃。
なんらかの攻撃の布石と判断したのか、すぐさま手に持った斧に理気を込めると、上空から落下してきたコンテナめがけて投擲する。
「……むっ!」
投擲された石斧は狙い過たずコンテナを深々と切り裂いたが、半ばまで達したところで両断出来ず鈍い音を残して跳ね返された。
「……ずいぶん硬いものを納めておるようじゃな」
清白の言葉は非常に剣呑なものである。理気を込めた武器の一撃は基本的に同等以上の理気で防御しなければ防ぐことは出来ない。
つまりあのコンテナの中身は莉乃以上の理気で防御をしたということだ。
「っ! 来るぞっ!」
冥月の警告とともに空中でコンテナが霧散し、その中に納められていた存在が一同の前に姿を現わす。
コンテナの中から現れたのは四メートルはあろうかという巨体、両手両足は奇怪な金属質の肌に覆われており、その異様な姿に拍車を掛けていた。
長く伸びた尻尾は蛇腹剣を思わせる刺々しいものであり、触れたものを瞬時に切り裂くことが出来るであろう。
最も異様なのは胴体から伸びた頭部、首は存在せず直接胸部から生えているのだが、蜥蜴のような頭部に複眼を備えた眼球が張り付いているという異様なものだった。
「な、なんだ、こいつは……」
ゆっくりと地面に立ったその怪物を見て、さしもの莉乃も動揺が隠せない。
この怪物の正体を知っているのはこの場ではアルルだけだが、彼女の相貌もまた血の気の引いた青白いものとなっている。
『……喜んで頂けましたかな? メイプル』
突如として聞こえた男性の声に、冥月は空中戦艦のある上空を見上げた。
「……お前は?」
『私はロベルト・イェンセン、ノリス殿の
秘書をしています』
その声は丁寧ではあるがどこか感情がこもっていない慇懃無礼なものである。声の主、ロベルトの声音から冥月は彼が卑猩に対してどのような考えをいだいているのかを察した。
『その怪物は『集結態』、原子レベルまで分解し汎用タンパク質に還元したネクロスの死体を再結合、臓器や各組織を調整して作り出した作品です』
こともなさげに告げたロベルトだったが、あまりに衝撃的な事実に冥月は反射的にアルルに目を向ける。
「……ロベルト卿の言う通りです。汎用タンパク質の材料は死亡したネクロスや加工して用済みとなった卑猩の遺骸、そしてあれは『兵器部門』のプラントでそれを用いて精製された生体兵器です」
あまりのことに頭がクラクラし始める冥月、つまり卑猩や隷爬は生きているときも死んでからも利用され、挙句あんな怪物の一部にされるというのか……!
「ロベルト・イェンセン! 貴様らEMS人は人間を、否生命をなんだと思っている!」
「タンパク質の塊に意識が宿っただけの存在ですがそれが何か? それに心臓も脳も止まり生物的に死亡した者を再利用して何が悪いのですか?」
激情をぶつける冥月に対してロベルトの声は冷淡そのものだった。薄々わかっていたことだが、やはりEMS人には生命倫理というものが欠如している。
『精々死ぬまでのわずかな間、その製品の相手をして暇を潰していてください。私共が離脱したらすぐに理力兵器が発射されるようになっていますので生き残りたければお急ぎください……』
「なっ! 待てロベルト!」
『メイプル、太古から蘇ったという貴方の力、見せていただきますよ』
どうやらそれ以上ロベルトは話すつもりはないらしく空中戦艦は高度を上げ、すぐに見えなくなった。
「こんな化け物相手にどうしろと言うのじゃ!」
「……やるしかない、生き延びるためには」
清白と莉乃を先導するように前に立つと、冥月は大気中の理気を収束させて力を高めると、徐々にこちらに近づいてくる集結態を睨みつけた。
「みんな、行くぞっ!」
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