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鱗の裏側  作者: 銀タ
17/22

凍る目


 

 



「ラ、ラサイガ殿、お待たせした」

 

 ヴィアが声をかけると、険しい顔のまま振り返ったラサイガは、不機嫌な様子を隠す事なく歩き始める。

 ドスドスと音がしそうな程荒々しく歩く後ろを着いて、ヴィアも慣れたように足を進める。城に向かう行きの時はラサイガの歩調についていけず、かなり後ろを歩いていたのだが、意外なことに途中から歩調を緩めてくれたらしい。現に今も、ヴィアがギリギリついていけるような早さで歩いてくれている。

 迎えに来た騎士がラサイガと知った時は、また何か言われるのではと胃が痛んだものだが、その心配も不要だった。行きの道中も特に突っ掛かれる事もなく、かといって友好的にされる訳でもなく、お互いある程度の距離を保ったまま城まで来たのだ。ちなみに、迎えに来ると思っていたメルヴィルは、別件で手が放せないらしい。不機嫌そうにそう伝えてきたラサイガは、苛々としながらも、与えられた任務はしっかりとこなした。

 そんなラサイガを、よくわからない人だと盗み見しながら、黙々と歩き続ける。ずっと無言が続いているが、特に気まずい雰囲気でもなく、それがますますラサイガの事をわからなくする。

 まあ、無駄に突っ掛かれるよりかはマシだが、と小さく息をついたヴィアは、何とはなしに廊下の窓から外を見て、目を見開いた。

 

 メルヴィルとクロシアが、二人並んで何かを話している。その距離は同僚というには近すぎて、恋人というには遠すぎる。しかし、二人の間に流れる空気には気心しれた者同士の気安さが感じられ、ヴィアはふとアウレの言葉を思い出した。

 

「ふん、あれでただの幼馴染みと言い張るのだから、片腹痛いわ」

 

 突然真横から聞こえた低い声に、慌てて隣を向く。そこには先を歩いていたはずのラサイガが、しかめ面で窓の外の二人を見ていた。

 自分が立ち止まったせいでラサイガが戻ってきてくれたのだと理解したヴィアは、慌てて頭を下げる。

 

「すまない、立ち止まったりして」

 

 そう言うと、一瞬ヴィアに視線を向けたラサイガは、またすぐに窓の外を睨み付ける。そして唸るような声で、問いかけた。

 

「あれをどう思う?」

 

 あれ、とは、視線の先にいる二人の事だろう。ラサイガの言葉に視線を窓の外に戻したヴィアは、どこか他人事のようにメルヴィルとクロシアを眺める。

 相変わらず二人が並び立つ姿は、一枚の絵のようにお似合いで、ほぅっと感嘆の息が洩れる。

 美しいな、とその光景を眺めていたヴィアは、静かな声でラサイガに答えた。

 

「まるで、ああ在るのが正しいと思わせるような、そんな二人だ」

 

 ヴィアのその答えに、少し眉を上げたラサイガは、ふんと鼻を鳴らし、さらには舌打ちをしてみせた。

 

「そう、その通り。全くお似合いな二人だ。なのにあれらは必死に言うのだ。自分達はそんな関係ではないと。……ふん、馬鹿らしい」

「……そうですね」

 

 呟くように同意して、苦く笑う。そんなヴィアを横目で一瞥したラサイガは、大きく舌打ちして、突然ヴィアの首の後ろを掴み、足早に歩き始める。

 

「ラサイガ殿!? どうされた!?」

「うるさい! 黙って着いてこい!」

 

 突然の暴挙に目を白黒させているヴィアを一喝し、風を切って歩くラサイガ。その後ろを引き摺られるように着いていくヴィアは、ふと巡らせた視線の先にこちらを見るメルヴィルを見つけ、ひやりと背筋を凍らせた。

 

「に、睨まれた……」

 

 ポロリと溢れた言葉に振り返ったラサイガが、此方を睨み付けるメルヴィルを見つけ、口を歪める。

 

「ふん、放っておけあんな奴」

 

 そう言ったラサイガに戸惑いながらも、もう一度メルヴィルを振り返る。相変わらず冷え冷えとした目でヴィア達を見ていたメルヴィルは、同じく眉を下げて此方を見ていたクロシアに声をかけられ、ようやく視線を反らした。

 その事に安堵とよくわからない悲しさを覚えながら前を向く。相変わらず引き摺られるようにラサイガの後ろを着いていくヴィアは、先程の二人の姿を思い出すまいと、ひたすら何処に向かっているのかという想像を巡らせたのだった。

 


 バンッと荒々しく扉を開いたラサイガに、中に居た男が椅子から飛び上がる。それを引き摺られながら見ていたヴィアは、放り投げられるようにソファーに降ろされ、思わず蛙のような声を上げた。

 

「おい、アレを持ってこい。全部だ」

「は、はいっ!」

 

 慌てて部屋から飛び出していった後ろ姿に、あああれは副官だったな、といつか会議で見た男を思い出す。そして部屋を見渡し、机に置かれた書類などからそこが恐らくラサイガの執務室だと見当をつけたヴィアは、何故連れてこられたのかと訝しく思いながらも、もぞもぞとソファーに座り直した。

 

「あー、ラサイガ殿、何故ここに?」

 

 ヴィアのもっともな質問を鋭い眼光で黙殺したラサイガは、向かいのソファーにどさりと座り、腕を組む。

 何も言わないラサイガに困惑しながらも、大人しく座っていると、先程部屋から飛び出していった副官の男が、両腕にに抱えきれない程の何かをもって帰ってくる。そして手慣れた動きでそれをソファーの前に置かれたテーブルに並べ始める。目の前につぎつぎと並べられていくそれに、思わず目を点にさせたヴィアは、それの向こうに見えた男の顔にあんぐりと口を開けた。

 あのラサイガが、ほんのり満足そうに笑っているのだ。

 ありえない、と瞼を押さえて、もう一度目を凝らす。やはり、そこにはうっすら微笑む、いかめしい男が居た。

 

「ラ、ラサイガ殿?」

 

 思わず名前を呼んだヴィアをチラリと見て、ラサイガは顎をしゃくる。その仕草につられて視線をテーブルに向けたヴィアは、ポカンと口を開けた。

 

「これは……」

「ふん、遠慮せずに食べるといい。まあ、こんな物食べなれているかもしれんがな」

 

 どこか皮肉に言う男に、いや、と小さく首をふる。そんなヴィアを訝しげに見たラサイガは、それでも何も言わず、テーブルの上の物に手をのばし、バリバリと貪り始めた。

 

「ラサイガ殿、これはその……」

「なんだ、気に入らんか? 流石は贅沢に慣れている。これは一応ムスティーファの菓子なのだがな」

「ムスティーファ!? あの高級菓子店の!?」

 

 そんなもの目にしたことすらない! と思わず絶叫してしまったヴィアに細めた目を向けながらも、ラサイガは高級菓子を次から次に口へ押し込んで行く。

 そのあんまりな食べ方に、ついヴィアもポロリと言葉か出てしまった。

 

「ああ、ムスティーファがポロポロと……もったいない」

 

 悲壮な顔をして呟いたヴィアに、部屋の端に控えていた副官も涙を浮かべ同意する。そんな二人を不機嫌そうに睨んだラサイガは、クッキーが詰め込まれた箱をぞんざいにヴィアの方へ押しやった。

 きっと食べろと言うことなのだろうと解釈したヴィアは、初めて目にした、世に名高いムスティーファのクッキーを恐る恐る手にとる。

 心なしか震える手で口に持っていき、ほんの欠片ほどを咀嚼したヴィアは、うっとりと幸せそうに笑った。

 そんな様子を興味深げに眺めて居たラサイガは、マドレーヌを口に押し込みながら、ぶっきらぼうに問いかける。

 

「あの男を好いているのか」

 

 あの男、が誰を指すのか、さすがのヴィアも理解して、小さく困ったように笑う。

 

「どう、だろう」

「ふん、あんな男はやめておけ……女を不幸にするしかできぬ男だ」

 

 どこか嫌悪が窺えるラサイガの様子を少し意外に思いながらも、口を出す事なく静かに男を見る。相変わらず菓子を貪る男は、苛々とした様子を隠しもせず、低い声で唸る。

 

「あれに、クロシアが、何度泣かされた事か……」

「クロシア殿が?」

 

 以外な人の名前が出てきて、思わず聞き直す。そんなヴィアにギリギリと歯を食い縛ったラサイガは、ダンッとテーブルを叩きつけた。

 

「ああ! クロシアは奴を好いていたのにっ何が家族としてしか見れない、だ! その言葉に何度あれが影で泣いたか、あの男はっ」

 

 ラサイガのあまりの怒りように驚きのあまり言葉が出ない。そんなヴィアにギロリと視線を向けたラサイガは、ぐっと拳を握りしめて言った。

 

「いいか!? あんな男に騙されるなよ! あの、人の気持ちなどちっとも理解できん唐変木めっ奴に何人の女が泣かされたと思っている! 第一、家族としか見れんのに何故あんなにクロシアに近付く!?」

 

 ダンダンと腹立たしくテーブルを叩きながら言った言葉に、少しばかり引き気味に見ていたヴィアも、確かに、と思わず頷く。それを見たラサイガは、勢いにのって続けた。

 

「自分はまだ恋愛に興味がありませんので? はっ、なら女を不用意に近付けるのは不誠実ではないか! 騎士ならば誠実であって然るべきだとは思わんか!?」

「あ、ああ、そ……」

「だろう!?」

 

 そうですね、と言葉を続ける前に、ラサイガが言葉を被せてくる。

 そしてつらつらとメルヴィルを罵る男に、なんだか思っていた人と違うなぁ、と意識を遠くに飛ばしたヴィアは、同じようにげっそりとしている副官を見つけ、深く同情した。

 きっとこれは、普段からよくある事なのだろう。菓子を準備した副官の素早い動きに、なんだか哀れみすら覚えてしまったが、そんな事を考えている間もラサイガの話は止まらない。

 そんなラサイガに、ヴィアもついあの事を聞いてしまった。

 

「しかし、クロシア殿は結婚なさると聞いたが……」

 

 そう言った途端黙り込んだラサイガに、不味い事を聞いてしまったかと後悔するが、出てしまった言葉は戻らない。それに今ここでその話をした時点で、やはりアウレの話をずっと気にしていたのだという自分の気持ちに気付き、苦く笑った。

 自嘲するように笑うヴィアを無言で眺めていたラサイガは、手に持っていたフィナンシェを放りだし、低い声を出した。

 

「クロシアも貴族の女だ。あの家には跡を継ぐ者はクロシアしか居らん。然るべき釣り合いのとれた相手と縁を結ぶのは、あれの仕事のうちだ」

「それは、メルヴィル殿と?」

「いいや、違う」

 

 何故か苦々しく呟いたラサイガをまじまじと眺める。そんなヴィアに気がついたのか、慌てて口に菓子を詰め込んだラサイガは、無理矢理それを丸飲みして気を取り直すように勢い良く愚痴り始めた。それに適当に相槌を打ちながら、ヴィアは内心安堵する自分に苦々しく思った。クロシアの相手がメルヴィルでないとわかって、酷く安堵した自分が、何とはなしに嫌だった。

 ちなみに、このラサイガの愚痴は日が暮れるまで続く事になるのだが、それを切っ掛けにラサイガの当たりが柔らかくなり、ちょくちょく愚痴を聞かされるようになる事を、ヴィアはまだ知らない。

 

 

 

 

 翌日から、ヴィアはラサイガの護衛の元、城へと向かう日々が始まった。相変わらずメルヴィルは別件らしく、顔を会わせる機会はない。

 ヴィアはと言えば、国王が約束通り用意した怪我人やら病人やらをひたすら治癒する日々だ。……どこからその患者が連れてこられているのかは、恐ろしくて聞けない。明らかに表沙汰にできるような人々では無さそうで、ヴィアは賢く口をつぐみ、そんな対応をみた国王は満足そうに笑い、ヴィアの側に付いて回っているラサイガは胡散臭そうな顔をしていた。

 

 治癒の実験は順調に進み、国王がブラウドに押し付けた例のややこしい問題も、大方解決の方向が決まったらしい。

 詳しい事は聞いていないが、貴賤関係なく、やはり重症の者だけ、そして移転術を使って患者を王都に運ぶらしい。移転術はある程度の魔石が必要になり、その辺りの調整はまだらしいが、理想としてはすべての領主の館なりその付近に移転術の陣を設け、治療を受けたい者はそれぞれの村なりの長に伝え、長から領主へと話をして、王都へと患者を運ぶ。

 無論大掛かりな話のため、すぐに実行される訳ではないが、話は大まかには纏まってきているらしく、それを聞いたヴィアは胸を撫で下ろした。治癒も患者が生きてさえいれば、ほぼ全快させる事が出来る事がわかり、後は愛し子達に少々の練習をさせれば、何時でも対応出来るようになるだろう。

 まだまだ細かい事も決まっていないが、これを切っ掛けに『花園』も何かが変わるのではないかと、少しばかり期待していた。

 

 今日も今日とて、何やら酷く複雑な毒に冒されたらしい患者を治癒しおえたヴィアは、珍しく一人で城を歩いていた。最近はラサイガが付きっきりなのだが、菓子の手配をしてくると飛び出して行ったきり、中々戻ってこない。痺れを切らしたヴィアは、勝手知ったるラサイガの執務室までの道のりを、無断で一人歩きしていた訳である。

 あの日からちょくちょくラサイガの執務室に呼ばれるようになったヴィアは、最近は副官にもラサイガのお友だち認定をされていて、複雑ではあるが満更でもない気分だった。

 初対面は絶対に仲良くなれないだろう人だと思っていたのだが、中々人生とは面白い。ラサイガは案外博識で、彼との会話は思いの外楽しく、ヴィアは誘われるがままに足繁くラサイガの執務室へ顔を出していた。そしてこれまた意外にも、大の甘党であるラサイガの執務室には、溢れんばかりの菓子類が隠されており、それもまたヴィアの楽しみの一つであった。

 そんなこんなで、今日は何の菓子がでるかな、と呑気に考えながら歩いていたヴィアは、すっかり気が緩んでいたらしい。後ろから伸びてくる手にも気付かず、鼻唄さえ歌い出しそうな雰囲気で歩いていた所を突如として腕を掴まれ、おもいきり後ろへ倒れ込んだ。

 

「おわっ!」

 

 つい間抜けな声を出してしまったが、来ると思っていた衝撃は思いの他柔らかな何かに受け止められ、パチパチと目を瞬かせた。

 そしてぐっと腹に巻き付かれた腕を確認し、何となく犯人がわかったヴィアは、強張らせていた体の力を抜き、振り返った。

 

「ああ、驚かせないでくれ、メルヴィル殿」

 

 何だか久しぶりに見たその顔は驚くほど険しい物だったが、生憎人の観察に長けている訳ではないヴィアは、何だか不機嫌そうだと呑気に思う程度で、久しぶりだな、と軽い気持ちで声をかけた。

 無論、それはメルヴィルの不機嫌を煽る悪手だった訳だが。

 

「来い」

 

 冷え切った声で言ったメルヴィルは、ヴィアの腕を強く掴み、有無を言わせず歩き始める。

 何だかこのパターンが多いな、とそんな状況でも呑気に考えていたヴィアは、これまた余計な一言をぼやいた。

 

「ラサイガ殿とお茶の予定があったのだが……」

 

 その言葉を発した瞬間空気を凍らせたメルヴィルに、ようやく自分の状況をほんのり理解したらしい。

 慌てて口をつぐみ従順に後を追いかけ始めたヴィアに、手の力を増したメルヴィルは何も言わず歩き続けた。

 そして何処かとも分からない場所に連れ込まれたヴィアは、未だ離されない腕の無事を祈りながら、恐る恐る下を向いていた顔をあげ、その行動を酷く後悔した。

 

 ――メルヴィルは、凍るような目でヴィアを見ていた。

 

 

 

 

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