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鱗の裏側  作者: 銀タ
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10/22

穢れとは





 

「さて、助言をやろう。……穢れとはなんだ?」

「穢れ?穢れとは……」

 

 人が生み出す、負の感情ではなかったか。そう考えたヴィアを、精霊王は満足そうに見つめる。

 

「そう、穢れは負だ。嫉妬、憎悪、悲しみ、怒り、人が誰しも持ち得る負の感情は、すべて穢れとなり精霊達に襲いかかる。……だが、それだけが負ではない」

「どういう事です? 他にも何かあるのですか」

「あるとも、山程な。では愛しいヴィア、特別に教えてやろう。……人の負う、怪我や病ですら、穢れに通じていると」

「っ、それでは、我々には人々の怪我や病をどうにかできる力があるという事ですか!?」

 

 衝撃の事実にベッドから飛び起きて、精霊王に詰め寄る。まさか自分達に、魔石を作る以外に使える力があるとは思ってもみなかった。驚きと、ほのかに喜びが見え隠れするヴィアの様子に精霊王はシュルシュルと舌をだす。

 

「ああ、負の感情は直接は吸い取れやしないが、怪我や病であれば、魔石化する時のように意識を集中させれば、穢れとして吸い取る事ができるだろう」

「っ!……しかし、我々には余分な穢れを引き受ける余裕は……それに貴方は、それを許すのか?」

 

 一瞬喜びの表情を浮かべたが、すぐに問題が浮かび、たちまちその笑みに影が指す。しかしそれも精霊王の言葉によってあっさりと解決した。

 

「なに、問題はないさ。精霊は普段、穢れを凝縮して溜め込んでいる。そなたらに移しているのはその凝縮された濃い穢れだ。怪我や病を直す時に移る事になるであろう穢れは、それに比べ薄く少ない。今より魔石化を増やす必要はあるだろうが、無謀な事をしなければ体を壊す程の負担にはならん」

「っ、本当ですかっ!?」

「ああ、それにそなたらがその穢れを引き受けたとして、結局は我々に回ってくる穢れが少しばかり減る事になる。それをわざわざ禁止にはせぬ」

 

 とても解決策など見出だせぬと思っていた国王の難題が、こうもあっさりと片付いて、何だか夢を見ているのではないかと疑ってしまう。

 少しばかり茫然としていると、歌うような声が部屋に響く。

 

「これでそなたを煩わせる問題は無くなっただろう? もう何も考えず、ゆっくりと眠るがいい」

 

 その言葉を切っ掛けに、頭が霞がかったかのように白くなっていく。

 

「いや、まだ、考える事がある……」 

「ああ、分かっているとも。だがそれはまた今度だ。私が見守っていてやろう、そなたがゆっくりと眠りにつけるように」

 

 シューシューと掠れた声が耳に届くが、その内容を理解するには、疲れきった頭ではひどく難しかった。半分閉じかけた目で、白く輝く鱗を見る。

 

「あしたになれば、またせいれいたちは、戻ってくるのでしょう?」

 

 ポツリと覚束無い言葉がこぼれ、静かな部屋に響く。

 

「ああ。また鱗を纏う姿が見れる。鱗を纏ったそなたは美しい」

「うつくしい?」

 

 あんな化け物みたいな姿が? 半分落ちかけた意識の中で嘲笑う。うとうとと微睡みながら、何処か遠くで掠れた声が聞こえた気がした。

 

「……美しいとも、何よりも」

 

 眠りに落ちたヴィアにうっとりと話しかけ、蛇はそのまま体を横たえる。窓の外から七色の光達が、その光景をどこか羨ましそうに見ていた。

 

 

 

 

 ぼんやりと白い視界の中で、どこからともなく言い争う声が聞こえてくる。何だか聞いたことがある声のような気がして、意識がほんの少しだけ浮上する。


 ――さらり

 

 ふと頬に何かの感触を感じ、重い瞼を押し上げる。明るく差し込む光が眩しくて、つい眉を寄せてしまう。

 

「起きたか?」

 

 頭の上から男の声が聞こえた気がしたが、今はそれを確かめる気力もなく、ただただ眠っていたかった。

 うっすらと開けた目を、また静かに閉じる。誘われるように深い眠りに落ちる時、誰かに優しく頭を撫でられている気がした。

 

 

 

 ――カツンカツンッ

 

 硬い何かが窓を叩く音がして、ヴィアは顔をしかめながら目を覚ます。重い体をゆっくりと起こし、鈍い痛みを訴える頭を手で押さえる。そのままその手でぐしゃぐしゃと髪を掻き乱したヴィアは、ふとその髪が目に留まり、動きを止めた。

 誰かがこの髪のを優しく撫でていたような……。そんな事を思い浮かべ、次に苦く笑った。そんな誰かなどいる筈もないか、と。

 

 ――カツンカツンッ

 

 ベッドの上で座り込んでいたヴィアは、また聞こえてきたその音に窓を見る。美しい青く晴れた空が見える筈のそこには、ブンブン飛び回る様々な光達が窓に体当たりを繰り返している、異様な光景が広がっていた。

 

「……あれ、窓、閉めたっけな」

 

 窓の外に広がる目を反らしたい光景に、つい独り言を呟いてしまう。ひくひくと口元をひきつらせたヴィアは、徐に自分の胸元を見る。そこには、何時もと変わらず大きな鱗が輝いていた。……それ以外の鱗達、いや精霊達は、只今絶賛窓に体当たり中であったが。

 

「すまんすまん、今開けるから落ち着いてくれ」

 

 やれやれと首を振り、ベッドから降りる。身に纏っていたシーツがスルリと床に落ち、その美しい肢体が露になった。

 しかし、そんな事は気にもとめず、カチャカチャと騒がしい窓を勢いよく開けた。

 

 ――バッ!

 

 窓から雪崩かかってくる光達は、一斉にヴィアの体へと向かっていく。それに抵抗もせず、大人しく立ち尽くしているヴィアは、ほんの数秒の間に美しい姿から、いつもと変わらぬ異形の姿へと戻っていた。

 

「……おもい」

 

 ずっしりと動きにくい自分の体に、一晩だけの束の間の自由を懐かしむ。そんなヴィアを尻目に、どこか精霊達が苛立っているのを感じ首を傾げる。

 

「何だ? 魔石化の後はいつもこうだろう? 何を怒っている?」

 

 その言葉に、ざわざわと蠢く精霊達。その蠢く中に、普段は無反応な精霊王の鱗までもが苛立っているのを感じ、戸惑いを顕にした。

 

「何なんだ? 私の体に戻るのが遅れたのはすまなかった。しかし、いつの間にか窓が閉まっていてだなぁ」

 

 昨日床に脱ぎ散らかした服を集め、適当に纏めて放り投げる。そしてクローゼットから新たな服を取り出していると、またもや精霊達が反抗的にざわめく。

 

「だから、謝っているじゃないか。すまんすまん」

 

 服を身に付けながらお座なりに謝るヴィアに、精霊王始め精霊達は、ひどく機嫌が悪いようだった。その原因に心当たりが無いヴィアは、困ったな、と頭を掻きながら寝室を出る。

 そして軽食が用意されているのを見て、少し表情を明るくさせた。

 

「お、気が利くな……ルトミナか? ほら見ろお前達、窓を閉めたのはきっと様子を見に来たルトミナだ、私じゃない」

 

 ふふんと胸を張って言うと、バチバチと鱗が静電気を起こす。それを見て、なんだなんだ機嫌が悪いな、と眉を寄せたヴィアは、それ以上相手にするのも嫌になり、何も言わず黙々と食事を食べ始めた。唯一会話できる精霊王に理由を聞き出せば話は早いのだが、そんな事の為にわざわざ面倒な者を呼び出すのは嫌だった。

 

 無心になって食事を貪っていると、部屋の前から僅かに声が聞こえる。来客か、と眉を寄せたヴィアは、口に詰め込まれた物を水で押し流し、口を乱雑に拭いて立ち上がった。そして、早足で扉へと近寄る。扉に耳を当てて聞き耳を立ててみると、何やら男女が言い争う声が聞こえた。

 

「だから! なぜ貴方……………くるの……!朝も……寝室………!」

「……いい……う? それ………、少し会わ……口うるさ………お前」

「口う………すって!?」

 

 途切れ途切れに聞こえてくる口論に顔をしかめたヴィアは、ゆっくりと扉を開ける。途端、はっきりと聞こえてきた怒声に思わず耳を押さえた。

 

「貴方は相変わらず失礼な人ですわね!」

「そりゃどうも」

 

 怒りを露にするルトミナと、飄々としたメルヴィル。意外な組み合わせの二人にキョトンとし、次いでああ、と納得する。そういえばこの二人は幼馴染みであった。

 

「私が『花園』に入って唯一良かったと思うことは、貴方をお兄様と呼ばずに済んだことですわ!」

「ああ、残念だったな。俺もお前にお兄様なんて呼ばれた日には、寒気がするだろうよ」

 

 ルトミナのお兄様、という言葉に、思わず息を止める。つい忘れていたが、メルヴィルとルトミナの姉、クロシアは許嫁だった筈だ。以前はお似合いの二人だと思っていた筈なのに、今は寄り添う二人の姿を想像すると、何故か胸が痛む。

 

「ほんっとうに、貴方は相変わらず失礼な方ですわ! ヴィア様に貴方が優しいと聞いて、耳を疑いましたけど、やはり貴方は貴方のままですわ!」

「ふん、わざわざお前に優しくする必要は無いだろう?」

 

 鼻で笑ったメルヴィルは、確かにヴィアの知っている人とは違う気がした。ヴィアに接する時は、もっと紳士的だった気がするのだが……。

 ヴィアの存在に気付かず、目の前で今だ激しく口論する二人を見ていると、これまでヴィアに見せていた姿は偽りだったのかと少し寂しくなる。ルトミナにしろメルヴィルにしろ、このようにさらけ出した姿は見せてはくれなかった。その事が無償に悲しくて、眉を下げる。

 しかし、いつまでもこうしてはいられないと無理矢理気持ちを切り替え、口元を引き上げた。

 

「あー、ちょっとそこの二人」

 

 コンコンと扉を叩きながら、自分の存在を教える。それにギクリと固まった二人は、強張った表情でヴィアを振り返った。

 

「ヴィ、ヴィア様」


 顔をひきつらせながらも微笑んでくるルトミナに、ヴィアも眉を下げながら微笑み返す。そして何事も無かったかのように話かけた。

 

「すまんな、すっかり起きるのが遅くなってしまって」

「い、いえ、そんな事ありませんわ」

「そうか。あー、メルヴィル殿もお待たせしてしまったか? 今から打ち合わせを始めた方が?」

 

 無言でヴィアを見つめていたメルヴィルに、首を傾げて見せる。それを見たメルヴィルはすっと目を細め、首を振った。

 

「いや、ルトミナと打ち合わせは終わらせている。……ヴィア、今日の予定は?」

 

 一歩近付いてきたメルヴィルは、自然な動作でヴィアの手を取る。そしてその手に生える鱗を見て、僅かに眉を寄せた。それを目の端に捉えながらも、そっと見てみぬふりをしながら、今日の予定を考える。昨日精霊王から教えられた愛し子の新たな可能性については、まだ国王に伝えに行くわけにはいかない。本当に人の怪我や病を治せるのかも確かではないし、そんな不確かな話をわざわざ国王にしに行くのも気が引ける。少しばかり自分でその能力を検証してからの方が良いだろうと結論付けたヴィアは、腕を組ながら唸った。

 

「あー、今日は新参者達の様子を見ようかと……」

 

 思って、と言いかけたヴィアに向かって、ルトミナが必死で首を振る。

 何だ? と眉を寄せたヴィアに、ルトミナはチラリとメルヴィルに視線をやり、くいくいっと指で廊下を指さす。

 

「あー、ではなく、あー、そうだな、メルヴィル殿、もう『花園』の中はご覧になられたかな?」

 

 ルトミナを窺いながらそう言うと、ヴィアの言葉は中々良い線をいっていたらしい。大満足、といかないまでも、満足そうな表情をしたルトミナに、密かに安堵の息を吐く。

 

「いや、まだだ。団長が来てからルトミナに案内してもらう予定だったんだが、どうも今日は来れそうになくてな」

 

 困ったように笑ったメルヴィルに、そうか、と頷き、視線を少しさ迷わせる。そしてゆっくりと顔を上げ、躊躇いながら告げた。

 

「あー、もし良かったら私が案内しようか? その、嫌でなければ」

 

 その言葉にメルヴィルは目を瞬かせ、次に柔らかく破顔した。その笑顔を見たルトミナが、あんぐりと口を開けているのを視界の端に入れながら、ヴィアは密かに少しだけ体を仰け反らせる。メルヴィルの笑顔が眩しすぎて、気後れしたのだ。

 

「いいのか? それなら頼もうかな。……勿論二人きりだよな?」

 

 ずっと繋がれたままだった手をぎゅっと握られて、上げそうになる悲鳴をなんとか飲み込む。繋がれた手が馴染みすぎて、すっかりほどく事を忘れていた。

 

「いや、二人きり……二人、きりはちょっと……」


 助けを求めてルトミナを見るが、肝心のルトミナといえば、顎に手を当てブツブツと何やら呟いている。そのどこか触れてはならぬ雰囲気に、ヴィアは助けを求める事を諦めた。

 

「いいよな?」

 

 その顔はにっこりと笑っている筈なのにどこか凄味が感じられて、到底首を横に振れそうにない。

 心持ち青ざめた顔でカクカクと頷き、へらりと笑って見せると、メルヴィルは蕩けるような笑顔を見せた。

 

「嬉しい。なら早速行こう。勿論、ルトミナは放っておいて」

 

 最後だけ黒い笑みを見せ、ヴィアの手を引き足早に歩き始める。案内をするのはヴィアの筈なのに、これでは立場が逆だ。

 

「メルヴィル殿っ、ちょ、まって、どこにっ!?」


 足を縺れさせながら叫ぶと、ようやく速度を緩めたメルヴィルが振り返る。ルトミナの姿はもう見えず、そこには二人しかいない。

 

「そうだな……どこか静かに話せる所はないか?」

「し、静かに話せる所……」

 

 うーん、と唸ったヴィアはチラリと窓に目をやり、そして暫く考え込んだ後、徐に口を開いた。

 

「中庭の奥に、私の許可なくば入れぬ場所がある。そこなら……」

 

 窺うようにメルヴィルを見ると、どうやらその提案はお気に召したらしい。嬉しそうに目を細め、ヴィアの手を握り直すと、キョロキョロと辺りを見渡す。

 そんな行動を訝しげに眺めていると、メルヴィルが真剣な表情で言った。

 

「で、中庭はどっちだ?」

 

 どうやら中庭を探していたらしい。待ちきれないのかソワソワと落ち着きの無い様子につい吹き出してしまう。

 口に手を当てくすくすと笑うヴィアを見て驚いたような顔をしたメルヴィルは、じっとヴィアを見つめた後、照れたように破顔した。

 

「こっちだ、着いてきてくれ」

 

 一頻り笑ってから、メルヴィルの手を引き歩きだす。もう、その手を握って歩くことに違和感は無かった。

 

「そういえば、他の騎士達はもう警護についてるのか?」

 

 普段館の中で見る事ができる魔術師達の姿はなく、どこかがらんとしていて落ち着かない。いつもならすでに二、三人とすれ違っていても可笑しくはないのに。

 

「ああ、館の中には入らず外を警護している。魔術師達は陛下の命によって、暫くはお役御免だな。……不便なら何とかして魔術師を遣わせるが?」

「いや、特に不便はない。我々は庶民の出が多いからな、自分の事は一通りできるさ。貴族出身の者も、これまでの生活である程度できるようになっているし」

 

 魔術師達は何かと愛し子達の世話を焼き、ヴィアの傍にも誰かしら控えてはいたが、だからといって何もできない訳ではない。

 ヴィアの言葉を聞いて意外そうに目を見張ったメルヴィルは、何かを言いかけて、しかし少し眉を寄せてやめた。それを横目で盗み見たヴィアは、あえて何も聞かずに歩き続ける。

 目的の場所は、すぐそこまで迫っていた。

 

 中庭に降り立った二人は、そのまま奥の方へ進んでいく。花が、というよりも、木々が多いような中庭は複雑に入組んでいて、慣れない者には迷路のような造りになっている。そんな中をすいすいと進んで行くヴィアはどこか楽しそうで、後ろから着いていくメルヴィルはそんな様子を密かに見つめながら、まるでうっとりするかのように柔らかく微笑んだ。

 


 

 

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