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鱗の裏側  作者: 銀タ
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土台の中には







 ファダオンシアは精霊王に愛された国だ。

 豊かな土地、穏やかな気候、他国には存在しない魔術師という存在を有すその国は、まさに大国と呼ぶにふさわしい。

 では、何故ファダオンシアという国は精霊王に愛されるのか。その歴史は、数百年前まで遡る。

 まだ精霊王の加護が無かった時代、ファダオンシアは只ののファダという小さな国だった。特に豊かな資源もなく、周囲を力ある国に囲まれたその国の人々は、貧しいとまではいかぬものの、細々とした暮らしをしていた。

 

 ある時ファダの王子は偶然にも、森で怪我をした老人を助ける。その老人こそ、精霊王オンシアだったのだ。

 精霊王オンシアはその王子に恩を感じ、国に加護を与える事を約束する。精霊王の加護を受けたファダはみるみる内に栄え、大国となっていった。そしてファダは、精霊王の名から、ファダオンシアと呼ばれるようになったのだ。


 さて、ここでファダオンシアにしか存在しない、魔術師という者達について少し説明しよう。

 彼らは、魔術と呼ばれる不思議な力で自然を操る事のできる者達だ。何もない所から火を起こし、大地を揺らし水を降らせる。だがその魔術には、魔石というものが必要不可欠だった。

 魔石とは、見た目は綺麗な黒い石のように見えるが、実際は力の塊のようなもので、魔術師達はその力を利用して魔術を操る。つまり、魔石が無ければ魔術師は何もできない、只の人、という事だ。

 魔術師達にとって非常に重要な魔石だが、もちろんその辺にころころ転がっている訳ではない。魔石とは、精霊の愛し子のみが作る事のできる、非常に珍しい物なのである。



 その精霊の愛し子、と呼ばれる者達が現れるようになったのは、国が精霊王から加護を与えられた頃からだった。

 もちろん大勢いる訳ではなく、その数は極めて少ない。

 その名の通り精霊に愛された存在である愛し子達は、白い髪と白い肌、透き通るような紫の瞳に、精霊に愛された証として体のどこか一部に宝石の鱗を持つ。

 しかし、生まれた時からその様な特異な姿をしている訳ではなく、精霊王の力が強まる精霊祭の日に、精霊王からの加護を受け姿が変化するのだ。

 そしてそれは、十歳から十五歳の者に限られ、愛し子となった者達は徐々に鱗が生え、魔石を作る能力が開花していく。

 そんな精霊達に愛された愛し子達は、精霊を奉る国にあって尊ぶべき存在だ。誘拐や拉致などの被害を防ぐ為、愛し子となった時点で、国が管理する『花園』と呼ばれる場所に保護され、何不自由なく生活する事となる。

 そうして保護された愛し子達は魔石を作り出し、それを使って魔術師達が国をより発展させていく。

 精霊王に愛された国、ファダオンシアにとって、愛し子とは守るべき大切な宝なのである。




 ……なんていうのは世間一般に語られる表の話。表があれば裏があるように、この話にも一部の人間しか知らない裏がある。

 まず、精霊王の加護についてだが、人に何の好意も興味もない精霊王が、少しばかり助けられたという位で国に加護を与えるだろうか? いや、それはないだろう。では何故加護を与えたのか? そこにはちゃんとした理由、取引があったのだ。

 

 ちょうどその頃、精霊王は大変困っていた。精霊達が絶滅の危機に瀕していたからだ。ではなぜそんな状況だったのか。それは精霊達のある特徴が原因だった。精霊というのは、自然の中で生まれ、自然と生き、自然を操る力を持った清らかな生き物だ。

 しかし、彼らは一つだけ弱点があった。彼らは穢れに滅法弱かったのだ。 

 

 同じ頃、人々はさまざまな文明を開化させ、人口も爆発的に増えていた。人が増えれば穢れも増える。

 精霊達も、それまでは何とか己に降りかかった穢れを自身で浄化していたのだが、あまりの急激な汚染の増大に、浄化能力が間に合わなくなったのだ。

 結果、精霊達は次々と衰弱し、後はもう消滅を待つのみとなっていた。そして残念なことに、精霊王には自然を意のままに操る力はあっても、穢れを浄化する力は無かったのだ。

 

 そんな時に精霊王の元へ転がり込んできたのが、ファダの王子だった。王子を見た精霊王は、ある事を思い付く。人間の中にごく稀に生まれる、穢れなき白き者達を使おうと。

 白き者とは、精霊達の間で呼ばれる、穢れを持たない珍しい人間の事だ。いやむしろ、彼らは何も持たない、空の器のようなものだった。

 だからこそ精霊王は閃いた。白き者達に、精霊達の穢れを移させようと。普通の人間に穢れを移すのは到底無理な話だが、空の器のような人間になら、可能なのではないか、と。

 

 そして何の幸運か、目の前にはいずれこの国の支配者となる男がいる。滅多に人の寄らぬ森の奥地に迷い混んで来た男は、精霊王の姿に震えるばかりで碌に頭も回らなさそうだった。

 

 精霊王は言った。


 ――白き者を寄越せ。さすらば加護を与えん。


 白き者に精霊達の穢れを移し、精霊達を救う。しかし、白き者には浄化のため、精霊が寄生する事になる。その見目は人とは離れた、異形となるだろう。ならば、守る人間も必要だ。


 その言葉を聞いた王子は、一も二もなく頷いた。近年ファダの国は、周りの国々に脅かされ、存続の危機を迎えていたのだ。


 ――誰の事かはわかりませんが、どうぞどれでも、お好きなようにお使いください。その代わりに国に力を貸していただきたい。


 そう言った王子に、精霊王は満足そうに笑った。


 ――ならば異形となった白き者を保護せよ。折角見つけた依代を、その姿故にむざむざ人間どもに殺されては困る。


 そして精霊王は少し考え、付け加えた。


 ――依代となるのは虚弱では勤まらぬ。ならば体ができるまでは待ってやろう。そしてその者達に、力を与える。……体に受け入れた穢れを、特別な力を持つ、石にする力を。


 そうしてファダオンシアには、体に宝石の鱗を持つ異形の者、精霊の愛し子と呼ばれる者が現れるようになったのだ。そして、そのしばらく後には、愛し子が生み出す石を使って魔術を操る、魔術師も生まれる事となる。


「……結果、私たち愛し子はこうして『花園』で保護……いや、管理されている訳だ」


 唖然と己を見つめる者達を見ながら、ゆったりと背もたれに体を預ける。

 ずっしりと宝石の鱗に覆われた体が、ひどく重たい。


「それじゃ、僕達は精霊様達に愛されていないの?」

 

 先日の精霊祭で愛し子として変化し、新たに楽園へ連れてこられた者の内、一番年少と思われる少年が口を開く。愛し子のみが纏うことを許された真新しい純白のローブが眩しく、目が痛む。

 

「さぁな、必要とされてはいるんじゃないか。大事な道具として」

「そんな……」

 

 言葉を失った小さな少年を見て、ゆっくりと体を起こす。銀の糸で刺繍を施された豪奢な白いローブ、そのゆったりとした長い袖が、するりと音を立て床に落ちる。

 ヴィアは出来るだけ優しく、それでいて諭すような口ぶりで、少年に語りかけた。


「いいか、お前達がどういう期待を持ってここに来たかはおおよそ想像がつく。しかし我々はただの生け贄、別に権力がある訳でも何ともない。そしてこれが一番大切なこと、いいか、傲るな、謙虚に、静かに生きろ」 

「そんなっ、私は父に、お前は国の特別な、何よりも敬われるべき人間になるのだと言われてここに来たのです! これではまったく、話が違うではありませんかっ」

 

 新たに来た者の中では一番年上で、容姿も飛び抜けて良い少女が金切り声で叫ぶ。


「特別? ああ確かに特別だ。だが、別に我々を優遇せずとも、精霊達を浄化できる事には変わりはない。我々が比較的豊かに、穏やかに過ごしていられるのは、一重に歴代国王の温情のおかげだ。いいか、極端に言ってしまえば、我々は生きてさえすれば良いようなものなのだから」


 目を見開いて、信じられないと首を振る少女。恐らく貴族階級の、それも大事にされて育っただろうその少女には酷な現実なのかも知れない。


「それに今の国王に代わってからは、騎士団が発言力を持つようになった。魔術師達に言わせれば、騎士団の連中は我々や魔術師達を、役に立たぬ穀潰しと思っている節があるらしいからな。この今の恵まれた状態もいつまでもつか……それはしっかりと理解しておけ」

 

 そう言って、また背もたれに体を預ける。毎度の事ながら、新参者に一から説明をするのは酷く疲れる。しかし、一応は楽園を取り仕切る立場であるヴィアが、何も知らない彼らに現実を説明しない訳にもいかない。

 

 ――さてさて、いったいこの中の何人が残るやら。

 

 そんな事を思いながら、目の前に並ぶ少年少女達を改めてじっくりと眺めてみる。不安そうに見つめてくる者、じっと下を向いている者、そしてヴィアを鋭く睨み付けてくる者。各々反応は違うが、きっとその胸には不安を感じている事だろう。

 彼等の心境がありありと理解できるヴィアは、何とも苦い気持ちが込み上げてきて、知らず知らず鱗に覆われた口許を歪めていた。……運悪くそれを正面から見てしまった先程の少女は、小さく悲鳴をあげ、顔を真っ青にさせたが。

 だが、そんな反応に少しばかり気落ちしながらも、別段腹を立てる事はない。ヴィアは自身の異様さをよく理解していたからだ。そんな時、背後から酷く怒った声が上がった。


「ヴィア様っ、いかに騎士団が力をつけようと、愛し子様方を蔑ろにするなど、この世にあってはならぬこと。そんな事は我々が許しません!」


 そう叫ぶのは、魔術師団から『花園』に出向いて来ている魔術師である。そんな魔術師に目をやりながら、だらりと体の力を抜く。


「……まあなぁ。国王も戴冠式の時には、精霊王にある程度は釘を刺されている筈だ。我々はそこまでひどい扱いにはならんだろうよ」

「なにをおっしゃいます! むしろ今の状態でも不足です! この国の者達は、もっと愛し子様方に敬意を表すべきなのにっ」


 魔術師の多くは、自分達に必要不可欠な魔石を作り出す愛し子を尊敬し、信仰している。中には愛し子の役に立ちたいと、魔術師達が詰め寄る搭から押し掛けて来る者がいるのだ。この者もそんな中の一人で、主にヴィアの身の回りの世話をしている。


「さぁてな、近年は他国も軍事力を強化しているそうだしな。その勢力は馬鹿にはできぬ。実際、もう魔術だけでは対処できんのも事実。そうなれば、騎士団の力が必要になるのも、仕方の無い事だろう」

「しかし、あの脳みそまで筋肉馬鹿の愚か者共ときたら、愛し子様方を何と呼んでいるかご存じですか!? 春が来ぬ蛇共と、馬鹿にしているのです!」

「春が……ふふっ、なるほど。確かに我々は『花園』から出ることはないからな。……実際我々には、人が思うような偉大な力はもなくば、馬鹿にされても仕方ない事かもしれん。……精霊達が己に寄生するのさえ、阻止する事ができんのだから」


 

 

 ファダオンシアは精霊王に愛された国だ。

 豊かな資源、恵まれた気候、そして人知を越えた力を操る魔術師と強力な騎士団。

 様々な国の羨望を集めるその大国は、愛し子という贄を元に、成り立っている。

 ――しかしその事実を、多くの者が知る事はない。






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