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白い羅刹と鬼討ちの剣  作者: 玖音
第一章 朧なる者達
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第七話 戦

 夜が明け、外を見ると、どうやら吹雪は収まっているようだった。


 一行は身支度を整えると、洞窟を出て再び歩き始めた。

 死龍は滅多に現れるものではないとの伝承はあるが、油断は出来ない。

 周囲の警戒を強め、残り一日近い道のりを進んでいく。


 幸い、吹雪く事も、死龍がそれ以降現れる事もなく、道のりは順調だった。

 そうして日が暮れる頃、別の洞窟を見つけ、そこで一夜を過ごす事になった。


 二度目の洞窟の夜が過ぎて朝となり、残り半日の道のりを進むと、一行は雪原を踏破した。


「ここから先は、山を二つ越えないといけないな」


「あぁ。里人の体力は大丈夫か?」


「まがりなりにも鬼討ちの一族だ。体力は人並み以上にあるし、まだ歩けるだろう。山の中腹くらいまで進んだら休む事にしよう」


 一行は山を登り始めた。一つ目の山はそれほど標高が高くなく、おそらく越えるのに一日はかからないと思われたが、何度か餓鬼と出くわし戦闘になったりもした。

 その上、雪原を抜けたばかりで疲労もあったので、先ほどユヅキが提案した通り、山の中腹辺りで一旦腰を降ろす事になった。


 火を起こし、山で採れた兎の肉、きのこ、山菜等を鍋に入れ、味付けに携帯用の味噌を投入する。

 グツグツと鍋の煮える良い匂いが辺りに漂った。


 ユヅキが皆の器にそれぞれの分を取り分け、渡していく。


「……美味しそうだな、いただきます♪」


 鍋を囲い、食材に感謝しながら食事を楽しむ。

 吹雪く雪原を踏破したり、死龍に襲われたりで肉体的にも精神的にも疲弊している一行にとって、暖かい食事は唯一の癒しの時間だった。

 だが俺の目から見て、ユヅキの態度はどこか、無理して明るく振る舞っているように見えた。里人が食われてしまった直後では、それも仕方ない事なのだろうが。


「ふぅ……食った食った」


 満足気にそう言うユヅキを横目で見ながら、俺は後片付けを始める。


「おっと、すまない……私も手伝うよ。……何だか妙に手際が良いな、セツキ」


 意外感を露わにするユヅキ。


「一人で旅してきたからな……これくらいは当然だ。お前ももう嫁入り出来る年なのだろうし、こういった事は慣れているのだろう?」


「なっなな……何を言う、当然だ! いや、そもそも嫁入りも何も、まだそんな相手すらいないし……ゴニョゴニョ」


 顔を真っ赤にしてゴニョゴニョと口ごもるユヅキ。


「……くくっ。はっはっはっはっ……!」


「な、何がおかしい!?」


 思わず笑い出すと、ユヅキが更に顔を赤くする。


「いや、すまんな……大丈夫だ、お前ならば良い旦那に巡り会えるだろう。お前は良い女だよ」


「なっ……か、からかうなっ!」


 しどろもどろになっていくユヅキを見ているともっと弄りたくなってくるが、あまりやり過ぎて拗ねられても困るので、それ以上は肩を竦めるだけに留めておく。


(……声を上げて笑ったのは、いつぶりかな)


 ふと、自分がらしくない事をした気になったが、たまにはこんなたわいない会話も悪くないか……内心、そんな事を思った。







(あぁ、ビックリした。全く、何を言い出すのだセツキは……!)


 まだ心臓がドキドキ鳴っている。

 今までの人生、里を守るために生きる事しか考えていなかったため、自分が誰かの嫁になるなど考えた事もない。


(しかし確かに、私ももう十七……私くらいの年頃の娘は嫁いでいてもおかしくない。いつか私にもそんな御仁が……)


 もわもわと妄想が浮かぶ。その妄想の中では、見慣れた白い髪が……


「わーっわーっ! 何を考えてるんだ私はっ! 種族の壁が……いや、そもそも別に好きなわけではっ……!」


 慌てて妄想の雲を両手でかき消しながら、ぶつぶつと独り言を始めるという典型的なラブコメ風の言動取ってしまう私。


「……何をやっているんだ、あいつは……」


 その様子をセツキや、周囲の村人が見て不審に思っていることなど、当の私は気づいていなかった。




 ******




 山の中腹での休憩を終え、再び行軍を始める一行。

 今日は風が少し強いせいか、やけにざわざわと葉の擦れる音が木霊している。


 しかし特段急な山道でもないため、里人にとっては苦ではない道程だった。

 頂上にたどり着くと、今度は二つ目の山がそびえる方角へ下山を開始した。


 日が暮れる頃には一つ目の山を下り終え、二つ目の山の登り口へと到着した一行は、山の麓で一晩を過ごし、次の日の朝に二つ目の山に登り始めた。


 登り始めて一刻ほど経った頃、セツキが急に立ち止まった。


「……ん? どうしたんだ、セツキ……あ。」


「気づいたか。……そこの木に二人、向こうの木に一人、茂みの奥に三人。全部で六人隠れてるな」


 声量を抑えた声で私へそう告げてくる。


「……さすがだな」


 私も気配には気付いたが、隠れている正確な位置や人数までは分からなかった。

 ちょっと悔しくて頬を膨らます。


 そんな私を後目に、一歩前へ進み出るセツキ。


「そこに隠れてる奴ら、出てこい。居るのは分かっている」


 セツキが静かだがハッキリとした口調でそう告げると、少しの間を置いて隠れていた六人の人間らしき者達がゾロゾロと出てきた。


「……へっへっへっ。よくぞ見破ったな、お兄ちゃん。分かってるなら話が早ぇや。身ぐるみ全部置いていきな」


 先頭に立つ男が、これみよがしに刀を抜いて切っ先を向けてくる。


 山賊だ。

 分かりやす過ぎるほど山賊だ。


「山賊だ」


「山賊だな」


「おばあちゃ~ん、山賊だよ!」


「これ、ジロジロ見たら山賊しゃんに失礼じゃろう」


 里人が口々に山賊を連呼する。


「なっ、なんだお前らっ! ほれ、刀だぞ。怖ぇだろ、ほれほれっ!」


「……私達が出るまでもないな」


「あぁ……そうだな」 


 数分後。


「へっ、へっへっへっ、どうもすいやせんでしたっ! いや~皆さんお強いっ! 俺ら元々は農民だったんですが、最近俺らの村が戦に巻き込まれましてねぇ……食うに困ってこんな山賊まがいの事を始めちまっただけなんでさぁ。ご迷惑おかけしましたっ! あっ、この刀は戦場で拾ったやつでしてね、良ければどうぞ持っていってくだせぇ! あは、あははははっ!」


 鬼討ちの里の皆にボコボコにされた山賊達が、纏めて縄で縛られていた。

 調子の良い事を言っているが、おそらく村が戦に巻き込まれたというのは嘘ではないだろう。最近、そういう話はよく聞くし、山賊達も人を襲い慣れていない感が見え見えだったからだ。多分、山賊になりたてほやほやの山賊なのだろう。


「……刀はいらん。代わりに聞きたい事がある」


「へぇ旦那っ、あっしらで分かる事なら何でも答えさせていただきやすっ!」


 縛られているのに揉み手をしているように見えてしまうのが不思議だ。こちらの方がよほど堂に入っている。


「その戦は、エンラ将軍率いる玖雅国の軍勢が関わっていなかったか?」


「へ、へぇ……よくご存知で。玖雅国と羽座間国(はざまのくに)の戦でさぁ」


「……そうか」


「……?」


 何故そんな事を聞くのだろうか、と首を傾げる私。


「その戦、朧が関わっているな。エンラ将軍は、朧の息がかかった将軍だ」


 セツキが、山賊達に聞こえないよう声をひそめながらそう告げる。


「……なっ……」

 

「俺がまだ朧に在籍していた頃、確かこの辺りの地域で戦を起こす計画が持ち上がっていた。目的は他国の侵略が一つ。この辺りの地域は、国境に近いからな。もう一つは……人間の捕獲だ」


「……!」


 捕獲。つまりは誘拐か。


「通常、人の住む場所で大量の人間がいなくなったとなると、都の奉行所の調査が入り面倒な事になりかねん。だが、戦でたまたま村が巻き込まれた場合は調査が入らない場合がほとんどだ」


「ま、まさか……」


「そうだ。戦のどさくさにまぎれ、その村の人間を大量に誘拐する計画があったはずだ……どうやら実行されてしまったようだな……」


 何のためにそんな事を……

 鬼の息がかかった将軍が、大量の人間を捕獲する。

 ……まさか、鬼の餌とするために……?

 想像するだけで、わなわなと拳を震わせずにはいられない。


「何のために人間を誘拐するのかまでは、俺にも分からん……俺はその計画については耳にした程度で、直接関わっていたわけではなかったからな」


 何という事か。戦があったのは一日二日の間の話ではないだろうから、誘拐された者達は、もうとっくに殺されてしまっている可能性が高い。


「胸くそ悪い計画だ……頭領に会いに組織へ赴く時に、その辺りの計画も潰しておこうと考えていたんだがな……遅かったか」


 今の話からすると、ある意味この山賊達は被害者だ。きっと、家族や親しい者が連れ去られてしまった者もいるだろう。

 だからといって、山賊になって人を襲って良い理由にはならないが……少なくとも同情の余地はある。


 ユヅキは山賊達の縄を切ってやった。


「お、おいユヅキ……」


 里人の一人が怪訝な声を上げる。


「お前達、これから都で職に就くと良い。もう山賊なんて馬鹿な真似はやめるんだ」


「へっ? い、いやでも……都はここから距離があり過ぎやすし、道中には鬼や野獣もいてとても辿りつく事は……」


 山賊とはいえ鬼は怖いらしい。セツキは今、角を妖力で隠しているが、もしもセツキが鬼と知ったらどんな反応をするのだろうか。

 そんな事を考えながら、山賊達の目を見て話す。


「だから、お前達も一緒に来い。私達は都へ向かっているんだ。お前達も連れて行ってやる。警護職ならこの御時世で人手不足だ、雇ってもらえるだろう」


「……! あ、ありがとうごぜぇます、ありがとうごぜぇます姉御! なんとお礼を言ったら良いか!」


 思わずずっこけてしまった。


「あ、姉御っ!?」


「へぇ、是非そう呼ばせてくだせぇ! あ、あっしの名はヤスケと申しやすっ。都までどうぞよろしゅうお願ぇしやすっ!」


「姉御っ!」


「姉御ぉっ!」


 他の山賊達が口々に私をそう呼ぶ。


「ふっ……舎弟が出来て良かったな、姉御」


 セツキがくっくと笑いを堪えながら、肩にポンと手を置いてくる。

 振り返ってセツキをジと目で睨む私。


「あ、兄貴もよろしゅうお願ぇしやすねっ!」


 ヤスケがセツキの手を堅く握りぶんぶん振っている。


「兄貴っ!」


「兄貴ぃっ!」


「………………」


「ふははっ、良かったな兄貴、舎弟が出来てっ!」


 ニヤニヤと笑いながら、私はセツキの肩をポンポンと叩いた。


 こうして一行は元山賊達を新たに引き連れ、再び山道を歩き始めたのだった。

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