光 その4
●光 その4
○海浜公園 光と偶然話しかけた父親と流木に座って話している
光「誰かにありのままに受け入れてもらいたかったのかもしれません。誰かを探し求めてここに来た。そんなことしても無駄だと、諦めようと思っていた。だけど良心には勝てなかった。未来が見えることを覚悟で鍵を拾ったんです」
○回想
父親の鍵を拾い上げる光
光「あなたの未来が、見えてしまった。どうしても伝えたいと思って嘘をつきました。ごめんなさい」
父親「……君は何を見たんだ?」
光「どんな未来でも、どんな話でも、僕を受け入れてくれますか?」
優しく頷く父親
光「あなたが死ぬ瞬間が見えたんです。鮮明に」
父親「……それはいつだった? どんな風に?」
光「デジタル時計にカレンダーと時間が写っていたのでハッキリと分かります。あなたは四日後の木曜日。午後二時四十五分。オフィスで突然倒れます。何の前触れもなく」
黙る二人
砂浜で楽しそうに遊ぶ娘の声が聞こえる
父親「それは多分……脳の病気だ」
光「いや、そこまでは分からないんです。心臓発作のようにも見えましたが――」
父親「いや、分かっているんだ」
父親の顔を見る光
笑っている父親
父親「ちょっと前から立ちくらみや頭痛がしててね。すぐ倒れたとしたらおそらく脳の病気だろう」
光「……どうしてそれを」
父親「私は医者だからさ。まあ精神科を担当してる医師だけどね」
口を開ける光
父親「なんとなくそんな気はしていたんだよ」
光「……病院に行ってください。まだ助かる可能性だって!」
父親「いいんだ。もう」
光「何でですか!」
父親「君が言ったことじゃないか。『どんな未来でも、どんな話でも、君を受け入れる』って。会社に行くのはおそらく私が産業医だからだろう。企業専門の医者だからどこか出かける時にオフィスにいても不自然じゃない。ちょっと前から続く頭痛や立ちくらみ。ありえないほどの痛みだった。でも私は最初から病院に行くつもりはないよ。いっそぱっと死ねるならそれが本望さ」
光「……どうしてですか」
父親「娘や妻を愛しているからさ。後遺症を残してこれから先、ずっと心配をかけ続けるなら君が見た未来を信じてこのまま何事もなく数日を生き続けるよ」
光「……死が怖くないんですか?」
父親「怖くないよ。未練がないんだよ」
黙る光
父親「君には言おうと思うが、どうやら妻は別の男と不倫関係にあるらしい。最近じゃ隠そうともしなくなった」
光「娘さんは……どうなるんですか……」
黙る父親
父親「……そうだ。君に見てもらおう。君なら未来が見えるはずだから」
少し間を置いてから
光「……分かりました」
父親がポケットから鈴を取り出す
父親「娘がいつかバイクに乗る時に付けてもらおうと思ってる鈴さ。特注品でね。よく娘が赤ん坊の頃に遊んでいた。危ないからすぐに私が預かったけど、これが一番最初に娘が触れたものだ。もしかしたらよく未来が見えるかもしれない」
鈴を受け取る光
ハッとする
父親「どうだった……?」
海の波が砂浜に行っては帰りを繰り返す
波の音で会話がかき消される
二人とも黙る
父親「正直、今一番心配なのは君だよ」
光「僕ですか?」
父親「君はこの能力に取り憑かれている。自分自身を能力のせいで無下にしようとしている。君のことをありのままに受け入れてくれる人を探し、ありのままに自分自身を受け入れるんだ。そうすればきっと君は今後上手くやっていける」
光「……大丈夫です。僕自身の未来も見えましたから。娘さんとは関わっていく事になりそうです」
父親「そうか。嬉しいな」
光「……娘さんに残しておきたい言葉があったら教えて下さい。彼女がその言葉を必要となった時に探し出して、きっと伝えますから」
父親「分かった。そうだ。そういえば私達、まだ名乗っていなかったな。私は横山真という。娘は横山晶というんだ」
光「僕は川下光です」
父親「光くん。私のような人間でも君の役に立てたかな?」
光「はい。僕もあなたの役に立てればと思います」
ブラックアウト
○海浜公園 駐車場
バイクとサイドカーが置いてある
アニメのストラップの結ばれた鍵をバイクに差す
父親「じゃあ、しっかり伝えてくれ」
光「……はい」
手を振る父親
晶「バイバーイ! オンジンさーん!」
手を元気よく振る晶
それに返すように目一杯手を振る光
バイクが遠くへ消えた後にその場に崩れ落ちる