ルシアお姉様と秘密の眼
第1話:ルシアお姉様と秘密の眼
ハジメテというのは、いつだって緊張するものだ。
それが、元平民から貴族の養子へ成り上がった14歳の少年が、女子生徒1000人を抱える超名門「アヴァロン冒険者女子学校」に潜入する初日であれば、なおさらである。
「……よし。ズレてないな」
鏡に映る自分を見る。
艶やかな漆黒のロングヘア(最高級シルク製ウィッグ)。気弱そうで、守ってあげたくなるようなタレ目。ふんわりとしたパフスリーブの制服。胸元には、錬金術で肉感を偽装した特製のマジックアイテムが仕込まれている。
どこからどう見ても、可憐な美少女――「ルシア」の完成だ。
俺の真の目的。それは、貴族の養父から言われた『この学校で最高のお嫁さんを見つけてこい』という至極単純な、しかし命がけのミッションだった。
「待ってろよ、俺の可愛いお嫁さんたち……!」
――ま、その前に。まずはこの、モンスターがひしめくイカれた学園で生き残らなきゃいけないんだが。
アヴァロン学園は、広大な「人間の大陸」の中心に位置する。
学科は勇者科、戦士科、魔法科、回復術師科など多岐にわたるが、俺が選んだのは不人気な「魔獣使い科」だ。
なぜか? 理由は簡単。
他人に怪しまれず、堂々と「ペット」を持ち込めるからだ。
「きゅ、きゅぅ……」
俺の足元で、ぷるぷると震えているのは一匹の丸いスライム。
世間的には最弱の雑魚モンスターだが、俺にとっては可愛い相棒。そして、俺の固有スキル【鑑定】を向ければ、その真価がわかる。
【種族】 スライム(変異種)
【状態】 従属
【備考】 主人の魔力を吸うことで、あらゆる形状・属性・サイズに変化する可能性を秘めた神話級の種。
「よしよし、いい子だ。今日からお前は、俺が男だとバレないための防波堤だからな」
スライムを小脇に抱え、俺は新入生でごった返す大講堂へと足を踏み入れた。
視界に飛び込んでくるのは、色とりどりの髪と制服をまとった、まばゆいばかりの美少女、美少女、美少女。
王女、大貴族の令嬢、聖女、エルフの留学生、獣人の少女――。
俺の【鑑定】スキルが、彼女たちのステータスや「隠された才能」、そして現在の「好感度」を次々と脳内に映し出していく。まさに、お宝(お嫁さん候補)の山だ。
だが、そんな楽園の空気は、一瞬にして凍りついた。
「おい、そこの薄汚い平民。私の前を歩くなと言ったのが聞こえなかったの?」
鋭い声が響く。
見れば、豪奢な縦ロールの髪を揺らした、絵に描いたような高飛車な少女が、一人の小柄な少女を見下していた。
【名前】 フランチェスカ・フォン・ローゼンバーグ(14)
【所属】 魔法科・火属性
【身分】 大貴族の令嬢
【好感度】 0(関心なし)
いじめられている方は、ボロボロの剣を腰に下げた少女。
【名前】 アリア(14)
【所属】 戦士科
【身分】 没落貴族の令嬢
【備考】 【鑑定特記】隠された「神速の剣聖」の才能あり。
(ほう……大貴族のワガママお嬢様に、ダイヤの原石たる没落騎士か。素晴らしい。実に素晴らしい出会いだ)
周囲の生徒たちは、大貴族の権力を恐れて見て見ぬふりをしている。
格好の舞台だ。俺はスライムを抱き直すと、わざと怯えた足取りで、二人の間に割って入った。
「あ、あの……! ご機嫌よう、お二方。そんなに怒っては、せっかくの美しいお顔が台無しですわ……?」
裏声を使った、完璧な可憐女子の演技。
案の定、フランチェスカの矛先が俺に向く。
「な、何よあんた!? 魔獣使い科のド底辺が、私に意見する気!?」
「ひゃっ!?」
突き飛ばされ、派手に床へ転がる俺。
周囲から「ああっ、可哀想に……」と、俺を哀れむ声が漏れる。計画通りだ。これで俺は「可哀想で可愛い被害者」のポジションをゲットした。
「調子に乗るんじゃないわよ、この……っ!」
激昂したフランチェスカが、俺の胸ぐらを掴もうと顔を近づけてくる。
制服の襟元が掴まれ、至近距離で目が合う。
――ここだ。
俺はタレ目を細め、仕込んできた真のチート能力を、その双眸に滾らせた。
【洗脳の魔眼】――発動。
俺の瞳が、妖しく紫色の光を放つ。
フランチェスカの身体がピクンと硬直した。彼女の傲慢な瞳の奥で、光の紋章がドロリと歪み、書き換えられていくのが分かった。
大貴族の権力? 火属性の才能?
そんなもの、俺の「魔眼」の前では何の意味も持たない。
(お前は、俺のことが愛おしくてたまらなくなる。俺の言葉は絶対だ。お前は俺の忠実な僕であり――可愛いお嫁さん候補だ)
脳内に直接、絶対の命令を叩き込む。
数秒の静寂の後、魔眼の光を収め、俺は再び「気弱な美少女ルシア」の顔に戻った。
「うう……ごめんなさい、お姉様……」
「あ……、あ、う……」
フランチェスカは、顔を真っ赤にしてガタガタと震えている。
周囲の生徒たちは「ローゼンバーグ様が怒りのあまり震えている! あの新入生は消されるぞ!」と怯えているが、違う。彼女は今、脳を丸ごと俺に書き換えられ、激烈な「恋心」と「従属感」のキャパオーバーを起こしているのだ。
「……は、はひっ……! ご、ごめんなさい……ルシア、様……!」
フランチェスカは蚊の鳴くような声でそう呟くと、脱兎のごとくその場から逃げ去ってしまった。
「え……?」
「ローゼンバーグ様が謝って逃げた……!?」
騒然とする講堂。
俺はそっと立ち上がり、スカートの砂を払う。
足元を【鑑定】すれば、先ほどまで「0」だったフランチェスカの好感度が、【測定不能(狂信・依存)】へと跳ね上がっていた。まずは一人目、完全にお手上げ状態だ。
「あの……大丈夫、ですか?」
声をかけてきたのは、助けられた形になった没落貴族の少女、アリアだった。
彼女は頬を赤らめ、尊敬と憧れが入り混じった目で、俺の手を握りしめてくる。
「私を助けるために、あんな恐ろしい人に立ち向かうなんて……。あなた、なんて気高くて、美しいの……!」
【アリアの好感度】 85(一目惚れ・憧れのお姉様)
(よしよし、こっちもチョロいな)
「いいえ、お怪我がなくて良かったですわ、アリア様。私、魔獣使い科のルシアと申します。以後、お見知り置きを」
ふふ、と微笑んで見せると、アリアは完全にノックアウトされたように顔を真っ赤にした。
こうして、俺の「女子校ハーレムライフ」にして「世界征服」への第一歩が、華々しく幕を開けた。
洗脳した大貴族、懐いた剣の天才、そしてお供のスライム。
――だが、この時の俺はまだ知らなかった。
同じ頃、人間の大陸の遥か彼方で、俺の幼馴染である「最強の勇者(男)」がSランクパーティーを結成し、世界を救う英雄として爆進し始めていることを。
そして、その裏で「魔族の大国」の盟主たる『7つの大罪』が、この学園に牙を剥こうとしていることを。
「ま、何が来ようと、この学園の女子(お嫁さん)は全員、俺の魔眼でハッピーに支配してやるんだけどな」
可憐な美少女ルシアは、誰にも聞こえない低い「男の声」でそう呟き、不敵に口元を歪めたのだった。




