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2章4話:フミーと???????

 カジノを出て、夕日で橙色に染まった道をリーゼと共に歩く。

 日中よりも人が減っているような気がするが、それでもまだ王都は活気づいている。


「そろそろお前を帰らせなきゃな。遅くなったら保護者にどやされるかもしれん」


「ネオンもリクも忙しいから、どうだろね」


 父様を生き返らせるために頑張っているのだ。そんな暇ないかもしれない。

 でも、頃合いを見計らって日記だけではなくその二人にも今日あったことを伝えたいところ。共有するのは楽しい。

 

「……」


 ——と、そこまで考えた時点で、保護者と言われ、ネオンとリクを自然に思い浮かべていたことに気づく。

 自分の居場所が、その二人の元だと認識している。

 2日にも満たない付き合いなのに、そうなれていることに、心が弾んだ。

 二人がフミーをどう思っているかはわからないが、少なくとも好意的に接してもらっている。


「恵まれてるなぁ……」


 リーゼに聞こえることなく掻き消えるほどの声で呟く。

 夕日がやけに眩しい。


「——!」


 思い耽っていると、足に何かが当たった感触がした。足元に視線を下ろして立ち止まる。


「……? 人形?」


 掌サイズの物体で、赤い肌に黒いアフロのような髪を生やし、角が生えてるように見える。


「どうした?」


 立ち止まっているフミーを不審に思い、数歩先のリーゼが振り返った。


「何か落ちてるの」


 言いながら、その人形のような物を拾い上げる。

 近くで見て、何をモチーフにした物か、気づいた。


「鬼……」


 その小さな鬼は、笑った。


「——っ! 待てフミーそれを——」







 ———。







 何かを叫ぶリーゼの声、それが最後だった。


 無音だ。

 何もかも、聞こえない。

 王都を賑わう人の声も、何かを伝えようとしたリーゼの声も耳には届かない。


 それも当然、いないからだ。

 最初から存在しなかったかのように、それが当たり前かのように、人が、誰ひとり、いなかった。


「……ぁ」


 いいや、フミーだけはいる。

 この光景を観測する少女だけは、間違いなく存在しいた。


「…………ぅ、えぇ?」


 自分以外がいない無人の王都を首を動かし何度も目を凝らす。

 理解し難く、理解したくない光景。


 突然、どこかに移動したわけではない。

 夕日に包まれる王都は変わらず健在だ。

 フミーを残し、生き物だけがやはり存在しないのだ。まるで少女だけを置いてけぼりにしたように。


「……リーゼ」


 ついさっきまで一緒にいた彼女のことを呼ぶ。

 返事は返ってこない。


「リーゼ!」


 もっと大きな声で呼ぶ。

 返事は返ってこない。


「リーゼぇ!!!」


 限界まで大きな声で呼んでも、返事はない。


「リーゼ、リーゼ、リーゼ! リーゼ! リーゼリーゼリーゼ!!」


 そんなに呼ぶなバカ、と返ってくるはずの声はない。


「ネオン……、リク……」


 研究所にいるはずだが、どうにかして返事をして欲しい。


「だ、誰か、誰かー!! 誰かいませんかぁ!!」


 状況を実感した少女は、その場から走り出しながら呼びかけた。

 人の気配は全くない。

 それでも、探さずにはいられない。


 この際、リーゼじゃなくても、ネオンやリクじゃなくてもいい。


 人の声が聞こえれば、それでいい。


「ねぇ!! 返事してよぉ……!!」


 息が切れ、喉が悲鳴を上げながらも、何度も、何度も、呼びかける。

 やかましい自分の声だけしかなく、孤独を突きつけられるだけだった。


「お願いだから……っ!! 誰かぁ……っ!!!」


 何故だ。どうしてだ。

 

 この二日間で、たくさんの人と出会い、話し、関わった。

 謝られたり、感謝したり、首を掴まれたり、騙したり、好きな人を語り合ったり、王都に連れ出されたり、ブラックジャックをしたり。


 それら全てが幻だとでも言うのか。

 そんわけがない。


 これは、悪い夢。

 それ以外にない。


 なら、その夢は、


 ——どうして、アタシがようやく手に入れたものを奪ったの。


「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ、ぁ」


 足が限界で、服が汚れることなど気にせず、その場にへたり込む。


 独りだ。


「また……」


 カザミショーヤが解放してくれたものに、また身を置いている。


「もう、嫌だ……」


 悔いるように両手の掌を暗い瞳で見る。


 何が、悪かった。

 

 何が———。


「そういえば……」


 小さな鬼がいた。

 角を2本生やした赤い鬼。

 人形かと思ったが、確かに笑って表情変化をした。

 そいつを、不用意に拾ったせいか。


 そうなのか。そんな、軽率なことが原因か。


 だが、それを思い出したところで、もうどうしようもない。

 必要なのは原因よりも解決法だ。

 このまま、誰もいない場所を目的地もわからず彷徨い、探していくしかない。


 そうすべきでも、もう足は動かない。


 心はすでに決壊しそうで、無理に動いたらすぐにバラバラになりそうで、動き始められない。


 だから、膝を抱えて蹲って、懇願する。


「だれか」


 誰か、助けて。


 救い出して。


「カザミショーヤ……」


 その名が口から溢れる自分に、酷く絶望する。

 

 誰かではない。

 

 彼に、また助けてもらうことを、願ってしまっている。


 彼は、フミーのせいで死者になったのに。

 それでも醜く、縋ろうとしている。

 心の拠り所にせんとしている。


 生き返らせなければならない相手に、また助けられることを望む。


 自分への失望がとどめだ、心がボロボロと崩れ出し、——死にたくなる。


 所詮、この程度の覚悟なのだ。

 カザミショーヤを生き返らせるなど決意しておいて、これくらいで折れる。苦しくなる。

 再会するビジョンをいくら思い描こうと、それまでの道で倒れれば意味がない。


 あぁ、弱い。


「アタシは、弱い……」


「——そんなことないよ」

 

 暗闇に灯される一筋の光かのように、爽やかな声が耳へ入った。

 反射的に、膝に埋めていた顔を上げる。


 ——妖しげな存在感を放つ、銀と黒の女だ。


 長い銀髪、銀のまつ毛、銀の唇、銀の靴、銀の瞳孔の黒の瞳、黒のコート、黒のズボン。

 

 夕日により逆光になっていて、彼女の背後から差し込む光が眩しい。

 だが、この瞳が潤むのは眩しいからではない。


「ほら、立ち上がって」


「わっ!」


 手を強引に引っ張られ、膝が伸びる。

 そのまま、立ち上がらせられた。


 その行動、それよりも気になるのは彼女の声だ。

 最初に聞こえた時は気づかなかったが、男の声にも聞こえる。

 よく見ると喉仏も見える。

 『彼女』ではなく、『彼』だったのか。


「じっと見てどうしたの? あっ、もしかしてボクに見惚れたり? 惚れちゃった?」


「アタシ好きな人いるから、それはない」


 早合点で照れる素振りをする彼女——改め彼に、涙を拭きながら、きっちり訂正を入れる。


 だが、彼の存在に救われたのは確かだ。

 誰も見当たらないこの世界で出会えた人間。今度は、154年と38日も待つことなく現れたのだ。


「よくボクが来るまで持ち堪えてくれたね。えらいえらい!」


「子供扱いしなくてもいいよ。きっとあなたより年上だし」


「精神年齢は負けてないと思うけどなぁ。ボクは泣かないし」


「うっ……」


 言葉を詰まらせるフミーを見て、楽しそうな顔をする青年。

 精神年齢を出されると弱い。


「アタシ、フミー。あなたは?」


「名乗るほどの者じゃないよ。……なんて、一度言ってみたかったんだよね」


「教えてくれないの?」


「いつか教えるよ。でも、今すぐ教える必要はない」


 こちらは教えたのに、はぐらかされる。

 唇を曲げていると、くすくすと笑われ、


「この二人っきりの世界、先は長いんだ。君がもっと知りたくなったら教えてあげる」


 そんなことを言ったのだ。

 この世界で長居する気はないのに、不思議と悪い気はしない。


「わかった。絶対教えてね。約束だよ」


「ああ。約束だね」


 フミーが小指を差し出すと、一瞬目を見開いたが、意図を察し、青年も小指を差し出し、約束の儀式をする。


 ——その直後だった。


 バチバチバチ。

 歪な音と共に、紙が破かれるかのような亀裂が、世界にもたらされた。


「……チッ」


 その光景を見て、乱暴に舌打ちし、睨みつけたのが、先ほどまで穏やかな顔を見てしていた青年である。

 

 その様子に違和感を持っていると、彼の黒いコートのフードから何かが現れた。


「———」


 赤い、掌サイズの小鬼である。


 この悪夢が始まる前に、拾い上げたものと瓜二つ。いや、同一個体なのだろうか。

 小鬼は慌てた様子で青年の肩の上へとよじ登り、声は聞こえないが、何か騒いでいるように見える。

 この状態になった原因であるはずの鬼、それが何故。


 青年は、小鬼へ耳傾けて頷き、相槌を打っている。

 

 小鬼は青年に何を伝えているのか。


 何故、青年は小鬼に親しげなのか。


 絶句しながら、小鬼と青年の様子を凝視した。


 そこから導き出される真実、それは簡単な話だ。


 ——グル。


「はーっ。もう少しだったのになぁ……」


 話終わったのか、こちらに向き直ると盛大にため息を吐いた。


「籠絡できれば、楽だったのに」


「騙した……の?」


「そうだよ。その通りだよ。ここへ誘ったのはボク! マッチポンプってヤツさ!! 残念でした! 白馬の王子様なんかお前には訪れねぇんだよ!!」


 繕うのをやめては整った顔を悪意に歪ませ、高笑いをする男。

 冷たく、毒々しく、突き放して心を細切りにするかのごとく嗤う。

 



 梯子を外されたような感覚のフミーがその時思い出したのは、昨日の出来事だ。

 ドットルーパの部下二人をドットルーパの知り合いを騙り、騙して脅したこと。

 状況が違う。悪意があったわけではない。仕方なかった。


 それでも、目の前の男と、その時の自分を思い出して、喉の水分が失われ、乾き、えずき、


——吐きそうになった。



———



「——っ!!」


 崖から背中を押されたかのように体が跳ねた。


「フミー!」


 フミーの両肩を掴み、正面から呼びかけるのはリーゼだ。

 二人だけ、厳密には小鬼もいたその世界は崩壊し、現実へ回帰する。


「あ……、戻って、これ、た……」


 目つきの悪いいつも通りのその顔を見て、ここが元いた世界だと実感した。


 あの世界では見当たらなかったカジノの景品であるノートを手に持ち、突っ立っている。


「お前、立ったまま意識が飛んでたんだ」


「そう……。……小鬼、赤い小鬼がいた、よね?」


 あの世界へ飛ばされた原因である赤い小鬼は、もうどこにも見当たらなかった。


「ああ。アレなー……、組織にいた頃見たことがあるが、『銀黒ぎんこくの魔女』の使い魔だろうな」


「銀黒の……魔女……」


 小鬼と親しげな銀と黒の男の姿が脳裏へ浮かぶ。


「銀と黒の人には出会ったけど、男の人っぽかったよ」


「実際どうかは関係ないさ。通り名は印象から勝手に付けられるもんだ。本名知らんからウチもそう呼んでたし」


 男というのを抜きとしても、魔女っぽい要素はなかった。しかし、怪しげな雰囲気は魔女っぽかったかもしれない。


「その使い魔に意識を飛ばされたんだろうな。碌なもんじゃないだろうし、殺せれば一番良かったんだけど、ちょこまか逃げ回って、追っ払うしかできなかったわ」


「戻って来れたのはリーゼのおかげだね。ありがとね」


「かっ。連れ出した責任果たしてるだけだ。ウチはもうネオ・ハクターに殺されかけるのはごめんだし」


 感謝に対し憎まれ口を叩くが、別にフミーに気負わせないためではなない。

 それは、何となくわかる。

 それでも、フミーはリーゼに感謝するし、優しいと感じる。

 ——彼女の存在に心底ホッとする。


「……えい」


「あんまり、体重かけんなよ」


 並んで歩きながら、リーゼの腕に抱きつく。

 迷子にならないようにそうしたと思われているだろうけど、そうじゃない。

 独りになって、寂しかったから、今はくっ付いていたい。


 ——加えて、あの世界で発芽し、今も自分の中で疼く自己嫌悪を、誤魔化したかった。


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